69:ジャガーゴーレムvs〝糸繰士〟

 石の剣と青白い光を帯びた白刀が交錯する。

 相手は三メートル近い長身のジャガーゴーレム。大人と子どもほどの体格差だ、愁は上からの振り下ろしを受け止めた形になる。


「ぐお……おおっ!」


 石畳を踏み砕く勢いで押し込む。石剣をはじき落とし、その反動で身体を浮かせ、両膝を腹まで引きつけ、矢のように解き放つ。ドロップキック、着弾の瞬間に【跳躍】つき。胸に直撃したジャガーが吹っ飛ぶが、石剣を突き立て石畳を削りながら堪え、ダウンを回避する。


「ノア! チワワそいつ連れて森に逃げろ!」


 振り返らずにさけび、マントをむしりとるように脱いで投げつける。


「こいつなんとかしたら追いつく! 先に行け!」

「は、はいっ!」

「シュウくん、僕も――」


 ちらっとだけ振り返る。加勢しようとしてくれているようだが、すでにジャガーは再び臨戦態勢を整えている。


「そっち任せたから。タミコとノアを頼むわ」

「ああ、任せて! 彼らを安全な場所まで運んだら、きっと君の尻に戻ってくるからね!」

「尻って戻る場所なの?」


 ジャガーがドスドスと足を踏み鳴らして近づいてくる。さすがにジャージを脱いでいる暇はない、菌糸腕がジャージの背中を突き破る。買ってから知ったことだが、狩人のジャージは特別製だ。防刃性に優れ、衝撃に強い(みんなが愛用するわけだ)。古着でも菌糸腕がそれを破るにはなかなかの抵抗力がある。


 ともあれ、大事な一張羅をふいにしての【戦刀】四刀流。火力特化のスタイルで可能な限り速やかにこいつを排除する。そのへんをうろついているゾンビが集まってくる前に。


 灰色の影が覆いかぶさってくるかのようだ。見上げた切っ先が垂直に落ちてくる。愁は後ろに跳びながら【戦刀】を交差して受けるが、振り抜かれて大きくはじかれる。

 ジャガーがすかさず踏み込んで二撃目、斜め上からの袈裟斬り。横に転がってかわし、菌糸腕の刀で地面を押すようにしてバックステップ。空気を裂く音がエグい、霧がぶわっと吹き飛んでいる。


 先ほどの鍔迫り合いの時点ではっきりしている。単純な力勝負では勝ち目がない。

 質量が小さいせいか、三十階のサソリにくらべれば常識的な範囲の怪力だ。それでもゴーレム、しかもレベル70前後。フィジカルの差は歴然。正面からぶつかるのは危険すぎる。


「ふっ!」


 突進してきたジャガーの胴に斬りかかる。石剣がいともたやすく受け止める。菌糸腕が追撃の突き、それも一振りではじかれる。

 ジャガーが腰をひねる。真横に走る尻尾が愁の右脇をかすめる。ビキッと嫌な響きかたをするが、すぐに治る、気にしている余裕はない。


「があっ!」


 愁が吠える。四本の腕から繰り出される斬撃が踊るような光線を描く。

 パワーでは勝ち目がない。ならスピードと手数ではどうか。

 高密度の斬撃の雨。石剣とぶつかり、光の粒子が火花のように激しく瞬いては散っていく。

 愁は息つく暇もないほどに腕を振るう。得物を叩き込むことだけに全神経を注ぎ込む。


「ああああああっ!」


 巨人がじりじりとあとずさる。だが――。

(当たんねえっ!)

 手数で圧倒しているのに、一撃一撃を全身全霊で打ち込んでいるのに。

 その石剣がことごとく斬撃を受け止めている。まるで精密機械かという正確無比な受け太刀。あるいは――剣術の達人か。


 これまでゴブリンやオーガなど、菌糸武器を使うメトロ獣とは何度もやり合ってきたが、あくまで「力任せに棒を振り回す野獣」という範囲だった。これほど巧みに――それこそ我流で磨いた愁よりも鮮やかに剣を振るうメトロ獣は初めてだ。


「なら――」


 一歩間合いを引き、左手の刀を投げつける。それもあっさりとはじかれるが、同時に愁は横の建物の壁を駆け上る。宙に躍り、左手を突き出す。

 生じた【大盾】がジャガーの頭上に覆いかぶさる。

 ジャガーの双剣がハサミのように交差してそれを受け止め、ジャッ! と両断する。


 二つに割れて落ちる【大盾】の向こうに、愁の姿はない。


 【大盾】を蹴るようにしてもう一度跳び、背後に回り込んでいる。

 愁が着地。ジャガーが振り返る――より先に、その背中と脇腹に三連撃が叩き込まれる。

(――かってえ!)

