喪ったもの

姫乃華奈

第1話

あなたの笑っている顔が好きだった。

けれどあの日から、その顔は見られなくなって…私は恨みを覚えた。

あの日さえ無ければ、あなたは笑い続けていたよね?

何故、奪わなければならなかったの?

その答えを私は見つけ出す。

たとえ、二度とあなたの笑っている顔が見られなくても。



高校二年生のあなたは、いつも笑っていた。

クラスの人気者で、いつも中心にいた。

幼馴染の私も、一緒になって笑っていた。

そんな顔を見るのが大好きで、私は幼馴染以上の感情を胸に秘めていた。

けれど、その想いは届ける前に役目を終えてしまった。

あなたが私より、もう一人の幼馴染を選んでしまったから。


私の幼馴染は、佐伯優稀(さえきゆうき)と白石夏美(しらいしなつみ)の二人。

優稀はクラスの人気者でちょっとお調子者。

夏美は大人しくて綺麗な顔立ちの優しい子。クラス委員で、みんなからの信頼も厚い。

私、二宮若菜(にのみやわかな)は、なんの取り柄もない普通の女子高生。

私達は幼稚園からの幼馴染だ。

何をするにも一緒だった。

けれど、高校一年の冬、幼馴染という関係は私の中で崩れ去った。

優稀と夏美が12月25日を機に付き合い始めたのだ。

ラブラブで、幸せそうな二人。

私に祝って欲しい。これからも、幼馴染としてよろしく。と、二人は残酷な事を告げる。

その時、私の秘めていた恋心は崩れ去った。

もう優稀の事を想っていてはいけないんだ。笑顔で祝わなきゃ。

私は必死に笑顔を取り繕って、二人を祝い、幼馴染を演じ始めた。


演じ始めて丁度7ヶ月が経った7月25日。

私にとっては普通の日だった。

夏休みに入って、数日目。

朝はゆっくり起きて、昼間はクーラーの効いた部屋でダラダラして、特に何も起こらなかった。

夕方、夏美が電車に轢かれて死んだと連絡を受けるその時までは。


その連絡を受けた時、時計の針は17時30分を指していた。まだ外は明るかった。

電話の向こうでは、泣きじゃくる優稀の声が聞こえた。

連絡をくれたのは、優稀の母親だった。

明日、通夜をするという。

その連絡だけを聞き、電話は終わった。

電話を終えた後、私は止めどなく涙が溢れた。思わず「夏美ーっ!」と叫んでいた。


翌日、私は目を腫らしながら、制服を着て夏美の家を訪ねていた。

家の中はとてつもなく重たい空気が流れていた。

棺の中には、死んだ夏美がいるのだろう。

棺は閉ざされ、唯一顔を見れる場所も閉ざされていた。

きっと見られない程の状態なんだろうと、容易に察しがついた。

家の中に聞こえるのは、色んな人の泣き声。夏美の妹のわんわん泣く声。親戚のすすり泣く声。優稀の泣きじゃくる声。

優稀は棺の前で正座して、泣いていた。

「優稀…」

私は、どう声を掛けていいか分からなかったが、なんとか優稀の後ろから、名前だけを呼んだ。それが精一杯だった。

「自殺…」

ぼそりと呟いた優稀の言葉に戸惑い、私は何も言えなかった。

「なんだって。警察が言うには、目撃者がいて、自分から駅のホームから落ちて行くのを見たって」

優稀が背を向けたまま涙を拭いながら、話してくれた。

けれど、優稀の涙は止まる事を知らないのか、溢れ出ているようで、何度も何度も涙を拭っていた。

私は呆然とした。

衝撃的過ぎた。

あんなに明るくて、優しい夏美が自殺なんて、考えもしていなかった。

「そう、、なんだ…でも、なんで自殺なんか…」

私はなんとか会話を続けるかのように呟いた。

「知るかよっ!俺が聞きたいよ!なんで、なんで自殺なんか…何があったんだよっ、夏美!」

優稀は泣き叫び、床を叩いた。

当たり前だけど、今の優稀にあの笑っている顔は無かった。

私には、今の優稀にかける言葉が見つからなかった。

私は自殺が嫌いだから。

例え親友でも、自殺したら軽蔑すると思っている程に。

どんな理由はがあろうと、親からもらった命を自ら捨てる事が、大嫌いだった。

夏美も、どんな理由があったかは知らないけれど、なんで自殺なんか…。

