クライマックス1

温室に突入すると、むせかえるような花の香りが巨大な塊となって君たちを包み込む。

温室の中には淡いピンクの蕾を付けた植物が大量に置かれていた。

街で流行っていた、あの植物だ。

温室の奥、誰かが歌いながら踊っている。

「すまいりー、すまいりー、すまいりーさま!」

「かぞえきれないこのよのふこーをたちきるために、このきゅうさいのはなを……?」

「だれ?」

そう言って、踊っていた茉莉 花がこちらを見る。

「あ、しぶちょーだ」

「ざんねん、すまいりーさまはもういっちゃいました!」

「はなさかすまいりーさまなのです!」

「あっ、わたしもみにいかなきゃ!」

そういって外へ飛び出していく。


それを追って外へ出た君たちが見たものは──。


すべて、咲いていた。

淡いピンクの花びらが舞って、曇り空もどこかその色に染まって。


皆が笑っていた。

楽しそうに。愉快に。何もないのに。


地面にへたり込んで笑って。

階段から転げ落ちて笑って。

交通事故の目の前で笑って。

へしゃげた車の中で笑って。


「数え切れない」「この世の不幸を」

「断ち切る為に」「この救済の花を」

「さすればここは幸福な場所となる」

「すなわちそこはすばらしきせかい」


眩暈がする。


道路の真ん中、並木道に一人の少女が立っている。

日向 葵、彼女だけが本物の笑顔で淡いピンクの世界に立つ。


「おっお~悪役の皆さんお疲れ様~!」

「いやー、PC1ちゃんが敵に回るのは悲しかったけど、これでようやく救えるね!」

「そう、笑顔で世界を救うヒーロー、スマイリーとは私のことだったのです!」

「そんな悲しいこと言わなくていいんだよ、もう終わったんだからさ!」


眩暈が酷くなる。

胸から目に見えないものが溢れ出す。

走った疲れも、目にした光景に対する絶望も、もう感じない。

君たちは幸せの中につつまれて───。



「…………りしろ! 聞こえるか!」

意識が微睡みから帰ってくる。

幸せだった意識が、急激に現実の肉体と苦痛を取り戻す。

そして、戸惑っている内に君たちの心体は正常化する。

「良かった、成功だ!」

声をかけながら何かを君たちに注射しているのは海堂 秋だった。

「詳しい説明は後に回す!」

「今、花に対する血清を打たせてもらった。しばらくはこの花の影響下でも正気で動ける!」

「だがしばらく、だ。効果はいつまでも続かないし、そもそもこの状況を放置してたら何が起きることか。」

「早く行ってさっさと終わらしてきてくれ。」

「それから、こいつを!」

「予備の血清だ、リーダーらしいあんたに渡しておく。」

PC3に血清の注射を一本渡す。

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