第3話 装置の力

 息を切らせながら2人は走る。


「も、もう無理!」

「あると! へばるなよ!!」


 あまり体力のないあるとが先にへばってしまった。

 ぜぇぜぇと全身を使って呼吸をしている。おいていくわけにもいかないので、仕方なく司は立ち止まった。


「早くしろよ……俺らの担任遅刻したら超うるさいのに」

「無理なものは無理だよ……そうだ」


 あるとがにやっと笑ってポケットから先ほどもらったレコーダー「たとえば君」を取り出した。


「実験してみようよ、この装置が本物かどうか」

「はぁ?」


 酸欠で頭がまいっているのだろうか、そんなことしている時間があれば足を動かせばいいのに。

 あきれる司を無視し、あるとはたとえば君のスイッチを押し、口元に近づけた。


「たとえば遅刻しても怒られない日が今日だったならば」


 カチっとスイッチを再び押し停止する。きちんと録音できたのだろうか。


「このまま走ったって遅刻だし、ゆっくり行こうよ」

「……お前、何か変だぞ。いつも生真面目なお前がそんなこと言うなんて」


 いつもなら遅刻と分かっていても、弱音を吐きながらでも必死で走るのに。

 どこか違和感を感じた司だったが、それ以上は言わなかった。




 校門を抜け、誰もいないゲタ箱から靴を取り出し、静かな廊下を歩く。

 走らなかったせいでHRどころかもう1限目の授業が始まっている。

 1限目の授業は社会で、担任が受け持つ授業だ。

 担任は規律に厳しく、遅刻などしたら皆の前で怒られる。

 HRに参加せず、ましてや授業が始まっているのにのんびりと歩いていてはますます担任の怒りを買うだろう。

 怒られるのを覚悟して、司は扉をそっと開ける。


「であるからして……誰だ、こんな時間に」

「すみません……」


 怒鳴られる、そう思って目を一瞬つむったのだが。

 返ってきたのは意外な言葉だった。


「遅刻はいかんが、まぁいいだろう。早く座りなさい」

「へ?」

「はい」


 ぽかんとしている司をよそに、あるとは当然のように自分の席に座る。


「何をしている。早く席に座りなさい。それとも、1時間ずっとそこで立っていたいのか?」

「い、いやいやいや」


 慌てて座り、首をかしげながらあるとのほうを見ると彼は涼しい顔をしていた。

 そしてポケットからたとえば君を取り出し、司に向かってにこっと笑いかけた。


(装置のおかげってか? そんなわけないだろ、偶然だろ)


 納得がいかない。司は授業中、ずっともやもやした気分だった。




 1限目が終わり、司はあるとの席へ行く。


「怒られなかったね」

「いや、確かにラッキーだけど……偶然だろ」


 もやもやしたままの司と違い、あるとはにこやかだ。


「じゃぁさ、もう1回試してみようよ」


 ポケットからたとえば君を取り出し、あるとはスイッチを入れる。


「たとえばテストを白紙で出しても満点の成績がつくならば」

「なっ!?」


 カチッとスイッチを押す。


「そんなんズリィぞ!!」

「これなら偶然って言えないだろう? 次の授業は片岡。試すのにうってつけだ」


 数学の片岡先生は授業の最初に小テストをし、授業中に生徒が問題を解いている間答え合わせをして、授業の終わりに返却する。

 白紙で出したら、当然0点をつけられるだろう。


「司は信じてないね? じゃぁさ、もし成功したら今日のお昼食堂でおごってよ」

「うっ……よ、よしきた。乗ってやろうじゃねぇか」


 いまだにたとえば君の力を信じられない司はあるとの誘いに乗ってしまった。




 授業が終わり、司はあるとの所へ行く。本当に白紙で出したのだろうか。

 ふつう白紙なんかで出したら、どうしたんだと怒られるのだが、授業中そんなことは怒らなかった。

 机の上にはテスト用紙が裏返しに置いてあり、あるとはうつむいていた。


「あると……」


 やっぱりそんな夢のような装置、あるわけないんだ。

 落ち込んでいると思い、司はあるとの肩に手を置いた。


「司……甘いな」

「え?」


 にやっと笑ってテストを裏返す。それは鉛筆の跡がまったくないにもかかわらず、右上に100点と記されたテスト用紙だった。

 ありえない、っていうかほんとに白紙で出しやがった!

 白紙であるにもかかわらず100点であること、そして堂々と生真面目でおとなしいあるとが白紙で出したこと。

 2つのありえないが発動して、司は立ちくらみに襲われた。


「これで今日の昼食はおごりだね」

「いやいやいや、おかしいだろ!?」


 テスト用紙をあるとから奪い、司は教室から出ようとしていた先生に突きつける。


「先生! これ100点っておかしいでしょ!?」


 ん? と先生はテスト用紙を受け取って眺める。


「これのどこがおかしいんだ?」

「なっ……!? だって白紙なのに」

「白紙だろ? それのどこがおかしいんだ?」


 司は絶句した。先生は不思議そうに見て、教室から出て行ってしまった。


「……これ、ヤバイんじゃねぇの……?」


 ただのおもちゃじゃすまされないのではないだろうか。

 ざわざわと危機感を感じる司を、あるとはにやにやと見つめていた。




 体育の時間になり、更衣室へと移動する。

 すると、あるとはおもむろにたとえば君をポケットから出した。


「たとえば僕に少なからず異性として好意を持っている生徒が放課後までに僕のゲタ箱に小さいお菓子を入れたくなる日が今日ならば」

「……またやってる……」


 内容が微笑ましいものなので、司は聞き流すことにした。


「たとえば安藤先生の秘密が公衆の面前で暴かれたならば」

「……いい加減にしろよ、あると。それヤバイやつだって」

「どれぐらいの範囲だったら成功するのか知りたいんだ」


 司の言葉はあるとの耳には入らないらしい。


(あの装置もらってから、あるとの様子がおかしいすぎるよ……)


 中学からの付き合いだが、こんなあるとは初めて見る。

 いつも生真面目で誠実で優しく、人の事を思いやれる男なのに。

 装置の力を試したいからって人の秘密が暴かれるような事、普段なら言わないのに。


(……そういえば、あの金髪。代償がどうのこうのいってたな)


 興味がなかったので、装置を渡してきた男の言葉は断片的にしか覚えていない。

 ポケットからもらった名刺を取り出す。

 慌てて突っ込んだせいで角などが折れている。


「発明博士 ガナルカタル秋月……うさんくせぇ!」


 住所も記載されているが、あやしいものだ。

 発明博士と表記されているが、自称かもしれない。


「……何も起こらないといいけど」


 再び名刺をポケットにつっこみ、司は更衣室へと向かった。

 

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