13


 夕食の後は、そのまま自由行動となった。リーンとセシリアの二人は、その間に隣の棟に移る。一応女性と男性で泊まる建物は分けられていた。

 棟を移り、セシリアとリーンは同じ部屋に入る。空き部屋はいくらでもあったが、せっかくだからと同じ部屋にしてもらったのだ。なんだかんだと、セシリアはリーンが泊まりに来るのを楽しみにしていた。


「とりあえず、一日目終了ー!!」

「お疲れ様」


 ベッドに突っ伏しながら、セシリアは脱力した。いろいろな緊張から解き放たれて、身体はいつも以上に疲れ切っている。その後ろでリーンは自分の荷物を解いていた。

 荷物を解くことなど本来なら使用人がやることなのだが、リーンはそれを断っていた。理由は、トランクの半分を占めるあのノートの束だろう。あれは彼女のネタ帳である。

 まるで他人事のようにふるまうリーンに、セシリアは口をすぼめた。


「誰のせいだと思ってるのよ? もー!」

「あら。学院で男装なんかしてるセシリアの自業自得だと思うけれど」

「それはそうなのかもしれないけどさぁ……」

「でもま、そのおかげで私もいいネタ貰えてるわけだし。反省はしていないけれど感謝ぐらいはしているつもりよ?」

「私が欲しいのは、反省と自重です」

「それは無理な相談ね」


 唇の端を持ち上げたまま、リーンは肩をすくめる。こういうところは前世むかしから変わっていない。彼女はいつも我が道を行く。その道の真ん中に親友が寝転がっていようが、関係ない。逃げないのならば轢いていくだけである。

 けれど、そういうはた迷惑なところが、どこか憎めなくて、一緒にいて楽しかった。それは今だってそうだ。


「あのさ、気づいてる?」


 リーンは二、三日分の衣服をクローゼットに掛け終えた後、そう聞いてきた。


「『気づいてる』って、なにに?」

「これってさ、アニメの総集編の話じゃない?」


 その言葉に、セシリアはベッドにうつ伏せになったまま、「総集編?」と首を捻る。

『ヴルーヘル学院の神子姫3』はゲームだけにとどまらず、コミカライズ、小説、ドラマCD、アニメ、映画と、多くのメディアミックスをしてきた作品だ。確かアニメは二クール。二十四話+総集編二話で構成されていたはずである。ルートはメインのオスカールートを軸に、誰ともくっつかないアニメオリジナルの大団円エンドを迎えていたはずだ。


「うん。確か、八話と九話の間にあったやつだと思う。モードレッド先生の登場とか、結構そのままだったし! まぁ、アニメの方の舞台は『シルビィ家のコテージ』じゃなくて、『オスカー殿下の用意したコテージ』だったし。騎士と主人公のわちゃわちゃが中心だから、敵役であるセシリアは出てこないし。いろいろと違いはあるんだけどね」

「何となく思い出してきた……」


 セシリアはこめかみを押さえる。この回は総集編らしく、今までの流れをみんなで思い出したり、語り合ったりするようなものだった。基本的に危険もなく、楽しい学院生活の延長というような話だったはずである。


「セシリア、まだ前世の記憶が不鮮明なのね」

「不鮮明って言うよりは、穴が開いてるって感じなんだけどね」


 セシリアの前世の記憶はまるでピースの欠けたジグソーパズルだ。一つ一つは鮮明に思い出せるが、どこかがまるっと欠けている。親兄弟の顔も何となくなら思い出せる。けど、一華以外のクラスメイトの顔は不鮮明だ。名前と顔が一致していただけの子などは、思い出そうとしてものっぺらぼう状態である。

 一番強い記憶であろう自身の死因だって、同じように火に囲まれてようやく思い出した。

『ヴルーヘル学院の神子姫3』の記憶は割と鮮明だが、細部まで思い出しているのかと聞かれたら、それもよくわからない。


「その反応ってことは、あのイベントのことも思い出してないってことよね?」

「へ、あのイベント?」

「そう。ここで、主人公とオスカーが――」


 その時だった。会話を遮るように扉が叩かれる。セシリアが「どうぞ」と返事をすると、扉が開き、ギルバートが顔をのぞかせた。


「姉さん。ちょっといい?」

「どうしたの? こんな夜更けに」

「ちょっと、そこの人に用事があって」


 そう言って、彼が指したのはリーンだった。


◆◇◆


 こんな夜更けに、未婚の女性を鍵のかかる部屋に呼び出すことの意味を、彼は知っているのだろうか。


(ま、知らないはずがないわよね)


 ギルバートは後ろ手で部屋の鍵を閉め、リーンを見据える。その目はどこか冷えていて、彼がいつもセシリアに向けているものとは全くの別物だった。おそらく、これが彼の本性なのだろう。

 セシリアが前世を思い出したことにより多少設定は変わったかもしれないが、彼の内側はゲームの『ギルバート・シルビィ』ときっとそんなに変わらない。冷静で、冷徹で、排他的。自分が心を開いた人間以外はどうでもよくて、囲いに入れた人間はどんな手を使ってでも守り通そうとする。彼はきっとそんな人間だ。

 リーンは笑顔を浮かべたままギルバートを見つめる。この後、彼が発するだろう言葉は予想がついていた。


「単刀直入に聞きますね。貴女も姉さんと同じように『前世の記憶』とやらを持ってるんじゃないですか?」


 予想通りの言葉にリーンは思わず笑ってしまう。隠し通せるとは思っていなかったが、こうもあっさりと言い当てられてしまうとは思わなかった。


「前々からおかしいと思っていたんですよ。最近姉さんとやけに仲が良いですし、内緒話も多い。それに、前に姉さんを助けに行ったとき、貴女は『二度もあの子を死なせるわけにはいかない』と言っていたでしょう? それではまるで一度目を知っているみたいだ」


 ギルバートは淡々と続ける。


「それに貴女はハイマートのアジトを知っていた。おそらく貴女は前世とやらで『ダンテのルート』をクリアしていて、その時のことを覚えていた。姉さんが貴女のことを俺に言わなかったのは、大方貴女が口止めでもしていたんでしょう?」


 そこまで言われ、リーンの目が座る。そしてため息を一つつくと、ベッドに座り、足を組んだ。


「……そうだとして、ギルバート様は私に何をさせたいのかしら? そんなことを言うためだけに、わざわざ呼び出したわけではないでしょう?」

「そうですね」

「情報を聞き出すというのなら、答えてあげないこともないですけれど、きっちりと対価はいただきましてよ?」


 ここからはもう猫なんて被っていられない。リーンは不敵に笑う。しかし、そんな彼女の変化にも、ギルバートは顔色一つ変えなかった。


「俺が望むのはたった一つです」

「なにかしら?」

「リーン・ラザロア。姉さんの代わりに、神子になってください」

「……」

「そうすれば貴女がラザロア家にしている借金。すべて俺が肩代わりします」

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