一章 1 『睡魔には勝てませんよねそりゃ』

 一章 1 『睡魔には勝てませんよねそりゃ』




 全ての始まりの一日。

 これから先に起こる事など、予想もしていない朝だった。


 ーー朝の日差しが窓を通して顔に降り注ぎ、眩しさに目が覚める。


「んぁ……」


 ほんのりと暖かい光を浴びて、脳が覚醒し始めると同時に、おかしな事に気付いた。

 なぜ目覚ましが鳴っていないのか……いや、鳴っていたような気がしてきた。

 目覚ましをセットしている携帯電話に手を伸ばし、画面を確認する。


「やらかしたっ!」


 アラームが既に発動したと画面に表示されている。

 やはり目覚ましは鳴っている。いや、過去には鳴っていたようだ。そりゃ鳴っていて当たり前だ。

 毎日平日、学校がある日は7時半に鳴るようにセットしている。なんならスヌーズ機能もオンにしてあるのに、だ。

 今日に限って二度寝をしてしまうなんてあってはならない事だ。

 今日は、今日という日は高校に入って初めてのテスト、それも初日だ。


 時刻を確認しようと再度、携帯電話を開くと、ボイスの通知が届いていた。宛名は晴香。やっぱりか。

 恐る恐る再生ボタンを押す、と


「咲都!! テスト初日から遅刻なんて何考えてるの⁉︎ 起きたらすぐ着替えて走りなさい! とにかく先に行くからね! ……午前七時五十分……」


 ヤベェ、少し怒ってらっしゃる。いや少しじゃないかこれは。

 いつも一緒に登校しているので、少しの間待せてしまったのだろう。申し訳ない。


 画面に表示されていた時間は八時五十九分。一時間目のテストは確実に間に合わない。やってしまった……。

 今頃クラスのやつらは学校で、訳の分からん問題に頭を悩ませている事だろうなぁ……ってそれどころじゃねぇ!

 この時間ならまだ二時間目には間に合う。

 二時間目のテスト開始時刻は九時二十分だったはず。家から学校まで歩いて約十五〜二十分の道のり。


「走れば間に合う!」


 言葉に表し、その今なら間に合うという考えを、確信に変える。

 急いでトイレを済ませて歯を磨き、制服に着替えて家を飛び出す。

 朝ご飯を食べたいところではあるが、時間的に余裕がない。腹が減っては戦は出来ぬと言うが、それどころでは無いことは携帯に表示された時間が教えてくれている。


「ヤベェヤベェヤベェ! 時間がねぇ!」


 とんだ一日の始まりになってしまった。

 独り言を発しながら眠気をこらえ足を必死に動かす。


「おはよう。何が無いって?」


 と、少し先から声がした。

 この聞き慣れた癒しボイスは! 近所に住んでる美人お姉さん佐野瞳。

 オレの脳内通称、美人ニート瞳姉。

 本当にニートかどうかは知らないがよくどんな時間でも近所を徘徊、もとい散歩しているため心の中では勝手にこう呼んでいる。

 オレと幼馴染の晴香にとっては良きお姉ちゃんのような存在である。

 何故かいつもスーツでいる。そしてスタイルも顔立ちもいい。さらにやたらと胸がフクヨカである。

 あ〜眼福眼福……ありがたやぁ。っとそれどころじゃ無い。少し足を止めてしまった。


「おはよう瞳姉! 今割と急いでるからじゃ」


「……あぁ、そういやこの時間なら確実に遅刻よね。てか急いでるとか言って足止めてんじゃない。また眼福眼福グフフとか思ってたんじゃないの?」


 なぜバレたし。


「なぜバレた!」


 ……あっ。


「ほらやっぱり。相変わらず分かりやすい感性してるわね」


 しまった。つい声に出してしまった。思った事を声に出してしまうのは俺の悪い癖だ。

 しかし急いでるのは事実だ。手を振りつつまたいつもの道のりを走りだす。


「まぁ気ぃつけて行けよ〜」


 そんな声を後ろにいつもの道のりを行く。

 家を飛び出し数分、すでに息が上がってきた。

 体を鍛えているわけでも無く、部活にも入っていない見本のような帰宅部のオレには数分、たったの数分走り続けること、はかなりしんどい部類に入ってくる。短距離の速さには自信があるが、持久力はてんでない。


 オレの高校への通学路の途中にはそれなりに有名な寺がある。観光シーズンには人が溢れるし、大河ドラマの撮影とかも行なっていた場所だ。一番の見所はやはり秋の紅葉だろうか。

 そんな感じの場所だがその寺を通り抜けるのが近道、つまり1番早い。その寺さえ超えれば学校はすぐにある。


「ヤバい! 後十分切ってやがる!」


 寺の行きは入り口、北門まで後数メートルといったところか。


「十分以内に学校に着いてやる!」


 そんなどうでもいいが今の気持ちには左右する独り言を、少し大きめの声で言いながら門を走りくぐり抜ける。

 入ってすぐ横手にあるお墓の前を真っ直ぐ走り抜け左に曲がる。そして本堂だったかな……の前を通り抜け右に曲がって少しある坂を一気に下る。約一ヶ月通い慣れた道だ。

 足が痛くなって息が上がってくる。……本格的にバテてきている。もう少しもてオレの体力よ! 流石にテストをこれ以上受けないわけにはいかない!


 と、少し先にここ一ヶ月で挨拶をしている見慣れた影がある。寺の境内を朝早くから掃除しているおじさんだ。この時間でもまだ掃除をしているのか。なんて思いつついつものように挨拶を。


「お、おはようございます」


 息が上がりつつもちゃんと挨拶はする。高校に通い始めて約一ヶ月、いつも挨拶をしてくれるいい人だ。挨拶は大切な事、と親にそう育てられた。

 この歳になると挨拶の大切は充分わかるので親に挨拶についてはしっかりしろ、と育ててもらったのはいい事だったと自覚している。

 親には最近特に、いろいろな事を教えてもらっていて良かったなと思う。まあもちろん、めんどくさい時や反面教師になるときもあるが。


「おお、咲都くんおはようございます。えらくバテてるねぇ……ってこの時間ならそりゃそうか。すぐそこだけど気をつけて学校いくんだよ」


「はい! 行ってきます!」


 挨拶もそこそこにへっぽこな足を動かす。

 学校まではもう少し。後は行きの出口にあたる南門をくぐり抜け、ひたすら階段を下り少し行くと大通り。その通りの信号を渡るとすぐ学校だ。

 時計の針は九時十四分を指している。何か邪魔がない限り確実に間に合う。物理的確信を得た。……フラグじゃないからな!


「勝ち確キタコレ!」


 なんて独り言をまた言いながら階段を猛スピードで下る。

 階段の下にある細い道を抜け大通りに出ると学校が左前方、まあほぼ目の前に出てくる。

 信号を渡りバテバテになりながら学校の門を走り抜け自分の教室に急いだ。




 ーーこの日を境に己に降りかかる、数々のめんどくさ……ゴホッゴホン。数々の災厄の日々を知らずに。

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