第6話 治療師のお仕事

 ルドは足を投げ出して地面に座り込んでいる四十代ぐらいの男の前に来た。顔を引きつらせる男を無視して投げ出している右足に視線を向ける。


「石に足を挟まれましたか?」


 ルドは訊ねながらナイフを取り出して右足のズボンを斬り裂いた。膝下から血が止まることなく流れ、一部からは白い骨が見えている。

 ルドは斬り裂いたズボンの布を使って太ももを縛った。


「クッ!」


 男が呻き声を上げる。


「すぐに治療しますので、少し我慢して下さい」


 ルドが右手を傷口にかざす。


『洗浄』


 魔法の詠唱に合わせて傷口を水が包む。水が血ですぐに真っ赤になる。ルドは何度か魔法で傷口を洗浄しながら琥珀の瞳を細めた。透視魔法で傷の状態を細かく観察する。


「骨に少しヒビが入っているがズレはなし。神経の損傷なし。大きな血管の損傷なし」


 ブツブツと呟くルドの様子に周囲が奇異の目を向ける。だがルドは気にすることなく淡々と治療を続けていく。


『骨組織の修復。筋肉組織の修復。皮下組織、皮膚の修復』


 魔法の詠唱に合わせて足の状態が変わっていく。白い骨が見えなくなり、傷口が赤一色になったかと思うと、黄色くなり皮膚が出来ていた。


 見事な傷の変化に治療が終わると男は思わず足を触った。


「き、傷が消えた!? 戻った! すげぇ!」


 男が立ち上がって足の状態を確認する。


「痛くない! 歩ける!」


 感動して他の仲間と騒いでいる男を置いて、ルドは次に治療が必要な人がいる場所へ移動した。


 右手で左肩を押さえてうずくまっている男の前でルドが足を止める。男はルドが治療する光景を見ていたので、顔をこわばらせながらも黙って右手を退けて左肩を見せた。


 男の左肩は上から落ちてきた石が直撃したのか、皮膚が真っ赤に腫れ、肩があらぬ方向に曲がっていた。しかし、傷はなく出血はしていない。


 ルドは右手をかざすと透視魔法で肩の状態を診た。


「骨折している……整復して治療をしないと」


 ルドが男の首の後ろに手を当てた。


『頸椎神経ブロック』


 男が不思議そうに左肩を見る。


「え? あれ? 痛みがなくなった?」


 怪我は治っていないが痛みだけがなくなったことに男が驚いていると、ルドが左肩を掴んだ。


「これからズレた骨を元の場所に戻します。かなりの痛みがあるので、一時的に痛みを消しました。治療が終わりましたら戻しますので。今は動かずに、じっとしていて下さい」


 ルドは説明を終えると怪我人の左肩を外側に向かって引っ張った。同時に透視魔法を使いながらズレた骨を元の位置に戻していく。


 ルドは透視魔法でズレなく骨の位置が戻っていることを確認すると魔法を詠唱した。


『骨組織の修復』


 透視魔法で治癒状況を確認すると、次の魔法を詠唱した。


『靭帯組織の修復。筋組織の修復』


 腫れはまだ残っているがルドは左肩から手を離すと、男の首に手を当てた。


『頸椎神経ブロック解除』


 男の顔が少し歪む。左肩に鈍い痛みと動かしづらさを感じる。


「痛みと違和感があると思いますが、少しずつ軽くなっていきますので今はこれで我慢して下さい。左肩は数日は動かさないように。どうしても痛いようなら、冷たい水を入れた袋を左肩に当てて冷やすようにして下さい」


