「この度皆に集まってもらったのは他でもない。この度、新しい神子を選定することとあいなった。星の玉は新たな神子候補を選び、同時に騎士を――……」


 国王から遣わされたという聖職者風の男は、講堂の壇上でそう宣った。大げさな身振り手振りを交えて話す男の話はあくびが出るほどに長い。

 というか、このゲームはプロローグが異常に長いので、第一章が始まる直前にセーブをして、いつもそのセーブデータから始めていた。

 なので、セシリアの前世であるひよのがプロローグ全てを通しで見たのは、たったの一回だけである。

(でも、なんでそんなに長かったんだっけ? この人の話も長かったんだけど、何かもっと別の要因があった気が……)

 そんなことを考えている間にも、男の話は先へ進む。

 彼の回りくどくて長ったらしい話を要約するとこうである。

 新しい神子候補が現れたと星の玉が告げたので、今から神子選定の儀を行う。

 神子候補は三人。全員学園の生徒だと啓示が出ている。

 したがって、選定の儀の場はこのヴルーヘル学院とする。

 神子を守る七人の騎士は今から選ぶ。

 ――以上だ。

 ちなみに星の玉というのは、神子が宣託を受けるのに必要な道具で、騎士というのはいわゆる攻略対象のことである。

 騎士は宝具が選び、騎士になった者はそれから一年をかけて次代の神子になるのにふさわしいと思う神子候補を選ぶ。そして、その者に自分の宝具を預けるのだ。

 神子候補としての勝敗は、宝具の数によって決まることになる。

 この次代の神子が決まるまでの一年間を『選定の儀』と呼ぶのだ。

(つまり、『選定の儀』は票取り合戦なのよね)

 セシリアは、未だ長ったらしい説明を続ける壇上の男を見上げた。


 この『選定の儀』は騎士たちの好感度を上げて、一つでも多くの宝具を預けてもらった神子候補が次代の神子になる権利を得るという仕組みだ。そして、次代の神子に選ばれた者は自分に宝具を手渡した騎士から一人を選び、聖騎士として常にそばにいてもらう権利を持つ。いわゆる恋人ポジションに収まるわけである。

(ここで私が神子候補として名乗り出なかったら、宝具は自然とリーンの元に集まるわけだし、そうなったら晴れて私は自由の身よね! 最悪、リーンに宝具が一つも渡らなくても、私もゼロなら関係ないし!)

 騎士たちには宝具を渡す権利があるが、同時に渡さない権利もある。どの神子候補も神子にふさわしくないと思えば、誰にも渡さなくてもいいのである。

 どの神子候補にも宝具が渡らず引き分けになった場合、主人公特権でリーンが次代の神子に選ばれる仕組みである。

 まぁ、その場合でもセシリアは例にもれず死んでしまうのだが、それはセシリアがセシリアで、神子候補であったからだ。セシルという何の力も持たない一モブであれば、きっと最悪の結果は回避できるはずである。

(ここを乗り切れば、とりあえずは安泰! 黙ってリーンの恋愛を見守るのみよ!)

 そうセシリアが安易に考えていると、壇上の男の後ろからもう一人男がやってくる。彼の両手には白い布が置かれ、その上には七つの銀色に輝くブレスレットが置かれていた。これがいわゆる宝具というやつである。

 宝具には、神に仕える精霊が宿っていると言われており、その精霊との相性で騎士に選ばれた者にあった能力が顕現すると言われている。

 この宝具を騎士が自らの腕から神子候補の腕に付け替えることにより、票の行き来が行われるのだ。神子候補は最大で七つの宝具を身に着けることができる。


 男が天に布を掲げると、ブレスレットは淡く輝きだす。今から騎士が選ばれるのだ。

 宝具が浮かび上がり、七方向に散った瞬間――……

 割れんばかりの悲鳴が講堂に木霊した。

 振り返れば、女生徒が男子生徒に押し倒されていた。馬乗りになった男子生徒は下敷きにした彼女の首をこれでもかと絞めつける。頸動脈に指が深くめり込み、女生徒は身体を反らして苦しんでいた。

