40:狩人ギルド、スガモ支部

 狩人ギルドとは、メトロの探索やメトロ獣の狩猟などを生業とする者たちの社会的な管理・把握・取締を行ない、彼らの活動を支えつつその業績を国や都市に還元するために発足した組織だ。


 所属する狩人を組合員、ギルドの運営側を運営職員として構成されている。

 組合員である狩人は毎年なかなかお高い組合費の支払いが必要だが、ギルド経由での仕事(クエスト)の斡旋や収獲物の売却仲介、引退後の再就職先の斡旋などのサービスを受けることができる。一部のトライブが占有しているメトロにも出入りできるらしい。


 その代わりと言ってはなんだが、「腕っぷしがあれば誰でもウェルカム☆」というわけではないらしい。

 組合員を志望する者は、ギルド組合員として社会からの信用に値する人物であるかどうか、事前にその能力や人間性などを面接で最低限チェックされることになる(そこまで厳密ではないらしいが)。


 本部は都庁にあり、各トライブ領や各都市ごとに支部がある。

 大枠の方針以外は各支部ごとに独立して運営され、むしろ駐留する都市への帰属や癒着のほうが強い支部もあるという。スガモは――オブチ曰く「よくも悪くも中立的」とのこと。


 スガモ市の中心部、市議会の講堂から少し北側に歩いたところに営業所がある。正式には「狩人ギルド スガモ支部営業所」。


 市の外周部よりもがっしりとした建築物の多い中心部で、そのウエスタンな小洒落た店構えは若干浮いて見える。三階建ての大きな建物だ。

 一階の正面奥には窓口があり、職員がデスクで仕事をしている。郵便局や役所のようだ。手前側の待合スペースには四つほどテーブルがあり(椅子はない)、狩人らしき服装の人たちが立ったままお茶を飲んでいる。右奥にお茶や食事を出すカウンターもある。

 なんというか、いかにもテンプレ的冒険者の集会所然とした姿だ。これが必然的にこうなったのかフィクションの影響を受けてのものなのかはわからない。


 窓口で(字の書けないタミコの分と合わせて)二人分の手続きをし、促されるままに二階に向かう。シャツにベストにスラックスという格好の中年男性が廊下に立っていて、二人の用紙を受けとり、「こちらへどうぞ」と手前の部屋に通される。


 広めの部屋に木の椅子が二列に並んでいるが、座っている者は誰もいない。愁は一番端に詰めて腰を下ろし、タミコもその隣にちょこんと座る。


 毎月開催だからそう人数も多くないとは思っていたが、まさか自分たちだけ――と、柱時計が開始の十二時に差しかかる直前、狩人のジャージを着た若い男が入ってくる。汗だくで「間に合った―!」などとつぶやく。「お、可愛いおチビちゃん。よろしくね?」とタミコの隣に座る。


 柱時計が十二時を差し、ここからほど近いところにある時計塔の鐘の音が聞こえてくる。女性職員が愁たちの前まで進み、くいっとメガネを上げる。


「それでは時間になりましたので、狩人新規会員登録会を始めさせていただきます。登録の際に必要な条件は、十五歳以上、犯罪歴の刻印がないこと、菌能を習得できる菌職であり、レベル10以上であることです。よろしいでしょうか?」

「あたいじゅっさいりす!」

「えーと……カーバンクル族ですね。魔獣の方は年齢制限が若干異なります。カーバンクル族は六歳以上で可能ですので、問題ありませんよ」

「ノアにもそう言われたじゃん」

「りすっけ?」


 女性職員が苦笑いしている。若い男もくすくす笑っている。


「全員問題ないようですね。では一人ずつお呼びしますので、別室へお越しください」

「あ、すいません」と愁が挙手。「俺、こいつとコンビでやってるんですけど、二人一緒でもいいですか? こいつ字書けないし」

「りす」

「はい、そういうことであれば」


 準備が整うまで少し待つようだ。


「――ねえねえ、おじさん」


 若い男が話しかけてくる。

 愁は一瞬、唖然として言葉を失う。

 自分のことなのかと疑う。人生で初めて「おじさん」呼ばわりされたことが信じられない。


(俺? 俺のことだよね? 俺のほう見てるし)

(俺まだ二十八だよ? あ、おっさんか)

(つーか実際は百三十歳だよ? あ、クソじじいやん)

(でも【不滅】あるから実質見た目二十三だよ? 君とそんな変わらんよ?)


「おじさんっていくつ? 俺18なんだけど」


 人懐こい笑みを見るに悪意がないのは伝わってくる。だがしかし。

 十八歳かよ。クサレDKじゃねえか。うちのノアを見習えよ、お前の八倍賢そうだぞ。


「俺はね、まあね、二十八だけどこう見えて」

「え、マジで!? 28で新人!? 今までなにやってたの!?」

「いや、まあ……」


 寝てた、とは言えない。


「あたいはじゅっさいりす」


 割って入るタミコ。


「あ、いや。レベルの話だよ、可愛いおチビちゃん」


(レベルの話だったの?)


