異端者の寵愛に接吻を

モッキー

プロローグ 騎士と魔女


_____昔々、とある国に一人の騎士がいました。




 その騎士はとても強く、国の為に剣を振るい、数々の魔物を討ち取った紛れの無い英雄でした。



 そんなある日、大きな戦争が起きました。




 騎士は国の為、民の為、王の為に戦います。



 ですが、健闘空しく国は戦いに負けてしまいます。




 生き残ったのは騎士一人で、戦争で傷を負っており、雪が降る森の中で倒れてしまいます。





_____「おや、血の臭いがしたかと思って来てみれば…珍妙な獣がいたものだ」





 死の間際。今にも命が尽きようとしたその時です。

 騎士の耳に、若い女性の声が聞こえてきました。





_____「ふむ、既に死に体か。しかし妾の森に其方のような獣が紛れ込んでくるとはな…臭くかなわん」




 若い女性のその声は美しく、それはまるで旋律をを奏でるかのようであった。

 しかしその声とは裏腹に、若い女性の言葉には感情はなく、氷のように冷たいものでした。




 それもその筈。騎士が倒れたこの森は千年息続けると言う、恐ろしい『魔女』が棲むと言われた森だったのです。 



 そして運の悪い事に、騎士の目の前に現れた女性は紛れもなく魔女でした。



 しかし、逃げ出そうにも騎士はもう動けません。もう目もあまり見えないし、雪降る極寒と痛ましい傷で指一つ動かせないほど弱りきっているのですから。




_____「…下界の争いは苛烈を極めたようだな。これ程色濃く死の臭いや血の臭いがするのは珍しい。まるで怨念の塊だ、森の獣たちが騒ぐのも無理もない。獣どもは血に敏感であるからなぁ…しかしだ」





 魔女は倒れる騎士を物珍しげに見やり、儚げに言いながらもクスリと、笑い口元を緩ませます。




_____「それだけの怨念を背負い死ぬだけとは憐れなことこの上ない。何を得るわけでもなく、何を得ることもなく。ただ命消えるまで傀儡であり続けるのみとは……至極無念であろうな。それとも、…?」




 魔女の言葉を既に騎士の耳には半分も聞こえていません。意識が遠退き目の前が真っ暗になりつつありました。

 しかし、騎士は魔女が何を言っているのかは理解しました。



 騎士には魔女が言うようになにもありません。命じられるがまま、望まれるがまま、乞われるがまま…騎士は誰かに求められるままに戦ってきました。




 そこに自分は無く、滅んだ国の剣として騎士は空っぽのまま戦ってきました。

 



______「______ククク…よし。決めた。妾は其方に大いに興味がわいたぞ。故に、褒美だ……ふふ、こんなことは生きてきた中で感じたことは無い。光栄に思うがいい」




 そう言って、妖しく嗤う魔女は耳元で騎士に言いました。





___「其方には…妾の寵愛を受ける事を与えてやろう」





 それは春に吹く春風のように、恋する乙女のように清らかな声色で…しかしてそれは妖艶で、甘く、蕩けるような蜂蜜にも似た魅惑の声色。

 脳を溶かすような魔女の囁く声と兜の上から伝わる口づけを最後に、騎士の意識はそこで途切れてしまいました。



 それ以来、森のどこを探しても『魔女』の姿は見当たらなくなりましたとさ…




 めでたしめでたし。





























______おや、どうなされました?お話はこれで終わりですよ。


_____え?魔女の寵愛を受けた『騎士』はどうなったって?


_____さぁ、どうなったんでしょうねぇ。なんせ、『魔女』は森から居なくなったのです。影も形も消え失せては『騎士』がどうなったのかなんて誰もわかるはずが無いのですからねぇ。




___それにこれは昔々のお伽噺。まだ空にドラゴンが飛んでいるような夢語………はたまた、誰かの嘘話かも知れませんよ?



_____でも、ご安心を…姿……




______“異端者を視る人々の眼”があるかぎり物語は語られ続けられるでしょうね…



______だってそうでしょう?いつの時代も人間は異端者を忌み嫌う存在なのだから…

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