「あれは――っ!」

 男子生徒の身体から黒い靄が見え、セシリアは息をのんだ。

『ヴルーヘル学院の神子姫3』は、乙女ゲームには珍しくRPGのように戦闘があったり、キャラクターたちにレベルがあったりするゲームだった。

 戦う対象は『障り』と呼ばれる、動物や人の負の感情に巣食う魔物のようなものである。『障り』自体はさほど強い存在ではないのだが、巣食った相手の能力を押し上げたり、感情を暴走させることにより人に害をなす存在だ。『障り』はこの国の至る所に潜んでおり、本来ならば神子が押さえつけているはずのものだが、今代の神子の力が弱まったことにより、国中に現れるようになったという設定だったはずである。

 そして、『障り』に巣食われた者の最大の特徴は、身体から黒い靄が浮き出ることである。

 彼は今まさに『障り』に巣食われていた。

「あ、あぁ、ぁぁ……」

 首を絞められた女生徒の身体が痙攣しだす。口の端から唾液が流れ、瞳が小刻みに震えていた。

「まずいっ! あのままじゃ――!」

 助けを求めるように周りを見るが、皆男子生徒の豹変ぶりに驚いてしまい、動けなくなっているようだった。

 確かにいきなりこんなものを見せられたら動けなくなる。セシリアだって前世の記憶がなければそうなっていただろう。

 しかし、今の彼女には前世の記憶があり、彼がどういう状況なのかすぐさま理解できる冷静さもあった。

 今この場で動けるのは、彼が『障り』に侵されていると知っている、セシリアだけである。


 セシリアはとっさに駆け出し、男子生徒の身体に体当たりをした。

 そのままゴロゴロと転がり、講堂の壁に背中を打ち付ける。

 肺の中の空気がすべて吐き出され、セシリアの瞳に涙が浮かんだ。

 体当たりを受けた男子生徒は、一度はこけたもののゆらゆらと立ち上がり、焦点の合ってない目でセシリアを見下ろす。

(ちょ、まずい! 実際に見るとこんな感じなの!? めっちゃ怖いんですけどっ!?)

 ゲーム画面でキャラクターを操作するのと、キャラクターとして敵に対峙するのとでは雲泥の差だ。

 何とか身体を起き上がらせたものの、見下ろしてくる敵に膝が震えた。

 人垣の向こうで誰かが自分を呼んでいるような気がしたけれど、そんなものに構えるほどの余裕はなかった。

(た、確か、勝利条件は……)

 前世の記憶を巡らせる。

(身体のどこかにある痣に、神子候補、もしくは騎士が触れること!)

 次の瞬間、男子生徒はセシリアに飛び掛かってくる。それをかろうじてよけながら、彼女は彼をつぶさに観察した。

 こんなこともあろうかと十二年間、必死に身体づくりをしてきたのが今役に立つ。まぁ、そのせいで義弟に『粗暴』と評されるようになってしまったのだが、役に立っているのならば結果オーライだ。

