第33話 出発

 ヒュドロスを討伐して五日が経った。

 カルハに来てから一月なんねーくらいかな?


 あの後酒場貸し切ってカルハの冒険者全員で飲み明かしたんだけど、ケルピーの話をしたら皆んな爆笑してた。

 水辺のクエスト受けた事ある奴らは経験あるらしいんだけど、あの臭いと頭がおかしくなる状態異常は一週間くらいは回復しないそうだ。

 臭いが続く限りは状態異常から回復できないんだと。

 オレ達の場合は魔法の洗剤あったから何とかなったけどな……

 ケルピーの話してたらナスカとエレナが涙目になってたし、ある意味恐ろしい魔獣だよ。


 ま、そんな辛い思いを忘れるには酒の力を借りるんだって目一杯飲んだな。


 次の日は丸一日休んだけど後の四日はいつも通りのクエストと観光して過ごした。


 ま、そんなわけでカルハの街も充分楽しめたと思う。






 宿を引き払って、役所の職員さんや知り合った冒険者達にも挨拶して来た。


 だいぶ寒くなってきたから上着も特注で作ってもらったのを着ていざ出発だ。

 ん?

 上着が特注なのは飛行装備を展開するからなんだけど背中側が開くようになってんだ。

 デザインは皆んな同じがいいって言うし、ライダースっぽくしてみたんだけどなかなかかっこいいんじゃねーかな?

 皆んな気に入ってくれたみたいだし、パーティー感出たのもいい感じ。

 一応耐寒素材使って作ったから全然寒くねーし空の旅でも問題なさそう。


 ここカルハからザウス王国までは車で一日掛かるって話だし、飛行装備ならもう少し速いとしても夕方までは掛かるだろう。

 日も短くなってきたし、途中昼休みを挟む以外は移動した方が良さそうだな。




 カルハからザウス王国までは山越えはないし、草原と森林地帯が広がってるだけだから何目指せばいいかわかんねーな。

 ま、地図とリルフォンあるから問題ねーんだけど。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 今回の空の旅は特に語る事もねー。

 魔獣がちょいちょい近づいて来た以外はただ空飛んでただけだし。


 ただ南に進むに連れて少しずつ寒さが和らいでいくから、ザウス王国に近付いてんだろなって感覚はあったかな。




 次第に見えてきた街はアルテリア。

 岩場があったり砂漠があったりとちょっと不思議な街だけど、千尋達が転移してきた街って事だし数日はここに泊まってくつもりだ。


「ねぇ、あそこに家が建ってるよ!?」


「ん? ああ、ほんとだ。ぽつんと一軒家があるな」


 アルテリアからは少し離れた林の中に一軒家が建ってた。

 普通に考えて魔獣が闊歩するようなこんな場所に家建てるとか変わった人もいるもんだなー。

 ま、世の中いろんな人がいるしな!




 アルテリアの北側に降りて歩いて街に入る。


 ちょっと降りるのが街に近過ぎたかも……

 街の警備のおっちゃんが驚愕の表情でこっちを指差してる。

 二人いたうちの片方は街の方に走って行ったしな。


「き、君達待ちなさい!! 私の見間違いでなければ今空を飛んで来なかったかね!?」


「あー、驚かせて悪いなおっちゃん。この飛行装備ってので空飛べるんだ。別に怪しい者じゃねーよ」


「見たところ人間のようだが…… 身分を証明できる物はあるかね?」


「おう。冒険者カードでいいだろ?」


 オレの金色に輝く冒険者カードを見せてやった。

 なんか恐る恐る手を伸ばしたおっちゃんだけどカード見たらホッと息をついてた。


「いや警戒してしまって申し訳ない。他国のゴールドランク冒険者は空を飛べるとは知らなくてね」


「んー、いや、どう説明したらいいか…… 元々この街の冒険者からもらったんだけどな。千尋や蒼真って知ってるか?」


「アマテラスのメンバーと会ったのかね!? 彼等はこの街自慢の冒険者なのだよ!!」


 と、まあいろいろと熱く千尋達の話を聞かせられた。

 アルテリア仕様の騎士の直剣が私の宝だっても言ってたな。




 おっちゃんの長ーい話のおかげで、さっき走って行ったもう一人のおっちゃんが仲間連れて戻って来た。

 ま、問題ねーって事で街に入る事も許されたんだけどな。


 街の大通りを進んで行くと中央広場に役所があるんだけど、まだ宿とってねーからまずは宿屋エイルに行かねーとな。

 この街一番の宿で風呂付きだって言うならそこにするしかねー。




 役所から西に向かって一番大きな宿屋って事ですぐに見つかった。


「いらっしゃいませ。宿屋エイルへようこそ」


「二人部屋を二部屋頼みたいんだけど空きあるか?」


「はい! ではこちらをご記入頂いてから部屋をご案内します!」


 宿泊者全員の名前と宿泊日数を書き込んで、身分証として冒険者カード、宿泊費を先に支払って部屋を案内してもらう。


「こちらがお客様方のお部屋になります。私は普段受付におりますレイラと申します。ご用がありましたらいつでもお声掛けください」


 鍵を受け取ってオレとカイン、ナスカはエレナと一緒に部屋に入って……

 受付に駆け込んだ。


「レイラさん!? 二人部屋を頼んだのに大きなベッドが一つしかなかったわよ!?」


「こっちの部屋も同じだ!!」


「はい…… 何か問題でも?」


「男と一緒のベッドで寝る趣味はねーんだけど!?」


「部屋割りが間違っていませんか? カインさんは…… ナスカさんと。勇飛さんはエレナさん…… おや? 私の勘違いでしたでしょうか?」


「うん。部屋を変えてくれ」


 とんでもねー勘違い姉ちゃんだな。

「でもこの機会に勇飛さんとエレナさんもお付き合いされてはどうですか?」とかわけのわからん事を言ってくる。

 まあエレナは可愛いとは思うけどそういう感じには見れねーかなー。

 ってエレナ…… その(それはねーわ)って表情やめてくれ。

 オレもそうは見てねーけどその表情はちょっと傷付く。


 次に案内された部屋はベッドが二つある結構広めのいい部屋だった。

 湯船も大きくてこれは最高だな!!