「あたいは40りす」

「は? レベル40?」


(あ、俺タミコより格下ってことになった)


「え、は? 嘘でしょ? 狩人登録せずに28とか40って、そんなんあり? ルーキーどころか中堅勢じゃん。これまでずっとフリーでやってたの?」


(あ、これタミコがボロ出す流れだ)


「あたいはうまれてからずっとメトロにいたりす。ごねんまえにアベシューとあって――」

「タミコ、静かにしようかね」


 愁はタミコの頬をにゅーんと引っ張んでモミモミする。


「ヒー! あはいのはいひなほおふふほ! いたいりふ! いた――くない……? え、むしろこれは……?」


 タミコが新たな境地に芽生えそうになったところで女性職員が軽く咳払いする。それで会話がいったん途切れる。

 ほどなくして後ろのドアが開き、男性職員が戻ってくる。


「お待たせしました。では最初の方、どうぞ」

「がんばれよ!」


 青年の声に笑顔で応じつつ、タミコを肩に乗せて隣の隣の部屋に入る。

 

 

    ***

 

 

 さっきの待合室と同じくらいの広さの部屋だ。真ん中にテーブルがあり、それを挟むようにソファーが置かれている。愁たちの向かい側には二人の女性が座っている。左側は他の職員と同じ白シャツを、右側は狩人のジャージを着ている。


「失礼します」


 就活時の癖が出た。まあ、なにも言わないよりはマシか。


「どうぞ、こちらへおかけください」

「あ、はい」


 ソファーに腰を下ろし、二人の面接官と正対する。

 二人とも結構美人だ。職員のほうはゆるふわの茶髪でおっとりした雰囲気、対象的に狩人のほうは黒髪を後ろに結ってきりっとした感じ。いずれもアラサーくらいだろうか。


「アベ・シュウさんとタミコさんでよろしいですか?」

「あ、はい」

「りっす」

「本日は狩人の新規会員登録会にご参加いただいてありがとうございます」


 職員のほうが軽く頭を下げる。狩人のほうは微動だにしない。


「面接試験を担当させていただくカイケと申します。こちらはスガモ支部の組合員代表をされているアオモトさんです。今回の面接の立会人としてご同席いただいています」

「よろしく」


 印象どおりにこやかなカイケと無愛想でピリピリしたアオモト。アメとムチ、太陽と北風。面接というより刑事ドラマの取り調べだ。


「というわけで、さっそく始めさせていただきます」

「りっす!」


 怖いもの知らずのタミコ。こいつもノアとオブチからいろいろと仕込まれてきたので、あとはそれを練習どおりに披露するだけだが――。


「よ、よろしくお願いします……」


 やはり愁は緊張を止められない。面接怖い。


「まずはお二人のレベルと菌職を確認させてください」


 そして、いきなり来た。本日の山場。

 

 

 

  テーブルに二人分の試し紙が並べられる。レベル用の目盛りのあるものが二枚と、菌職用の六角形のものが一枚。


「こちらをお使いください」


 ゆるふわカイケが画鋲のようなものを置く。樹脂の円盤から針が一本突き出ている。それで指を刺せということか。


「タミコ、これでできる?」

「あたいはまえばでやるりす」

「それでいいですか?」

「いいですよ」


 なにか微笑ましかったのか、カイケがくすっと口元を緩ませる。クールそうなアオモトもカーバンクル族が珍しいのか、タミコをじっと見つめている。


「……あ」


 この試し紙、レベル50まで用だ。確か三十円。

 まあ、新人の測定用に高いほうを提示するわけがないか。二十円とはいえ経費削減、当然の仕事だ。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです」


 愁は意を決して指に針を刺し、レベルの試し紙に血をにじませる。愁に続くようにタミコも自らの前歯で指先をちょこっと噛み切り、丸い枠の中にぺたんとスタンプする。するすると赤い線が伸びていく。


「……え?」


 以前ノアたちの前でやったときと同じように、愁は目盛りいっぱい50で、タミコは40で止まる。


「……は?」


 カイケもアオモトも呆然としている。


「アベシュー、ちりょうだまほしいりす」


 指をぴちゅぴちゅ舐めるタミコ。


「はいよ、ちょっと待ってな――」

「ちょっと待て! なんの冗談だこれは!?」


 アオモトがテーブルを叩いて身を乗り出す。


「今日登録に来た新人が、レベル50だと!? そっちのかわ――カーバンクル族の子も40!? ありえないだろ!」

「すいません、50までのほうじゃ測りきれなくて」

「……は? じゃあなにか、50よりもさらに上だと言いたいのか?」

「はい、一応」

「嘘をつけ! これはなにかの間違いだ、じゃなきゃインチキだ! カイケ、別の試し紙を出せ! 100までのほう、三枚だ!」

「は、はい」


 愁はドキドキしつつ、背中を汗だくにしつつ、「大丈夫だ、うまくいっている」と内心で自分に言い聞かせる。


 最初に自分から申し出なかったのは、「なにをバカな」と鼻で笑われそうだったのと、あえてこうしてインパクトを残すためだ。この先の、次の展開につなげるために。

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