第28話 旅立ち

 目が覚めて部屋を見渡して思う。

 いつ見てもすげー邸だな。

 ここはクリムゾン総帥である朱王さんの邸の一室に、何かあった時用、まあ回復の為にオレ達は数日前から泊まってる。

 朱王さんは昨日目覚めたし、オレ達も今日からまた冒険に出る。


 そうだ。

 クリムゾンの一員としての冒険が始まるんだ。

 ここクイースト王国に留まってるんじゃなく、いろんな国や街を流れの冒険者としてな。




 朝食は…… すげー量だな。

 魔力の欠乏のせいで千尋達全員めっちゃ食ってる。

 朱王さんは朝から酒も飲んでるけどいいのか?


「朱王さん。オレ達は今日から旅に出るからさぁ、何かあったら連絡してくれよ」


「わかった。今回は世話になったね。もしピンチの時は呼ばせてもらうね」


 朱王さんのピンチって今回みたいな状態か……

 さすがに二度目はねーだろ。


「それより勇飛さん達が今までクイースト領から出てないのも不思議だけどな」


「それは以前の事件が原因かな? 魔獣に襲われた街だから離れられないとか」


 まあ…… それなんだけどな。


「以前現れたのはオーク・ギガンテスっつー巨大なオーク亜種だ。たぶん難易度10より上だと思う。それがオークの群れを連れて来たもんだから結構死人がでたんだよ」


「記録玉を国王から見せてもらったけどB級はあるだろうね。月華の竜が勝てたのも奇跡的だったんじゃないかな?」


 B級かよ…… どおりで強えわけだ。

 今考えてもよく勝てたなと思う。


「じゃあ強化する? アルテリア仕様で300ガルドの魔石なら結構あるよー」


「一般の冒険者だと精霊契約できないだろうし、クリムゾン隊員もそれで強化してるしね」


「どれくらい出力上がるんだ?」


「んー、ブルーランクが一撃でミノタウロス倒せるくらいかなー」


 あれ?

 それって強化前のナスカより強えじゃん……


「んじゃ悪いけどデンゼルの冒険者の分も頼んでもいいか? やっぱ少し心配でなー」


「私が強化して来ようか。仕事でいろいろ回らないといけないし、役所で適当に気に入った冒険者を強化しようかな」


 って事で心配要らなくなった!

 あいつら結構強えけどそれでもやっぱ不安はあったからな。

 いやー、これで心置きなく出発できる!




 千尋達に別れを告げてとりあえず役所に行った。


 ミッキーには役所にしばらく居るように言っとく。

 こいつらなら朱王さん達来たら強化してもらえるだろうし、しばらくクエスト受けなくても金に余裕あるだろうしな。

 朱王さんっつってもわかんねーみてーだから、難易度10を倒しまくってたパーティーって言ったらすぐわかった。


 役所の口座に三億リラ預けて…… 

 オレの口座にはパーティーの金って事で5千万リラ以上あるけどどうするかな。

 って思ってたら全員の金合わせて四当分にしようってカインが提案してきた。

 装備も充実してるし今後は個人持ちにする事にする。

 全員合わせて4億リラ超えたから、端数残して1億ずつ口座に貯金。

 これで老後も安泰かな。

 端数も600万リラあるから150万ずつ分けた。




 最後にデンゼルに挨拶しに向かう。


 デンゼルの役所には暇した冒険者二組と職員が六人。

 冒険者達には軽く挨拶して、オレは世話になったサーシャと所長に挨拶だ。

 所長室に入ってオレ達がクリムゾン隊員になった事を伝える。


「オレ達はクリムゾン月華部隊になったけど、基本的には冒険者だ。それも流れの冒険者。デンゼルを今日発つよ」


「ついにこの日がきてしまったね。私も君達はデンゼルに留まるだけの冒険者ではないと思っていたんだよ。この世界には魔獣に怯えて暮らす人々も多くいる。強く、優しく、そして楽しい君達ならそんな人達を救う力を持っていると思う。君達との別れは寂しいが、それと同時に多くの人々が救われると思えば期待が持てる。これまでこの街をありがとう。今後、行く先々の人々をよろしく頼む」


「ああ、任せてくれ。ファジーさん。デンゼルは異世界者であるオレの第二の故郷だ。この世界で生きていく力を手に入れたのもここだし、今のオレがあるのはこの街のおかげだ。ありがとう…… それとサーシャにはたくさん世話になったな。ありがとう。マークと幸せになれよ」


「うぐっ…… ひぐっ…… 突然、出て行くなんて酷いじゃないですか! ぐすっ…… でも、また戻って来ますよね!? 死んじゃだめですよ!?」


「ははっ。また遊びに来るしオレは死なねーよ」


「自己犠牲!! 勇飛さんは誰かを守る為に自分を犠牲にする傾向にあります!! だから心配…… うあぁぁぁんっっ!」


 自己犠牲…… オレもか。


 朱王さんとオレは同じなんだな。

 違いがあるとすればその全てにおいてオレのが劣ってるってとこだけどな。

 ちょっと凹む……


「オレは強くなるって決めたからな。そんな心配されねーくらいに強くなるからさ、泣くなよ」


「絶対ですよ!! 死んだらクエスト受注しませんからね!!」


 お、おお?

