紙とペンと転校生

初心者

第1話

 高二の九月の最初の登校日。

 夏休みも開けて新学期が始まる。

 教室に入ると騒がしい話し声に思わず仰け反る。

 俺、吾妻圭あずまけいは教室の一番後ろにある自席についてスマホをポケットから取り出した。

 「夏休みどっか行ったー?」とか「ひさしぶりー」と言った声が教室のあちこちから聞こえてくる。

 ただそれはあくまでも俺の周りの話であって俺と友人との間にそういう会話は一切ない。そもそも友人がいない。


(明日よう実の発売日か。明日の帰りにでも本屋寄って行くか。)


 もちろん一人で、というのはもはや必要ないだろう。

 クラス中が過去の思い出の話をしている中、俺だけ未来の予定を立てているという現実に気にもとめずにスマホを見ていると授業開始の合図の鐘の音が教室中に響いた。

 授業と言っても今日はホームルームのみなのだが。

 そんな鐘の音に周りのクラスメートたちは気も止めずに話をしていると、ガラッという音とともに担任の教師が入ってきた。夏休み明け一日目から強面の顔は絶好調だった。

 鐘の音には反応しなかった奴ら(というか俺以外のほぼ全員)もこれには反応して自席についた。


「えー、おはよう。夏休み最初の登校だが……」


 と話し始めるが興味がないのでホームルームの時間はいつも一番後ろの席という特権を使ってスマホをいじっている。


「で、今日はみんなはもう知っているとは思うが転校生がいます」


(知らねーよ。)


 とか頭で思いつつスマホをいじり続ける。

 教室のドアが開く音がした。

 多分、その転校生とやらが入ってきたのだろう。どうせ関わりもないだろう転校生を見る必要もないと判断し、スマホをいじり続ける。


<>


「じゃあ、あそこの吾妻の隣の席に座ってくれ」


(っ!)


 一瞬バレたかと思い身を強張らせたが、見知らぬ顔(と言ってもクラスメイトも誰なのかよくわかってない)の少女がこちらに歩いてくるのを見て少し安堵した。

 スマホの画面を伏せつつ、その少女の顔を見ると甘栗色の髪の毛に整った顔が視界に映った。と同時に耳についている透明なイヤホンのような物体も視界に入った。

 よく見るとイヤホンではなく、補聴器だった。

 するとそれに気づいたのか、俺と視線がぶつかった。


(やばっ!)


 夏休みという約二ヶ月間ほどの間、家族としか会話を交わしていなかったためか本能的にそう感じてしまった。

 俺は慌てて目を背けようとしたが、その前にその少女はこちらに可愛らしい笑顔を向けてきた。

 その少女はそのまま歩いて俺の隣の席に座った。


「じゃあ、今日のホームルームを終わりにする」


 担任がそう言い出て行くと即座に隣の転校生のところに数人の男女が集まってきた。


(投稿初日で俺より話してる人数多いな。それにしても耳聞こえないのにこの人数さばけんのかなぁ)


 少しの嫉妬と憂いを抱きながら俺は教室を後にした。



 二日目、俺が学校に登校してくるとすでに多くのクラスメートに囲まれていた。

 一時間目の数学の授業中。

 俺は気になって隣の席の少女を見ていた。

 というのも耳が聞こえないんじゃ先生の解説も聞こえないんじゃないかと思ったからである。しかし、耳が聞こえない時はずの少女は特に迷う素振りも見せずに板書を書き写していた。


(やっぱり口の動きとかで何言ってるのかだいたい把握できるのかなぁ)


 そう思いつつしばらく少女の横顔を眺めていると少女の顔がこちらに向いた。

 あっ、と思った時にはすでに目を反らせないほどに目が合ってしまった。


(気まずい……。)


 そう思っているとその甘栗色の髪の少女がノートに何か書いてこちらに見せてくるようにノートをずらしてきた。

 見るとノートの端にペンで何か書かれていた。そこには『よろしく』と書かれていた。


(なんか小学校の時にやっ……てはないけどやってるとこを見たことあるな)


 と懐かしいような悲しいような気持ちにならながら俺もノートに隅に『よろしく。俺、吾妻圭あずまけい。俺名前は?』とペンで書く。


 すると今度は『ホームルームの時に言ったじゃん。御崎胡桃みさきくるみ。覚えてない?』とクスッと笑うようにした顔とともに返ってきた。かわいい。


(あー、なんか色々やってた気がするな)


 そう思いつつ『スマホいじってたから聞いてなかった。ごめん』と書く。

 こんなペンとノートで転校生の御崎さんとやりとりを続けていると、いつの間にかアニメやラノベの話になっていた。


『吾妻くんもラノベ好きなの?』


『え? 御崎さんも好きなの?』


『うん。なかなかそういう趣味の人いなくてちょっと嬉しいかも』


『だったら今日本屋寄るけど一緒に行く?』


『え? いいの?』


『御崎さんさえよければ』


『行く! 』と御崎さんが満面の笑みを浮かべながら返してきた。かわいい(本日二度目)


(ん? まて? これって……)


「デート……」


(じゃないけどなんか緊張するな。)


『わかった。帰る時に声かける』と書いてノートをずらすと気のせいか御崎さんの横顔が少し赤いような気がした。

 今のつぶやきを聞かれていたかと一瞬焦ったが御崎さんの耳についている補聴器を見て聞かれていないことに気づき少し安堵した。

 そして紙とペンでとはいえ、転校生と話せたことに少し嬉しさも感じていた。


<>


 昨日のホームルーム。


「じゃあ、簡単に自己紹介を」


「はい。御崎胡桃です。補聴器をつけていますが軽度の症状なので音は聞こえているので、遠慮なく話しかけてきてください。」

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紙とペンと転校生 初心者 @Kojien-eiennokyoukasho

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