 硬直はほんの一瞬だけだ。ビュンッ! と尻尾の先が伸びて、愁の左頬をえぐる。耳も半分ちぎれる。


「くそっ!」


 あとずさりながら【煙玉】を投げつける。ボンッ! と濃灰色の煙があたりを包む。

 煙にまぎれながら愁は数歩距離をとる。【聖癒】を顔にぶつけてつぶす。液体が降りかかり、傷をふさいでいく。【不滅】の再生力に任せたほうが体力の消耗は少ないが、出血を止めるためにはしかたない。


(渾身の一撃、いや三撃だったのに)

 がら空きのボディーに全力で斬りつけた。だが、表面に浅い傷がついただけだった。

 スマートな身体になった分、スピードや動きの精密性、そしてかたさに特化しているのか。【光刃】を受けてもびくともしないほどに。


(早いとこ弱点を見つけないと)

 ディティールが凝りすぎているせいか、平面部分がほとんどない。弱点となる模様部分が見えない。あるいは三十階のサソリゴーレムのようにあえて極端に見えにくくしている可能性もある。

 とはいえ、本体が収まるスペース的には胴体以外にはありえない。

 まずはひびでもなんでもいい、中にぶちこむ隙間をこじ開ける。そのためには一発でダメなら三発、でもダメだったから十発でも二十発でも叩き込んでやる。


 【感知胞子】でやつの位置は捉えている。煙に乗じてもう二・三発――。

 じゃり、と一歩踏み出した瞬間、ジャガーが突進してくる。愁のいるところへとまっすぐに。

(はええ!)

 【跳躍】と同等の速度でのダッシュ。同時に愁の胸を狙った突きがうなりをあげる。

 身をよじって紙一重でかわす。真っ黒な塊がぶわっと愁の視界を覆う。とっさに菌糸腕でガード――トラックと衝突したかのような衝撃――後ろに吹っ飛ばされて建物の壁に激突する。


「が……あ……」


(ドロップキックかよ!)

 よろけながら立ち上がり、血を吐きながら頭の中で悪態をつく。まさかゴーレムに意趣返しをされるとは。

 あいつらは学習能力が高い――クレがそんなことを言っていたのを今になって思い出す。

 煙の中で正確に愁の居場所を特定したのも、なんのことはない、やつらは視覚でなく振動や音で周囲を認識しているからだ。【感知胞子】があるとはいえ、あえて効果のない【煙玉】を選択したのは悪手だった。

 徐々に煙が晴れていく。ずしゃ、ずしゃ、とジャガーの足音が近づいてくる。


「……わかっちゃいたけどさ……」


 とんでもなくつええじゃんか。

 しかも清々しいくらい正攻法だ。シンプルだからこそ難攻不落。つけ入る隙が見当たらない。


 愁はすばやく思考をめぐらせる。

 逃げるのも手かもしれない。タミコたちはだいぶ離れただろう、時間を稼ぐことはできた。【跳躍】で距離をとって逃げきってしまえば――。

 いや。先ほどのダッシュ力。追いかけっこになっても分が悪いと見るべきだ。最悪の場合、こいつを引き連れたまま合流することになる。

 逃げるにしても、追跡を防ぐだけの隙をつくるか、走るのに支障が出る程度の痛手を与えるか――。


 と、ジャガーがその場で石剣を振りかぶる。愁との距離は七・八メートルはある。

 表情のない石面が、その口の端を笑みの形に歪めた、ように見える。

 背筋がぞわりとして、振り下ろしと同時にその場から飛び退く。

 ピシッ! と背後の建物に亀裂が走る。壁が斜めに斬り裂かれ、ずずん……とズレて崩れる。


「……は?」


 マンガかよと思う。まさか剣圧だけで? ありえない。カマイタチ的な? るろ剣かよ。

 続けてジャガーが二度素振り。空気が悲鳴をあげる。【光刃】つきの【大盾】が耳障りなほどに軋み、身を隠した愁の腕に衝撃が伝わる。ギリギリ切断は免れているが、とんでもない切れ味だ。


「……糸、かよ」


 足下に細い糸が落ちている。菌糸だ。石剣から鋼線のような鋭い菌糸を飛ばしたのだ。こんな菌能もあるのか。

(つか、撤退できなくね?)

 背を向けたとたんバッサリいかれる。

 ジャガーが再び双剣を振りかぶる。


「チョ、マテヨ――」


 ギャギャギャッ! と石畳を斬り裂きながら斬撃が迫る。盾を捨てて間一髪かわしたとたん、二撃目、三撃目。

 縦横無尽、間断なく襲いくる高速の飛ぶ斬撃。

 あたりの建造物がケーキのようにたやすくぶった斬られ、瓦礫が積み上がっていく。霧に混じって土埃が視界を濁していく。

 防ぐどころではない、避けるので精いっぱいだ。剣と腕の動きから方向とタイミングは計れるが、速度と威力はすさまじい。身体に直撃すれば両断は免れない。


「うおっ! おあっ!」


 横薙ぎを飛び越え、袈裟斬りは地面に滑り込み。のけぞり、かいくぐり、あとずさり。

 文字どおり必死に生をつなぎながら――愁の口の端には笑みが浮かんでいる。


 だって、笑わずにはいられない。

 愁を軽く凌駕するパワー。

 四刀流と難なく打ち合う剣捌き。

 【光刃】ですら貫けない防御力。

 【跳躍】とタメを張るダッシュ力。

 そして――飛ぶ斬撃という反則技。


 ここまではっきりしていると、認めざるをえない。

 このジャガーゴーレムは、まるで愁の上位互換のような存在だ。

 正面からぶつかって、勝ち目がないのも当然か。

(だけど――)


