異世界でも俺はリアルにこなす

深川 七草

第1話 異世界でも俺はリアルにこなす

 パチパチと音を立て、ゆらゆらと揺れる焚き火の炎。

「ちょっとずるいですよね?」

 焚き火を挟み正面ではなく、それを中心に120度ほど回った場所の彼女が微笑みながらそう言う。

 可愛くない。いや、その姿は可愛い。

 同じクラスなのに敬語を使うその彼女がずるいと言っているのは、火を起こすのに魔法を使ったからではない。彼女、竹中たけなかしずくと俺、本田ほんだ哲郎てつろうのチート能力そのものについて言っているのである。

 ずるいのは確かだけど微笑みながら言われては、倒してきたモンスターからはもっと反感を買いそうだけどな。

 異世界、異世界転生……落ちこぼれやニートが憧れる場所とできごと。

 俺だって漫画も読むしゲームもやる。だから異世界ものだって知っているし、自虐ネタも理解できる。だけど、俺には必要のないリアルだ。

 ハッキリ言って、新しい世界に慣れる方がめんどくさい状況である。

 でももし、というか来てしまったのだが、来るなら一緒に転生したのが竹中じゃなかったらよかったのになと思っている。

 剣と盾を使いこなす戦士の俺と、杖と書を使いこなすメガネ賢者の彼女。

 別にメガネっ娘を否定するわけじゃないけど、メガネを外しても奇跡は起きなかった。

 異世界なのに……。




「この仕事なんてどうかしらね? 報酬安すぎる?」

 受付のおばさんに勧められる。

「そうですね。請けますよ」

 俺が言った「そうですね」とは単なる相槌であり、圧倒的なチート能力がある俺たちに問題はない。

 どちらかと言えばお金より、野宿しなければならない遠出や臭う場所の依頼が嫌である。


 こうして宿屋で起きメシを食い、ギルドで仕事を請けそのお金で宿屋代やメシ代を払う繰り返しが続く。

「おはよう、竹中」

「おはようございます、本田君」

 俺たちは転生してからずっと一緒で、宿屋の部屋まで同じである。

 最初の頃はお互い不安だったしお金もなかったからなんだけど、こちらに来て二週間が経ち稼ぎ方がわかってからも節約になるからと一緒のままだ。


「こんちは」

「いらっしゃい。今日はまだ依頼書が本部から届いてないんだよ。こんなこと今まであったかね? もう少し待っておくれ」

 まだ、二週間の俺たちに聞かれてもわからないが、待つしかないようだ。

「本田君、あそこ空いてますよ。座らせてもらいましょうよ」

 道に面したカウンターのようなところで、二人並んで座る。

「もう二週間ですね。だいぶ魔物に慣れてきたと思います」

「竹中はいいよな。離れたところから魔法を撃っているだけだから」

「そうですよね。本田君が守ってくれるから詠唱できるんです」

「まあそうだけど。でも竹中はすごいよ。すぐに魔法の書を読めるようになるなんてさ」

「へへ、英語だけは得意だったんですよね」

 俺も別に英語は苦手じゃなかったけど、彼女が持っている書の字面じづらは見たことがなく読めない。

「ああ、そうでした。本田君はいっつも学年順位一桁ですもんね。私の得意とは次元が違いますよね」

 顔に出ていただろうか? バカにするつもりはないけど、勉強に対しても自信はある。だから、学校という世界で妥協することもなかった。


「あいつ、嘆きの谷で死んだってよ」

「見ないと思ったらマジかよ」

「怖いよな」

「いやそれよりあいつ、そんなところで追い剥ぎでもやってたの?」


 むさ苦しい男たちの面白くない話が聞こえてくる。

 こういうバカ話を聞きたくないから溜まり場にはいたくないのだが仕方がない。金が必要だからな。

 そういや竹中と仲良しこよしなのも生きるためだ。

 いくらチート能力があっても一人ではきつい。複数のモンスターと出会うこともあるし、ギルドから仕事を請ける連中が集まる場所など、スリに置き引きなんでもありで戦闘中以外も油断できないからだ。

 加えてここでは、俺たちは世間知らずだ。

 とにかくチートコンビのペア狩りで、さくさく倒して稼ぎたいところなのだ。

「お二人さん、ちょっといい?」

 おばさんが呼んでくる。依頼が届いたようだが、俺たちだけを手招きしている。

「次長が二人と話したいんだって」

 俺たちは言われるまま職員用の扉から事務所に入り、小汚い部屋に案内される。

「済まないね。他に部屋がないんだよ」

 そこにいた、やさしそうな顔の細身のおじさんは一応謝っている。

 机の上には埃のかぶった書類が積み重なるようにあり、置かれた椅子のデザインはバラバラだ。

 しかし、おじさん改め次長が取り次いでくれた話はおいしかった。

「君たちの話が都まで届いてるらしくてさ、本部から紹介するように頼まれてるんだよね。しかも会いたいのは本部のお偉方じゃなくて、宰相様だっていう話なんだよ。だからさ、ちょっと遠いけど訪問してくれないかな?」

