第32話 決着

 ヒュドロスを相手に奮闘してたんだけど、こんな化け物相手じゃ精霊魔法だけじゃ倒せねーみてーだ。


 オレ達の攻撃がまともに通らない魔獣なんて今まで会った事なかったんだけどな。

 それも以前よりパワーアップした精霊魔法でも通らねーとかどーなってんだ?

 属性の相性とかも関係してるのかもしんねーけどまあ精霊魔導を試すには丁度いい相手だろ。

 ハイオークの時にも試しちゃいるがただぶっ放しただけだったしな。


「そろそろ下級魔法陣いってみよーかー!」


「「「了解!!」」」


 カインが下級魔法陣ファイアを発動して、強化された炎矢でヒュドロスの両前脚を射抜く。

 すると悲鳴をあげて水に沈み込むヒュドロス。

 水に浸ける事ですぐに消化するとはいえ確実なダメージが与えられるようになったようだ。


 その間にナスカとエレナは距離をとって下級魔法陣サンダーとウィンドを発動。

 ナスカの一回り大きくなった雷兎は足元に顕現し、エレナのシルフも大きくなって髪の毛に掴まってる。




 水から顔を上げたヒュドロスにナスカの雷兎が飛び込んで雷撃を放ったんだけど、威力が上がっても雷撃の通りは悪いみてーだな。

 水属性でダメージは通りやすいはずなんだけど、地属性が影響して雷撃のダメージを地面に流してるのかもしんねーな。


「むーーっ!! なんで私の雷撃が効かないんだ!」


 とか怒ってるけどあまり考えてねーんだろな。

 右が通じねーのに左の雷兎も放って、また通用してない事に腹を立ててる。

 見た目が凛々しいのにちょっとおバカなナスカは今も健在だな!


 エレナはさっきまでなかった風の防壁が全身を包んでる。

 ドレスみてーな装備がやっぱ邪魔そうに見えるけど本人は平気なのかな?

