紙とペンと包帯

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

あたしが劇の主役!?

「えーっ! あたしがヒロイン役なのー!?」


 新入生歓迎会で行われる演劇で、二年のあたしは主役の女性を演じることになった。

 

「やだやだ。部長のドレス姿が見たいー!」


 あたしはルックスに自信がない。セリフも覚えられるかどうか。

 どちらかといえば、裏方でトンテンカンしている方が性に合っている。


「うだうだ言わないの、遊衣ゆい! あんたのせいでしょうが!」

 同じ二年で衣装担当の衣笠きぬがさが、メガネを直す。


 そうなのだ。

 倉庫の高いところから桜吹雪の入った箱を取ろうとして、あたしはハシゴから落下した。

 落ちたあたしの身体を受け止めてくれた部長が、足を折ってしまう。

 その責任として、あたしは部長の代役をつとめることに。


「あーあ。花江はなえ部長、初主演だったのになぁ」


 衣笠が棒読みで嫌味を言う。

 

 たしかに、悪いことをしてしまった。


 だが、それとこれとは話が別だと思うのでは?


「あたしが足を切り落として部長に差し出した方が、演劇部のためだと思うのだがね? 衣笠君?」

 

「何が『君』よ。言っておくけど、今更交代してって言われても無理だから。あんたが引き受けなさいよ!」

 衣笠は全員分の衣装を今から作らねばならない。


 分厚い台本が、あたしの前にボンッと置かれる。

 

「来週の月曜までに読んできて。絶対にセリフ全部覚えるのよ!」

 

 

 放課後、あたしは台本と赤ペンを持って、街を歩く。

 自分のセリフをペンでチェック。強調すべき所はアンダーラインを引いた。うーむ、どれも重要な場面に見える。


 花江部長に直接指導してもらおう。

 そう考えて、あたしは部長の実家へ向かっているのだ。


 部長は商店街にある、雑貨屋に住んでいる。


「ごめんください」

 部長の家に到着し、部屋へ案内してもらう。


 驚いたように、先輩が両手のパペットを隠す。


「急にすいません。花江部長」


 花江部長は、自室で台本を読んでいた。足に巻いたギプスが痛々しい。

 台本には、多数のメモ書きが。

 誰に何を質問されてもいいように、配役毎に色まで変えて。


 ベッド脇や机の上には、多くのパペットが。

 

「いいのいいの。退屈していたところだから」


 マジでお邪魔だったようだ。パペットで芝居の練習をしていたらしいから。

 

「それよりゴメンね。お茶も出せなくて」

「とんでもない! すぐにおいとまするので。それより足の方は?」


 精密検査の結果、大したことはないらしい。

 痛みはすぐに引いて、くっつくまであと三週間はかかるだろうという。


 先輩が、ナースの格好をしたウサギのパペットを手にはめて説明してくれた。 


「ただ、バイトができないのが辛いわ」

「バイト?」


 いつもなら、お向かいの精肉店で働いているらしい。

 コロッケを揚げている隣で、パペットを使って売り娘をしているんだとか。

 でも、その足では立ち仕事なんて無理だよね。


「うん。専門学校に行こうと思って」

「お芝居の?」

 先輩の手に収まっているパペットが、コクリとうなずく。

 


 先輩が本当にやりたいのは、人形劇なのである。

 雑貨屋にあったパペットで遊んでいて、すっかり芝居にのめり込んでしまったのだ。


 

「親の世話になりたくなくて」


 部長、本気で役者を目指してる。

 あたし、本当にお邪魔なのかも。


「今、自分は邪魔なんじゃないかって思ったでしょ?」


「ど、どうしてそれを?」

 あまりにも的確な指摘に、あたしのリアクションも大げさになる。


「気にしなくていいのよ、遊佐。あんたは無責任キャラに見えて、そうじゃないって分かってるから」

 

 ならば遠慮はしない。

「あの、部長。ここなんですけど」

 あたしは、チェックした台本を、部長に見せる。


 先輩からアドバイスを受けながら、台本に朱を走らせた。


「やっぱりだ。あんた、すごいプレッシャー感じてるでしょ。必要以上に」

 他のチェック項目を見ながら、先輩が笑う。

 

「わかり、ますか?」


「うん。大事な箇所のチェックがびっしりだもん」

 

 

 あたしは、責任を感じすぎてしまうタチだ。

 何か落ち度がないか。

 なので、できれば失敗しない部門で活躍できれば。

 裏方に回っているのも、お芝居で失敗した姿を見せたくないから。

 


「遊佐、プレッシャーを感じるのは大事よ。でも、ほどほどにしなさい。程よいプレッシャーは、自分を引き締めてくれるわ。でも、過度な重圧はかえってストレスになるから、失敗を恐れるようになってしまう」


 先輩の話を聞き漏らさないように、あたしは台本に先輩のアドバイスを記す。


「本当にすいませんでした。あたしがドジなせいで先輩に迷惑を」


「自分を見つめ直すチャンスだと思っている。遊佐の芝居は、私の方が教わるつもりで見させてもらう」

「そんな大層な」

 

「いいえ、あなたはこの演目の抜けている部分までちゃんと調べている」

 

 部長は、ラスト一歩前の赤いアンダーラインに指を差す。

 

「ここ。登場人物の心境からして、このセリフはおかしいって書いてある。これは、私たちでさえ見抜けなかった大切な箇所よ。遊佐を主役に抜擢したのは、そういうのを見抜く力があんたにあったからなの」


 自分に出番が回ってきたのは、てっきり部長にケガをさせただけだと思っていた。

 最初から、部長はあたしを主演女優として推していたという。


「裏からずっと舞台を見てきたからでしょうね。だからこそ、ここがおかしい、これは変だぞって、第三者の視点を養っていた。遊佐を推薦して、私は誇りに思うわ」


「ありがとうございます、花江部長。あたし、なんだかやれる気が出てきました」


 ひょっとすると、のせられただけかも。


 それでもいいや。


「あたし、先輩が舞台女優になったら、まっさきにサインもらいに行きます!」


「ありがとう。じゃ、私は今、あんたのサインをもらうわ」

「えー?」

「部長命令よ」

「でも、どこに?」


 あたしが聞くと、部長はギプスを指さした。


「て、言うと思うじゃん?」


 その日、あたしは部屋じゅうのパペット全てにサインを書いた。


 断れないじゃん。


 パペット毎に全部違う声色でねだられたんだもん。

 

(終わり)

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紙とペンと包帯 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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