 ルドはそう言い残すと次の怪我人がいる場所へと移動した。




 ルドがなるべく短時間で治療を進めているとジョコンドが声をかけてきた。


「あとは、かすり傷程度の者たちばかりですし、もう少しでこの街の治療師が到着すると連絡がありましたので、ここは大丈夫です」


「そうですか」


 ルドがクリスを見ると、ちょうど治療を終えてこちらに歩いてきていた。


「もうすぐ、この街の治療師が到着するそうです」


「ならば、あとは任せよう。これから何処に行くんだ?」


「領主の城に……」


 ルドとクリスが話していると微かな呻き声が聞こえた。二人が声のした方を見るとジョコンドが胸を押さえて屈みこんでいた。


「どうした? どこか怪我をしていたのか?」


 触れようとするクリスにジョコンドが顔を横に振った。


「怪我はしていな……」


 声を出すことも出来なくなり地面に倒れる。そこに別の男が走って来た。


「隊長! やっぱり、さっき落ちてきた岩が……」


「岩?」


 クリスの問いに走って来た男が頷く。


「倒壊した現場をもう一度確認していたら、上から岩が落ちてきて隊長の胸に当たったんです。その時は笑って、これぐらいなんともないと言っていたのですが……」


 クリスが男と話している間にルドがジョコンドを仰向けに寝かせてナイフで服を斬り裂いた。胸の中心が赤くなっている。


 ルドが胸に手をかざしてクリスに報告する。


「心臓の動きが悪くなっています……え? どういう状態なんだ?」


 眉間にシワを寄せるルドの反対側からクリスが同じように手をかざす。


「これは胸を強く打った時などに起きる。心臓と心臓を囲む壁の間に出血した血が溜まったため、心臓の動きが制限されている状態だ。このままだと心臓は動くことが出来なくなり、死ぬ」


「どう治療すればいいですか?」


「出血を止めて、溜まった血を出せばいい」


 説明しながらクリスが懐から銀色の箱を取り出す。


「簡易セットだが、持っていてよかった」


 クリスが右手をジョコンドの胸に向ける。


『心組織の修復』


 クリスが心臓の動きを悪くしている原因である出血部位の傷を治した。これで出血は止まったので、あとは溜まった血を抜けば心臓が動くだけの空間ができる。

 クリスは銀色の箱を開けながらルドに指示を出した。


「こいつの体を押さえろ。絶対に動かないようにしろ」


「はい」


 ルドがジョコンドの腕と体を押さえる。その間にクリスは銀色の箱から手袋を出して装着した。

 次に濡れた綿を取り出してジョコンドの胸の真ん中を拭くと、中が空洞になっている長い針を持った。そのまま左手でジョコンドの胸を押さえ、透視魔法で心臓の位置を確認する。


「これから針を刺して血を抜くが、体が動いたら針先が心臓に刺さる可能性がある。もし心臓に刺さったら大量出血して最悪の場合、死ぬからな。常に透視魔法で心臓の動きと針の位置を確認しながら刺す必要がある」


「はい」


「刺すぞ」


 ルドがジョコンドの体を押さえている手に力を入れる。クリスは息を止めると一気に針を刺した。

 針の穴から真っ赤な血が吹き出す。初めは勢いが良かったが、徐々に出てくる血の量が少なくなっていく。クリスは魔法を詠唱しながら針を抜いた。


『心組織の修復、筋組織、皮下組織、皮膚組織の修復』


 クリスが胸から手を離すと、そこには傷一つない皮膚があった。


 そこにジョコンドが呻き声をこぼした。目は開いていないが規則ただしい息をしている。


「隊長!」


 側で見守っていた男がジョコンドの体を揺すろうとしたが、クリスが止めた。


「胸に溜まっていた血を抜いたが、まだ少し残っている。無理に起こさずに寝かせていろ。本人が起きても、しばらくは安静にしているように伝えろ」


「胸に血? どういうことですか?」


 困惑している男を無視してクリスが歩き出すと、馬車がやってきて停まった。中から黒い治療師の服を着た男たちが降りてきて、怪我人たちの所へ走る。


 だが、その途中でクリスを見つけて足を止めた。同じ治療師の服を着ているクリスに値踏みするような視線を向けたが、首にかけている白いストラを確認すると、苦々しそうな顔をしながら全員が頭を下げた。


 治療師にとってストラの色はくらいの証明でもある。その最高位の証である白いストラを着けているということは、年下であろうとも頭を下げて敬意を表さなければならない。

 頭では分かっているがプライドが高い治療師が多いため、大抵は嫌そうな顔や、歪んだ顔で頭を下げられることがクリスは多かった。


 その状況に慣れているクリスは素っ気なく言った。


「あとは任せる」


 そこに馬に乗った五十代ぐらいの男が現れた。平服を着ているが顔は厳つく雰囲気も威圧感で溢れ、どう見ても平民ではない。


 クリスは馬上から鋭い目つきで見下ろされたが、平然とした顔のまま睨み返した。そんな二人の間にルドが入る。


「グイド将軍! お久しぶりです!」


 白い布で顔を隠しているがルドを見てグイドの表情が和らいだ。


「おぉ、久しいな! ガスパル殿はご息災か?」


「はい」


 グイドが顎で城の方を示す。


「ここで立ち話もなんだからな。城へ来い」


「はい」


 ルドはクリスとともに馬に乗るとグイドの後を追って城へと移動した。

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