 すっげバタバタしてて気になるなー。

 なんて思ってたら爆風にでも煽られたのかってくらいの急加速してヒュドロスに接近。

 ヒュドロスの方も右脚を振り上げて迎撃の準備してるけど、エレナの左薙ぎとぶつかり合う…… 事はなかった。

 風の防壁がヒュドロスの爪の振り下ろしからエレナを回避させて、右上に抜けながら鼻先を風の刃で斬り付けてった。

 なんかハーピーを思わせるような攻撃の仕方だったな。


 カインは様子見ながら背中に炎矢を連射。

 ヒュドロスも背中に突き刺さった炎が熱いらしくて悲鳴をあげながら水辺の少し深いとこまで移動。


 エレナは追っかけて風の刃で背中を斬り付けてる。


 ヒュドロスも水中で地面から脚が離れりゃナスカの雷撃も通るんだろうけどなーなんて思ってるんだけど、当の本人はちょっとイジけてんのか追っかけて行かねーしな。

 とりあえずナスカにその事伝えて戦線に復帰させてやる。


 オレも試してーとこだけどもうちょっと様子見るか。




 湖を泳ぎ始めたヒュドロスを追いながらカインは炎矢を連射。

 浮き上がったタイミングで狙って射ってもすぐに水で消化するからあまり効果的ではねーな。


 エレナは風の刃で水面ごとぶった斬るからヒュドロスも焦ってそうだ。

 最初のうちは斬撃を浴びて背中に深い傷を負ってたんだけど、ワニみてーな魔獣だけあって上空のエレナも見えるんだろな。

 今はエレナの攻撃のタイミングに合わせて水中に潜って水魔法でガードしてるみてーだ。


 でも地に脚が付いてねーって事はナスカのチャンスだろ。


「ナスカ! 今なら雷撃が通るぞ!」


「本当だな!? もしこれが通じないといくら私でもイジけるぞ!?」


 うん、もうイジけてたけどな。

 とりあえずやる気出したみてーだしいいか。




 低空飛行しながらヒュドロスの背後から接近して左の雷兎を真上から落とすナスカ。

 水中に雷撃が流れて沈み込もうとしたヒュドロスも泳ぎが止まって、浮かび上がりながら痙攣したように体を反らす。


「エレナ! カイン! 今だ!!」


「任せて!」


 背中を水面に出したヒュドロスにエレナは風の刃で斬り付け、カインが頭部目掛けて炎矢を射る。

 雷撃による麻痺に風の刃と炎矢の攻撃を受けて悲鳴をあげるヒュドロスだけど、麻痺が解けるとすぐに水中に潜り込んだ。

 背中に負った切り傷は浅くなくて、赤い血が緑色の水を染めてドス黒く濁らせる。


「おおっ! 勇飛の言う通り私の雷撃が効いたぞ!」


「良かったなぁナスカ。じゃあ次は一撃目でさっきみたいに浮かび上がらせて、二撃目は直接攻撃からの雷撃でやってみろよ」


「やってみる!!」


 ナスカは嬉しそうにヒュドロスを追い掛けてった。

 このままだとオレの出番はねーかもしんないけどまあいいか。

 オレは今回あんま相性良くねーしな。

 それにこのヒュドロスはオーク・ギガンテスよりたぶん強えだろ。

 以前の魔法より強えはずのオレ達の攻撃が通らねーんだし、難易度は相当たけーはず。

 オーク・ギガンテスで難易度Bって話だからもしかしたらAに届くかもしんねーな。

 今日もし三人で倒せれば今までよりも自信がつくだろうし、オレに対する距離感も少しは無くなるかも。

 ちょっと寂しい事にあのオーク・ギガンテス戦からはずっと距離を感じてたんだよなー。




 なんかいろいろ考えてる間にヒュドロスの背中の血は止まってるみてーだ。

 さすがは上位魔獣だけあって回復力がたけーな。


 空から狙ってるナスカ達を警戒しながらすげー速さで泳いでる。

 低空から近寄ろうとしても水弾吹き上げてるし結構厄介だな。

 精霊魔導は強えんだけど、属性縛りがあるのが辛いとこだ。

 オレらに水属性使える奴がいればいいんだけどまあ無理か。


「ナスカ! 僕と合成魔法でいくよ!」


「わかった!」


 ん?

 カインとナスカの合成魔法?

 初めて聞くけどそんなのできるのか?


 上空から炎矢を放ってたカインの高さまでナスカが飛翔して、カインの引く弓の後ろで左のダガーを翳した。

 錬成された天色の炎矢を赤雷が覆って、炎雷矢がヒュドロスに向かって放たれる。


 ヒュドロスはやっぱ上空も警戒してるから水中に潜り込んだ。

 けど水面に突き刺さって消える炎矢とは違って雷撃の方はそのまま水を伝ってヒュドロスに届いた。


 今がチャンスなんだけど、エレナも驚いて動き止めてるし。

 って思ってたら炎雷矢と同時にナスカとカインは急降下してたらしくて浮かび上がったヒュドロスにダガーを突き刺して雷撃と火炎をぶち込んだ。


 麻痺してても声って出るんだな。

 まあ肺の中から空気が出りゃ声は出るのか。

「ゴオ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛ッ!!」って悲鳴あげて背中からは湯気があがってる。