 あくまでそれは、〝聖騎士〟アベ・シュウの上位互換だ。

 そしてそれは、阿部愁の真の姿ではない。


(俺は――〝糸繰士〟だ)

 自分の内側へ向けてつぶやき、愁は死地に笑う。

 

 

 

 必死に攻撃をかわしながらも、じりじりと後ろへと追いつめられている。

 仲間たちの逃げた森側とは真逆、奥の祭壇側のほうへと。


 愁はさすがに息が切れてきている。身体中あちこち裂かれ削られ、口から鼻から必死に空気を手繰り寄せている。

 疲弊しているのはジャガーも同じようだ。ゴーレムに息切れというシステムがあるのかどうか疑問だが、少なくともあれだけの攻撃を無限に永遠に繰り出せるはずがない。明らかに手数が減っている。


「うおっ! っぶねっ!」


 だが――厄介なことに、愁の動きを予測して撃つような真似を始めている。緩急とフェイントまで混ぜている。「相手の動き」を学習している。

 かわすのがどんどん難しくなる。受ける傷が深くなる。【不滅】のおかげでいずれふさがりはするが、どれだけ血を流しただろう。


 あとずさる愁。その分だけジャガーも間合いを詰める。

 これだけ観察する機会があれば、愁も薄々その攻撃の性質に気づいている。


 仮称・菌糸カマイタチ――その射程は十メートルから十五メートルほどだ。

 それ以上離れると、射出された糸は勢いと切れ味を失う。地面に落ちた糸くずも同様、靴で踏めばぷちっと切れるただの弱い糸になっている。

 その射程をジャガーは正確に測っている。愁が下がれば前に出るし、逆に間合いが詰まれば下がりながら放つ。安全な距離からの嬲り殺し。機械のように冷静に冷徹にその作業に徹している。

 だから――愁があえてあとずされば、ジャガーは機械的にそれを追う。

 罠に気づかずに。


(――ここだ)

 斬撃を横に転がってかわし、片膝を立てたまま――愁は親指をはじく。

 放たれた二発の【白弾】を、ジャガーは正確な剣捌きではじく。もう一発はジャガーの足元でビキッ! と爆ぜる。

 ――砕けて散る石畳に、赤い菌糸が混じっているのを、ジャガーは認識できない。

 

 

 

 オオツカメトロにいた頃、「燃える菌糸玉地雷作戦」に熱を上げていた時期があった。

 結果から言うと、芳しい成果を上げることはできなかった。


 赤い。怪しい。小さすぎる。地面に無造作にばら撒いても避けられるだけだし、軽く土に埋めてみても不発だったり踏んだかどうかわからなかったり仕掛けた側がどこに埋めたかわからなくなったり。他にもいろいろ工夫してみたが、結局のところ「直接ぶつけるほうがまだマシ」という結論に至った。

 それがまさか、ゴーストウルフやゴブリンにさえ通用しなかった作戦が、こんな高レベルの相手に役に立つとは。


 絶え間なく襲いくる斬撃に地面をのたうち回りながら、せっせと撒いていた赤い菌糸玉。音と空気の振動で世界を認識するやつにとって、それは石ころとの区別もつかないようなちっぽけなものだった。ばら撒きの最中にやつの斬撃の巻き添えで暴発する恐れもあったが、日頃の行ないが幸いしたようだ。


「――燃えろ」


 【白弾】にはじかれた【火球】が小爆発とともに火柱を生じさせる。それは周囲の【火球】や【雷球】を燃やし、壊し、連鎖的な反応を起こす。ジャガーを中心に巨大な火柱と化し、愁の身体が浮き上がるほどの爆風を巻き起こす。


 文字どおり霧が散り、もうもうとした土埃が立ち込める。その中心で――胸の前で腕を交差させたジャガーが、それでも立っている。愁はそれを感知している。

 だから、すでに地面を蹴っている。

 察したジャガーが動こうとするが、油が切れたみたいに四肢の動きが鈍くなっている。

 菌糸カマイタチを放とうと石剣を振りかぶる。それと同時に、愁は懐に飛び込んでいる。


「――よお、ただいま」


 ようやく戻ってこれた。カマイタチを無視できる距離に。そして、愁の持つ最硬の攻撃をぶつけられる距離に。

 かためた拳が銀色に煌めき、さらに光をまとう。【鉄拳】+【光刃】。

 ズドンッ! と全体重をこめて叩き込んだ拳の奥で、堅牢を誇っていた石の身体がビキッ! と悲鳴をあげる。

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