 受けれねーけどな。




 所長室を出て役所の入り口に横一列に並んだオレ、カイン、ナスカ、エレナ。


「デンゼルのみんな! オレ達は冒険者として世界を渡る! 楽しい事ばっかじゃねーだろうし、辛い事だってあるかもな。けど、オレ達の知らねー困ってる人達がいるかもしれねーんだ! そいつらを救いてー! デンゼルでも辛い事もあったけど、それでもこれまでオレ達がこうして楽しくやってこれたのはみんなのおかげだ!! 礼を言わせてくれ…… あざっした!!」


「「「あざっ……!? なんて!?」」」


 あれ!?

 なんで言わねーの!?


「ありがとうございましたの略みてーなもんだよ! 占まんねーじゃねーか!」


「もっとちゃんと言ってよ」


「言葉遣いが荒いのよ勇飛は」


「リーダーなんだからしっかりやれ!」


 今更言葉遣いは直りません!!




 その後は弁当買ってナッシュに挨拶してから出発した。

 荷物なんて下着とインナー、弁当と金くらいしかねーけど鞄が欲しい気もするな。

 次の街で買う事にしよ。


 まず向かうのは南だ。

 千尋達が転移して来たっつーザウス王国に向かう。

 地図もカミンさんからもらってあるからどの辺に街があるかもわかるんだけど、実はこれがまたすげーんだ。

 リルフォンの位置情報と地図を合わせれば脳内視界が勝手に補正して現在地が地図上に見えるようになるんだ。

 最初のクイースト王国王宮とデンゼルの役所の位置を地図上で二点で結ぶだろ?