 驚いてたエレナも我に返って、逆手に持った直剣で背中を突き刺して旋風を巻き起こす。

 体内に流し込める魔法じゃねーらしくてドリルみてーに背中を抉り取ってた。




 倒したかなと思ったんだけどそんな甘くなかった。

 少し硬直した後に周囲を水壁で覆い込み、麻痺が解けたと同時にひっくり返ってナスカとカインを右爪で薙いだ。

 ナスカはダガーでガードしたけど、水魔法込められた水爪は防げるもんじゃねぇ。

 左肩に結構深い傷を負ってそのまま後ろにいたカインごと吹っ飛ばされた。

 油断したエレナもヒュドロスの尾に薙ぎ飛ばされて湖に沈んだ。


 その間にヒュドロスは水中に潜ってまた逃げる。

 たぶん傷の回復を待つつもりなんだろ。


 それならオレも回復に行こうか。




 カインはナスカを引き上げて水面に浮かび上がったんだけど結構ナスカの傷が深ーな。


 それよりエレナが浮かびあがって来ねーからオレも湖に飛び込んだ。

 引き上げてみたら骨折と意識を失ってるだけだし、とりあえず脇に抱えてナスカ達んとこに向かう。


 カインとナスカは岸に上がって傷口押さえて待ってた。

 ま、ヒュドロスとは仕切り直しになるけどいいだろ。


 エレナは範囲の回復で間に合うとしてもナスカの傷は早く治さねーと傷跡が残るな。

 全力で回復魔法を流し込んだ。




 回復初めて十分程でまたヒュドロスがこっちに近付いてきた。


 エレナはなんとか意識を取り戻して範囲だけでもダメージは回復したみてーだ。

 さすがにあの巨体からの一撃じゃ腕と肋骨が何本か折れてたけどな。

 首が折れてなかったのが不幸中の幸いといったところか。

 ナスカの傷はまだ完全には癒えてねぇ。


「僕達が相手をするから勇飛はナスカをお願い」


「おう、油断すんなよ」


「今度はやられないわよ!」


 水に体を半分浸けたままのヒュドロスは逃げて戦うのは不利と判断したんだろ。

 雷撃を食らうんなら地に足付けてた方がダメージは低いし麻痺も残らねぇ。

 ヒュドロスにとってはあの位置が一番いいのかもしんねーな。


 口に含んだ水をブレスにして放ってきたのをエレナが旋風を放って撒き散らす。

 ブレスが途切れた瞬間にカインの炎矢が鼻先に突き刺さってまた頭を水に浸けるヒュドロス。

 続けて放ったカインの炎矢の連射を、水壁を立ち上らせて打ち消すヒュドロスに、エレナが一瞬で距離を詰めて唐竹に斬り下ろした。

 右目の手前に深い斬り傷を負わせ、そのまま風の刃による乱舞で複数の傷跡を残して、右爪に払われる瞬間に風の防壁で流れるように回避。

 右爪を振り抜いたところに再び連続した炎矢が射ち込まれ、右目を潰すと悲鳴をあげて苦しむヒュドロス。

 そこに上空からエレナの斬撃が振り下ろされ、後頭部に深い傷跡をつけてまた距離を取った。


 決定打はねーけど着実にダメージを与えていってる。




 それから数分してナスカの傷が完全に癒えて、ダガーを構えて戦線に復帰する。

 雷兎を放つとやはり地面に雷撃が流れてしまうけど、体内に直接打ち込めば地面に流れるとしてもダメージは大きいはずだ。

 上級魔法陣を発動すれば倒すのは難しくねーんだけど、このヒュドロスは下級魔法陣までで倒したいとこだな。

 カインとエレナの攻撃の合間、ヒュドロスの隙を狙ってナスカは動き出した。


 カインは陸地から、エレナは空中から攻撃を繰り出してるし、ナスカが水に入っても問題はねぇ。

 放電しながら一瞬でヒュドロスとの距離を詰めて、目の見えない右側から首筋にダガーを突き刺して雷撃を放つ。

 さすがに直接体内にぶち込まれりゃ地面に雷撃が逃げていくとはいえ、尋常じゃねーダメージを与えるだろ。


 雷撃浴びてるとこにエレナも首筋目掛けた風の刃でぶった切った。

 首ごと斬り落とせたりはしねーけどかなり深い傷だしな。