 夕飯は十八時からって事だし役所に行って宿泊の報告して来た。




 夕飯までまだ時間あるし街を見て回ってもよかったんだけど、とりあえずのんびりしたいし風呂入る事にした。

 オレは長風呂だからカインに先に入ってもらったけど。




 風呂あがったらロビーに集まってヘアオイルを選んでブロー魔法。

 カインはナスカを、ナスカはエレナを、エレナはオレとカインの髪を乾かして終了。

 すっげーいい匂いのヘアオイルだ。


 そんなブロー魔法をするオレ達を他の冒険者だろうな、五人組の男女がこっち見てる。


「なあ、あんたら他所の冒険者だよな? そのブロー魔法はどこで覚えたんだ?」


 オレンジ色の頭した男が話しかけてきた。


「オレ達はクイースト王国のデンゼルって街から来たんだ。んでブロー魔法は千尋達から習ったんだよ。あいつらの事知ってんだろ?」


「おお!! マジか!! あいつら元気してんのか!? いろいろ聞かせてくれよ!」


 このオレンジ頭の男はハウザーって名前でシルバーランクパーティーのリーダーらしい。

 あとはベンダー、アニー、リンゼに新入りのウェルって少年を含めた五人パーティー。

 アニーとリンゼの髪に煌き効果ある時点で千尋達の関係者である事はわかるんだけどな。


 十八時も過ぎてて飯食いながらハウザー達と話しをする事にした。




「うっめぇな! アルテリアの食い物ってみんなこんなもんなのか!?」


 特別変わった料理じゃねーけど世間一般的に出てくる家庭料理、その辺の宿屋でも出てくるような素朴な料理がめちゃくちゃ美味い。

 見た目だけなら酒場にある魔獣の骨つき肉とかの方が美味そうに見えるんだけどな。


「だろ? ここの宿は特別うめーんだ! 他の街の味はよくわかんねーけど、王国に行ったってこんなうめー飯食えるとこねーよ」


 スプーンをこっちに向けながら嬉しそうに言うハウザーだけど行儀悪いやつだな。

 ま、冒険者なんてみんなそうか。


「料理の最高のスパイスは愛情ですから」


 と語るのは変人受付嬢のレイラさん。


「今失礼な事考えませんでした?」


 なかなか鋭かったりもするみてーだ。


「あー、いや、そこに並んでるのってアルテリアの酒かな? ちょっと飲んでみてーなーと……」


 誤魔化しておく。

 ハウザー達とも仲良くなっておくのもいいだろうし軽めの酒盛りしてみよう。




 オレ達は千尋達との出会いやらクイースト王国での話なんかをしてみたんだけど、映画についてはハウザー達も知らねーみてーだ。

 って事はアルテリアの出発に際していろいろと用意したんだろーな。

 今後ザウス王国にも映画の日ってのができるだろうって話をしたらすっげー喜んでた。


 あといつもの事なんだけどナスカ達はオレをなんか英雄みたいに語るんだよ。

 まあ聞かされるたびに恥ずかしい気持ちにはなるんだけど、実際あの時は頑張った。

 あの時くらいだもんなー、ほんとの命懸けの戦いって言ったら。


 んで、こいつらがギガンテス戦の話をするからオレもこの間のヒュドロス戦の話をしてやった。

 ギガンテスよりさらに強えだろう巨大ワニとの戦い。

 精霊魔導を駆使して三人で倒したんだって自慢してやった。

 オレが嬉しそうに語ったせいかちょっと顔を赤くしてるから、仕返しには成功したんじゃねーかな。

 そして調子に乗ってケルピーの話をしたら気分悪くなったけど……

 マジゴメン……




 オレ達が精霊魔導の話したからか、ハウザー達も精霊魔導について話してくれた。

 精霊魔導師になって二カ月くれーの間毎日訓練してるって事でかなりの練度になってそうだ。

 近々その精霊魔導を見せてくれるっつーからちょっと楽しみだな。


 あとはこのアルテリアの冒険者は他よりもめちゃくちゃ強えってんで今はクエストがあまり出てねーらしい。

 出稼ぎに他の街とか王国に行ってる冒険者が多いって話だ。

 そんなら観光ちょっとして王国に行くしかねーかな。


「あっ、あのっ勇飛さん!!」


「ん? なんだ?」


 少年ウェルがなんか興奮気味に話しかけてきた。


「勇飛さんはヒーラーなんですよね!? 実は僕もヒーラーなんです!!」


「ほー! ヒーラーの冒険者か!! オレが言うのもなんだが珍しいな!!」


「はいっ! ミリー様に憧れて冒険者になったんです!! けど…… 戦う魔法が使えなくてですね…… どうしたらいいかわからなくて」


 ミリーね……

 俯いてモジモジし始めた。

 ハウザー達も困ったなーって頭掻いてるし、爆破ができねーんだろうな。


「ウェル。お前根性はあるか? 弱音吐かねーって約束できんなら多少鍛えてやってもいい」


「どんな事にでも耐えてみせますっ!!」


「その心意気やよし!! 明日から鍛えてやるから覚悟しろよー」


「ありがとうございますっ!!」


 身長はオレより高えけどヒョロガリだしな。

 しっかり鍛えてやんねーとな!!


「勇飛のその鍛えるって…… 言葉のまんまだよね」

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