 そこから今の位置が表示されるんだ。

 地図に顔を近付けたり離したりしても補正されるから位置は完璧だ。

 そんで紙の地図なのに魔力を流すと強化できる優れもの。

 飛行中でも形状を維持できるから便利だなー。

 これミスリルインクで書かれた高級地図らしい。


 地図見ながら少し後ろを振り返ったらもうデンゼルが点に見えるくらい遠ざかってた。

 とりあえず誰にともなく手を振ってまた南に向けて風を受ける。




 空に飛び立って一時間程で弁当食いに地上に降りた。

 山の中腹くらいのちょっと岩が出っ張ったとこ。

 景色がいいんじゃねーかなーって降りたら、でけー鳥型魔獣がいてぶん殴った。

 たぶん死んでねーだろうけどまぁいいや。


 甘辛いタレの肉野菜弁当はうめーな。

 おばちゃんの弁当もしばらく食えねーと思うとまたちょっと寂しい気持ちになった。


 しばらく景色を楽しみながら魔石を使ってコーヒーを淹れる。

 これはコップが特別製で研究所で作ってあったのをもらって来た。

 コップに水を入れて魔力を流すとお湯が沸くってやつなんだけど、魔法瓶…… 地球にもあるけど魔法瓶…… 魔法のケトルのコップバージョンだ。


 コーヒー飲みながらクイースト側の景色を見る。

 広大な大地と雄大な山々。

 そして昼だってのに少し低くなってきた太陽。

 もう時期寒くなるからこれから南に行くのはありだよな。

 ザウス王国はあんま寒くならねーって聞いたし、冬の間はザウス王国に滞在でもいいかも。


 あまり遅くなるわけにもいかねーし、コーヒー飲んだらまた南に向けて出発する。




 時々翼獣が近付いて来るけどこっちの飛行装備は結構でけーからな。

 大概の翼獣も逃げていく。


 空から見てると魔獣はすげーいるな。

 ゴブリンの集落もあるし、黒い塊が蠢いてるなと思ったらムカデみてーな魔獣が数百匹集まってたりな。

 高難易度魔獣っぽいのも結構いるけど、この辺に人里はねーから討伐依頼も出ねーだろ。


「勇飛はちょっと戦いたいんでしょ」


「ん? 無駄な戦いはしたくねーかな。次行く街のクエストを適当に受ければいいや。ついでに強え魔獣の噂でも聞けたらいいな」


「まさかと思うが超級魔獣と戦いたいとか思ってるんじゃないだろうな!?」


「あっはっはっ。さすがに死ぬからやんねーよ。けどいずれは挑んでみてーな」


「私達も戦うって事よね…… まあいいわ! どうせなら超級魔獣にも勝ってみせるわよ!!」


「まずは精霊魔導に慣れる為に経験積まねーとな!」


 精霊魔導はまだまだ上達するはずだ。

 威力だけなら魔力を大量に渡せば上昇するけど、イメージと威力が噛み合わねーと無駄になる魔力も大きいらしいしな。

 オレのイメージと精霊のイメージが同じだとその分威力も上昇するらしい。

 オレの経験とレツとゴウの経験が重要だってんならどんどん戦って経験積むべきだろ。




 二時間くらい飛行してたら村が見えてきた。

 住民もいるみてーだし畑もある。

 小さい村だけど生活はできてそうだな。


 村があるって事はもうすぐ街があるはずだ。

 数分先に進んだところでそこそこ大きい街が見えた。

 カルハって街のはずだし地図で確認。

 このカルハの街で少しの間滞在するつもりだし、観光やクエストなんかも受けれたらいいな。


 街に直接降りると騒がれそうだからちょっと手前の街道に降り立った。




 街までは歩いて数分で着くはずなんだけど、突然真横の林から飛び出した魔獣に襲われた。

 前も襲って来たハーピーだ。


 滑空したハーピーの爪攻撃をエレナが受けてナスカが雷撃で仕留める。

 ほぼ一瞬だけどもう一羽。

 上空から襲い掛かって来た奴を躱して地面に爪脚が着地したと同時にカインが首をダガーで切り裂いた。

 炎のおまけ付きであっさりと片付いた。

 本来なら群れで行動するはずのハーピーが二体だけってのも珍しいけどまぁいいや。

 小金にはなるし魔石に還して役所に持って行こう。




 歩いてすぐにカルハの街に到着。

 結構綺麗な街だけど甘くて美味そうな匂いが漂ってくる。

 まずは景観よりも美味いもん食いてえな。


「よし、とりあえずまだ時間も早えしお茶しようぜ」


「「「賛成!」」」って事で喫茶店に入った。


 この街の甘味ってのがカルハスターっていう…… チュロスだ。

 どう見てもチュロス。

 切ると断面が星型してるからスター…… カルハのスター…… カルハスター。

 ネーミングセンスがやべーな。

 それとフルーツのジャムが選べるらしいけど、この辺の果実じゃ味もわかんねーしな。

 四人で違うジャム頼んでいろいろ食ってみる事にした。

 飲み物は紅茶なんだけどこっちも果実を絞って風味を変えて飲むらしい。

 これがまた結構美味くて気に入った。

 街出る前に買って行こ。




 宿は千尋達から聞いてた高級宿にするつもりだったし、とりあえずその宿で二人部屋を二部屋借りて街に出る。




 時間は十七時だし、役所もまだ開いてるはずだからオレ達がカルハに滞在する事を伝えに行く。


 役所はやっぱ街の中央にあってそこそこ大きい建物だ。

 デンゼルの役所よりちょっとでけーかも。

 クイーストとザウスの間にある街だし役所もそこそこデカくないとだめか。


 役所の受付に行ってとりあえず滞在する事と、ハーピーの討伐の報告を済ませて報酬を受け取った。


 クエストも確認してそこそこいいのがあるから明日から受けようか。

 ついでに役所にいる冒険者にこの辺の強え魔獣がいねーか聞いてみよ。


「おっす。オレ達はクイースト王国の冒険者で月華っていうんだ。さっきこの街に着いてさぁ、少しこの辺の話聞かせてくんねーかな」


「おう、余所者なのは一目でわかるぜ。俺達ゃ鉄騎の槍だ。おもしれー話があったらこっちも聞きてーからな。どうだ? 酒場に飲みに行かねーか?」


「お、いいねぇ! この辺の強え魔獣の話聞けたら嬉しいんだけどな」


「強え魔獣か…… クエストにはなってねーけどとんでもねー化け物がいるとこなら知ってるぜ。立ち入り禁止になってるが見に行くバカがいてな。そいつら震えながら逃げ帰って来やがった! ガッハッハッ」


「よし! その話聞かせてくれるんなら奢るぜ!」


「マジかよ兄ちゃん! うちは六人いるけど良いのかよ!?」


「おう! さっきたまたま倒したハーピーの報酬あるからな!」


 20万リラもあれば一晩飲んでも足りるだろ。


 っつーわけでこの辺の強え魔獣の話を聞かせてもらって、オレ達はクイースト王国やらデンゼルの話をして聞かせた。


 やっぱクイーストの映画の日の話はデケーだろ。

 この世界で映画が観れるなんてオレも思ってなかったしな。

 あとあの頭のおかしい奴が作った遊園地か。

 足縛られるやつはフリーフォールだっけか、射出されてそのまま落下するアトラクションとか正気の沙汰じゃねーわ。


 鉄騎のメンバーからはこの辺にいる化け物の話を聞かせてもらったけど、たぶん超級魔獣とかではねーな。

 上位魔獣のどれかだろうとは思うけどS級とかだったらどうしよ……

 勝てるかわかんねーけど挑んでみるつもりだ。

 とりあえず役所の所長に頼んでクエスト発行してもらお。

 ゴールドランクだって言えば依頼されるかもしんねーって言ってた。

 まあ上位魔獣も逃げるわけじゃねーだろうから最初は通常クエスト受けてからだけどな。

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