悲しいけれど、軽蔑してしまう。

それが今の私の気持ちだった。


翌日になって、淡々とお葬式は過ぎていく。

そして夏休みも、淡々と過ぎていった。

その間、私と優稀は一度も会う事が無かった。


夏休みを終えた新学期。

教室には優稀の姿があった。

みんなの中心で笑っていた。

けれど、私の好きな、あの笑っている顔では無かった。

明らかに無理をした笑顔だった。

みんなから慰めの言葉をもらっていた。

みんな、それが余計に優稀を苦しめているとも知らずに。


9月11日

夏美の四十九日を迎えた。

私と優稀は学校を休んで、参列していた。

「俺が悪いんだ…」

四十九日の法要を終えた後、ふと優稀が呟いた。

突然の呟きに、私はすぐには反応出来なかった。

優稀は、私の返事を待たずに続けて呟いた。

「あの日、俺が最後まで家に送っていれば、駅で別れさえしなければ、夏美は…死ななかったのに」

そこには、後悔の念に押し潰されそうな優稀の姿があった。唇を噛み締めて、俯いていた。

私はそんな姿の優稀に、かける言葉が無かった。情けない。

「それは違う」

私が言葉を探していると、夏美のお父さんが低い声で言った。

「夏美は優稀君のせいで死んだんじゃない」

お父さんは続けて言った。

「夏美の自殺の理由を知っているんですか?」

私は、俯いたままの優稀の代わりに聞いた。

お父さんは私の質問に答えてくれた。

それは衝撃的な事実だった。

夏美は最近、咳がひどく、血痰も出ることから病院に行ったらしい。

そしてそこで、肺がんだと診断された。

もし生きていれば、死んだ次の日7月26日から、抗がん剤治療をする予定だった。

夏美は死ぬ前に、母親に遺書となるメールを送っていた。


抗がん剤治療も怖いし、抗がん剤で髪が抜けていくのも嫌。優稀の前では綺麗な姿のままでいたい。どうせ、がんなんて治らないのだから、優稀の前で綺麗でいられないのなら、死んだ方がマシ。ごめんね、ママ。さよなら。


そんな文面だったという。

そして、夏美はホームへ入ってくる電車の前に身を投げた。


「そんな…俺、どんな夏美の姿でも、ずっと好きですよ。嫌いになんてならなかったのに…」

優稀は、誰かに訴えるかのように呟いた。

「そう言えば、咳がひどかったかも。風邪とか言って…どうしてその時、気付かなかったんだろう。そんな思い詰めていたのに、どうして俺、気付いてやれなかったんだろう」

優稀は涙を流しながら、次々と後悔の言葉を口にしていた。


「なんですか、それ…」

私は夏美に対して怒りが湧いてきた。

「そんな理由で、奪うなよっ!奪うなよぉー!そんな事で死ぬなよ!そんな事で、私の大切なものを二つも奪うなよ!確かに死にたくなるかもしれない。でも、まだ治療すれば治ったかもしれない。まだ、生きれたじゃん…」

私は夏美の遺影に向かって叫んだ。

死人に口なしとは言ったものだ。

今、この場でこんな事を叫んでも、夏美には届かない。

私は分かっていた。そんな事。当たり前のように。

それでも叫ばずにはいられなかった。

夏美は私の恋心と大好きな笑っている顔を奪ったのだから。

これは私の中で、恨んでも恨み切れない恨みになった。

やり場のない恨みだったからだ。


あれ以来、優稀に会う事はなくなった。

学校でも他人になり、私達は大人になっていった。

今でも夏美の事は忘れられない。恨んだままだ。

私は優稀が忘れられなくて、あの笑っている顔が忘れられなくて、未だ新しい恋をした事がない。

そうそう都合良く、いい相手なんて現れない。

毎日仕事に追われるだけの日々。

楽しい事なんて一つもない。

ああ、私の方が死にたいよ、夏美。

end

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喪ったもの 姫乃華奈 @hime837

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