 俺は少し竹中の方を見たが、竹中の返事を待たずに受けると答えた。そして、彼女も「はい」と答えた。


 翌日、溜めた金で一頭立ての馬車をレンタルする。いくらチート持ちでも、長旅を手ぶらでするのは無理である。

 貸主から要求された紹介状はギルドの次長が書いてくれたが、ボロのくせにふんだくられて納得ができない。

「晴れてよかったですね」

 俺が手綱を引き馬車を走らせていると、荷台に荷物と一緒に乗っている竹中が当たり障りのないことを言ってくる。

「お金、ほとんど残ってないけど平気かな?」

 竹中が続ける言葉に、こっちが本当の話かなと考えた。

「まず、会うことが一つの依頼ということでギルドから少しお金がもらえるし、会う予定の宰相? たぶん城、つまりこの国でのナンバー2だろうと思う。偉い人とつながりを持てればあのエリアからおさらばできる」

「そうですね、あそこちょっと怖いですし」

「それだけじゃない、ずっと狩りばかり繰り返していてもしょうがないだろう」

「本田君は戻りたいのですか?」

「このままなら戻りたい。どっちの世界でもいいけど、今のままは嫌なんだよ」




 パチパチと音を立て、ゆらゆらと揺れる焚き火の炎。

 これを見るのも三回目、今夜が最後、明日は都に入る予定である。

 そんな今日も焚き火を挟み正面ではなく、それを中心に120度ほど回った場所に彼女は座っている。

「宿屋に到着したらお風呂に入りたいな」

「宰相様に会うんだ。当然その前に風呂に入るだろうし、服も用意されるかも知れない」

「もうちょっと想像できませんか?」

 ラッキースケベでも想像しろと?

「……ごめんね。私と冒険なんて嫌ですよね」

 「そんなこと」と言いたいが、俺は彼女との冒険なんて求めていない。

「たぶん、異世界に転生したのも、私が悪いんですよね」

 彼女はまた、こちらに来るきっかけのことでウジウジ言っている。最初の三日間は、宿屋で繰り返し聞かされた。

 彼女が落としたお守りを俺が拾って渡そうとした時、そのお守りから出た光が周囲を白く照らし、こちらの世界に連れてこられたと考えられるからだ。

 もちろんそのあと、お守りを調べた。観察するだけというわけにもいかないので、ご法度と知りながらも開封して中身も確認した。

「まだお守り、持ってるよね?」

「当然です。これは……」

「これは?」

「笑わないでくださいよ。これは、私が生まれたときから身につけているお守りなんです」

「そうなの? 別に変じゃないと思うけど」

「さあ、もう寝ましょう」

「そうだね」

 どこを笑うのかわからないと考えていると、彼女が話を切るので寝ることにした。


 都に入り、ギルドの本部まで行く。

「本田君、これがギルドですか? どれだけ仕事があるんですかね」

 周囲と違うその建物は、転生前の世界で例えれば商社の自社ビルのように異彩を放っている。

「こんにち……」

 小さくなっていく俺の声が途切れる前に、何時からいたかわからないおじさんが声をかけてくる。

「お待ちしておりました」

 その威厳ある服装のおじさんは城詰めの導師で、俺たちの案内役として本部で待っていたというのだ。

 そしてそのまま城ではなく教会へ案内されると食事に風呂に着替えまで用意されており、至れり尽くせりな歓迎というところであった。


「では、お疲れかも知れませんが、城までご同行願います」

 また導師に案内され城に向い、石垣に囲まれた城内まで進むと城そのものではなく横にある三角屋根の建物に入った。

「ここは王族専用の礼拝所です」

「専用? こんなところへ入っていいんですか?」

 俺が聞くと導師は答えた。

「雫様とそのお連れでしたら問題ありません」

 俺は竹中の方を見る。

「ごめんね本田君。魔法の書を見たときすぐにわかったんだ。こちらの世界のこともお守りのことも」

 お守り? 生まれたときから…………生まれたときから?

「それでね、お守りの中にある符の文字も読めるようになったんだ」

 和紙に墨で書かれたあれ?

「でも、本田君と一緒にいたかったの。どちらにしても妖力が回復しなければ戻れないと書かれていたから、それまででもいたいなと思って」

「どうゆうことだよ!」

 俺は怒りに震えた。異世界に飛ばされた不条理でも怒ろうと考えなかったのに。

「では、わたくしからお話しましょう。こちらにある装置にて、お守りの妖力は回復いたします」

 説明を変わった導師が続ける。

「我が国は十六年前、戦争により滅びの危機にありました。その時、この魔道装置を使って一か八か、王は雫様を異世界に送ることを決めたのです」

 つまりこうゆうことか。その装置でお守りの妖力を回復させて使えば、元の世界へ帰れると。

 ここに用はない。

 竹中に取り入ればマシな生活はできるかも知れない。でもこいつの御用聞きになるつもりはない。戻れば普通には生活できる。お守りを大事にしまっている場所はわかっている。

 俺は迷わなかった。彼女に体当たりをするとそれを奪い装置に嵌めた。

 フワっと周りが白くなる。

 よし! これで帰れるぞ。

「ごめんね本田君。そのお守り、縁結びのお守りなんだ。だから和紙にはこう書かれているの。決して一人で使ってはいけないと」

 和紙に筆で書かれたその一文が読めなかった俺が、どこへ行ってしまったのかは誰も知らない。

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異世界でも俺はリアルにこなす 深川 七草 @fukagawa-nanakusa

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