 たぶんこれで決まるだろ。


 カインもダガー構えて上空から頭に突き刺して体内に火炎をぶち込んだんだろ。

 三人の雷と風と炎を同時に食らってヒュドロスの左目が裏返った。

 まあ白目剥いたんだけど。

 口から大量の血を吐き出して水の中につっ伏した。




 三人とも結構必死だったんだろうな。

 汗でびっしょりだけどハイタッチしながらいい表情で戻って来る。


「お疲れー。なんかお前らだけでいけそうだったから傍観決め込んでみたけどどうだった?」


「なんとか勝てたーーー!!」


「やってやったわよ!!」


「あんな強いのギガンテス並みじゃないの!?」


「ははっ。そうだな。たぶんギガンテスよりちょっと強えと思う。オレの魔法じゃ勝てねーかもしんねーな」


「うおぉぉぉお!! あのギガンテス以上!!」


「勇飛が勝てないかもしれないヒュドロスを倒したって、私達すっごくない!?」


「ちょっと自分が誇らしい気分だよ!」


「おう、誇れ誇れ! お前らはオレの自慢の仲間なんだからよー! よーっし! 今日は宴会だ! パーっと飲み明かそうぜ!!」


「「「やったー!!」」」


 嬉しそうでなによりだな。

 こいつらの強さはオレも信用してるしどこに出しても恥ずかしくねー自慢の仲間達だ。

 強えし性格も良いし顔もスタイルも良い。

 最高のパーティーなんじゃね?

 気分もいいしカルハの冒険者共誘って宴会だ!!




「ブルルルルルルッ……」




 ん?

 背後を振り返ったら魚の顔した馬みてーな魔獣。

 後脚が尾びれになってる変なやつ。

 ヌルヌルしててめちゃくちゃ臭えこいつは……

 ケルピー……


 ブシュッ!!


 口内から水弾を放ってきてオレ達はその液体を全身に浴びた。

 ヌルヌルでビチャビチャドゥルンドゥルンの超強烈に臭い粘液。


「「「「おゔぇぇぇぇぇぇえっっっ!!」」」」


 全員一斉にゲロ吐いた。


 ブシュッ!!


 ブシュッ!!


 ブシュッ!!


 何度も浴びせられ、死ぬ思いをしながらも全力でその首を蹴り飛ばして倒した。

 もう姿も見たくねーから速攻で魔石に還す。




 その後は胃の中のもん全部吐き出すまで嘔吐は続いたし、湖の水で洗い流して粗方粘液は落とした。

 洗い流して装備の匂いを確認したらまた吐いた。

 もう…… 胃液しか出てこねーよ……


 ナスカとエレナは泣いてるしカインも涙目だ。

 たぶんオレも濡れてる感覚でわかんねーけど涙目なんだろな……


 この日一番のダメージをケルピーから受けた。

 もうこの匂いとあの見た目はトラウマもんだよ……

 この間のマノンとクララの気持ちがよく理解できた。


 魔法の洗剤で全身に洗浄魔法掛けてもらって匂いからは解放されたんだけど、三人とも頭がおかしくなってんな。

 涎垂らしながら上見て涙流しながら笑ってる。

 もしかしたらこんな状態異常魔法なのかもしれねぇけど恐ろしいな。

 混乱とかそんなもんじゃねぇ、頭がおかしくなる魔法。

 オレはヒーラーだからか自動回復で意識もはっきりしてるけどな。

 三人にスペシャルヒール掛けてやって復活した。


 その後は全員でヒュドロスに地属性魔法流し込んで魔石に還すと、直径30センチくれーの歪な塊だった。

 やっぱでけーし強え魔獣だからか、かなりの魔力量を使わねーと魔石に還らなかったけどな。




 役所で報告して報酬はとりあえずオレの口座に入れといた。


 役所の職員さんに、冒険者全員オレの奢りで飲み会するって伝えてもらう事にして宿に戻った。


 とにかく風呂、シャワーを浴びたい!

 もう匂いは取れてるけど魔法の洗剤で三回も洗ってやんなきゃ気が済まなかった。

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