 掴みかかってきた男子生徒の腕を躱し、鳩尾に蹴りを入れた。しかし、正気をなくしている男子生徒は、意識を失うことなく腹部に入れた足を掴んでくる。

「ハンス兄、直伝キック!!」

 とんでもなくダサい技名を叫びながら、セシリアは捕まれた足を軸に身体を回し、側頭部を蹴り上げた。

 技名はダサいが効果は抜群のようで、そのまま男は再び床に膝をつく。

 身体が慣れてきたのか、膝はもう震えていない。

「見つけたっ!」

 セシリアは男子生徒の左手首に黒い蔦のような痣があるのを見つけ、怪我するのもいとわず飛びついた。

 このまま喧嘩していても、じり貧なのは目に見えている。

 相手の体力は『障り』により無尽蔵に強化されているのだ。

 男子生徒はしばらく暴れていたが、彼の手首にセシリアが触れた瞬間、動きを止めた。そして、黒い靄が払われるのと同時に身体から力が抜け、その場に倒れこんでしまう。

 セシリアも崩れ落ちた男子生徒の上に覆いかぶさるように倒れた。


「ねえ――じゃなかった! セシル、大丈夫!?」

 最初に駆けつけてくれたのは可愛い義弟だった。彼に助け起こされながら、セシリアはくしゃりと表情を歪める。

「こ、こわかったぁああぁ……」

「怖かったって、それならなんでこんな無茶するのさ」

「いやだって、襲われた人危なかったし、とっさに身体が動いて……」

「だからって……」

 そこでセシリアははたと気づいた。辺りが静かすぎる、と。

 見渡せば、誰も彼もが自分に注目をしていた。人垣の中心には倒れた男子生徒とセシリア、そして彼女を助け起こすギルバートの姿しかない。

 更に視線を巡らせれば、人垣の最前列にはリーンがいた。

 彼女はセシリアを見つめながら固まってしまっている。

(あ、これ……もしかして……)

 そのことに気づいた瞬間、セシリアの背中に冷たいものが伝った。

(これって、チュートリアル戦闘だー!!)


 説明しよう!

 チュートリアル戦闘とは、基本的にゲームの序盤にある最初の戦闘のことで、基本的な操作やシステムの説明を実戦形式で教えてくれるものである。

 セシリアは毎回これが面倒くさくて、プロローグを飛ばしていたのである。


(これ、詰んだ……)

 さーっと、全身から血の気が引いた。

 よく見れば、リーンの後ろには騎士に選ばれたであろう攻略対象たちがいる。つまり、彼女たちの初めての共同作業(笑)をセシリアは邪魔してしまった形になるのだ。しかも『障り』を鎮めることができる一般人などは存在しないことから、セシリアの正体も疑われてしまっていることだろう。

「貴方は……?」

 驚愕に目を見開きながら、リーンが一歩歩み寄った。セシリアの表情はこわばる。

「姉さん、これ」

「え?」

 その時、セシリアの左手首に何かが触れた。冷たい鎖のような感触が背筋を震わせる。

「いいから、堂々としていて。多分これで大丈夫だから……」

 ギルバートの囁くような声にセシリアは自分の左手を見た。すると、そこには騎士の証であるはずのブレスレットが巻かれている。それはおそらく、本来ギルバートのものだろう。

「これっ!」

「ほぉ、騎士がさっそく役目を果たしたか」

「え!?」

 引きつった声を上げれば、壇上の男がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見て取れた。

「騎士としての務め、見事であったぞ。少々危なっかしいところはあったが、なかなかに優秀だ。これからも、その手腕で神子候補たちを守ってくれ」

「ちょ……え?」

 手を掴み、強引に立たせられる。すると、辺りからは拍手が巻き起こった。

 人垣の中、頬を染めながら瞳を潤ませているのは、先ほどの勇姿を見た『王子様セシルファンクラブ』のメンバーである。

「素晴らしいですわ、セシル様!」

「私たちの王子様が騎士にっ! ますます手の届かないお方になられましたのねっ!」

「先ほどの立ち回り、本当に素敵でしたわ! あぁ、今思い出しても体が火照ってくるよう……!」

 先ほどまで訝しんでいた攻略対象たちも、今では納得したような表情を浮かべている。それもそうだ。セシリアが『ただの一般生徒』ではなく『騎士』ならば、一人で『障り』を祓うことも可能なのだから。宝具をつけているのを見たのならば、怪しむ必要はない。

 ひとまず、セシリアはギルバートの機転により難を逃れた。

 しかし――……

(これって、ギルバートの宝具が私に渡ったってことだよね!?)

 その事実に気付いた瞬間、セシリアは顔を青くさせて固まった。

 まだまだ、彼女の受難は始まったばかりである。

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