吸血鬼は宝石を匿う

ソラ

第1話

 神父さま、神父さま、と呼ぶ声にため息をつく。黒いカソックに瘦身を包んだ年若い男がその裾や袖を子どもたちに引っ張られながら教会から出てきた。よく磨かれた十字架が胸元で揺れていた。

「おーい! ケイ神父!」

 ケイ神父と呼ばれた男は手を振りながら駆けて行く男の子たちを引き留める。

「こら、墓地のほうには行くな」

 はーい、と返ってきた元気な声がどこまでケイの忠告を聞いているのか甚だ疑問である。

 ――まったく、これだから人間の子どもは。

 山から吹き下ろす乾いた風がケイの赤い髪と常緑樹をなでた。ざわざわと葉が揺れ、木に登っていた子どもたちの楽しそうな悲鳴が聞こえる。

「そろそろ雪か」

 暮れかけた空を見上げたつぶやきが白く消えた。

 美しい街並みと歴史と神秘を色濃く残すこの国は、観光客からの人気も高いが冬は厳しく雪に閉ざされる。

 そこに、ぱたぱたと駆けてきた女の子がケイの背にしがみついた。

「ねえ、神父さま」

 どうした、と顔を向ければ長い髪をふたつに結った女の子が不安そうな顔をしていた。

「入り口のところに知らない人たちが来てるよ」

 訝しげに眉をひそめたケイがその女の子を連れて教会の正面へと向かうと、揃いのスーツとハットを身にまとった紳士風の男が数人、周りを警戒するように見回していた。その装束は夜闇に溶ける漆黒。一目で上質なものだとわかる。

 そのひとりがこちらに気づき、目深にかぶっていたハットを少しだけ持ち上げる。真紅の瞳がケイを射抜く。それをまっすぐに受けたままケイは女の子を背に隠した。

「礼拝の方……ではなさそうですね」

「ええ。我々は人を探しておりまして」

 あくまでも紳士的な口調で男は言う。その口元が緩く弧を描き、鋭利な犬歯が覗いた。

「人探し、ですか」

 聞き返したケイに男は厳かにうなずいた。

「銀色の髪をした12歳くらいの少年なのですが、ご存知ないでしょうか」

 ハットの下の瞳がきらりと輝く。カソックをつかむ女の子の手に力がこもった。

「いいえ、見ていませんね」

 首を横に振ったケイに男は表情を微塵も変えずに、そうですか、とハットをかぶり直した。長くうねる美しい髪がさらりと揺れた。

「彼を見つけましたら我々にご連絡を」

 そう言ってケイに一礼し、他の男たちを連れて夜の帳が降りかけた田舎道を去っていった。

 やれやれと息をついたケイの裾が控えめに引かれる。すがるように見上げてくる女の子の頭にぽんと手を置いた。

「ほら、日が暮れるぞ。もう帰れ」

 お前たちもだ、と思い思いに遊んでいた子どもたちに声をかける。

 元気よく返事をした彼らは口々に別れと明日の約束を告げて自らの帰る場所へと駆けて行く。

「……あの人が言ってた男の子、大丈夫かな」

 心配そうな女の子の横顔を見、ケイはそっと頰を緩ませて頭を少し乱暴になでた。きゃー、と満更でもない悲鳴をあげる女の子と視線を合わせ、大丈夫さ、とぼさぼさになった髪を整えてやる。

「見つけたら俺のところに来い。あいつらには言わないから」

 すると、女の子がぱあっと顔を輝かせて元気よくうなずいた。

「約束だよ、神父さま!」

 それじゃあばいばい、と手を振りながら帰っていく女の子の後ろ姿が見えなくなったあたりで、ケイはすっと目を細めた。

 先ほどの黒いスーツの男たちからケイと「同族の血」の匂いがした。

 同族。それはこの国に古くから住まう不死者――吸血鬼のこと。

 人間の血を吸い、闇に跳梁する者。人間のように振る舞い、人間の側にある魔物モンスター。ケイはその中でも真祖と呼ばれるのだが……今は関係のない話だ。

「吸血鬼と銀髪の少年、か」

 二者にどんなつながりがあろうと、光の中を生きる人間たちとは関わらせてはいけない。このような神秘を隠すのも仕事のうちだ。

 十字架を提げる神父ではなく、伝説と神秘に属する者としての。

 さて、とひとつ息をついたとき、教会の裏にある墓地を囲む生け垣が大きく揺れた。

「なんだ?」

 眉をひそめたケイは音が聞こえた方へ足を向ける。静まり返った墓地に近づくにつれ、土と草木の香りに混じって、人間よりも鋭い嗅覚が「血」の匂いを捉える。

 茂みをかき分けると自身の身の丈と同じほどの剣を抱えた少年が倒れていた。夕闇にも鮮やかな白に近い銀色の髪が土の上に広がっている。

「おい、お前……!」

 息をのんだケイはすぐさま駆け寄って少年を抱き起すと、脇腹のあたりを支えた手にぬるりとした感触がした。

 驚いて彼のパーカーをめくると、左の脇腹に鋭い刃物で切り裂かれたような傷があった。シャツにこべりついた血は赤黒く変わっている。幸い、出血は止まっているようだが、早く手当てしないとまずいだろう。

 浅い呼吸を繰り返す少年の体が熱い。ぐったりと閉じられたまぶたは青白く、力なく投げ出された手は冷え切っていて傷だらけだった。

 ケイは肩に皮の鞘に入った大剣を担いて立ちあがり、少年を抱いて教会へと戻った。

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