ヒーラーでも強くなれますか?〜奴隷になりたくないので冒険者になります〜

白銀 六花

第1話 異世界へ

 ここは…… どこだ?


 あたりは美しい草原が広がり、サラリとした心地よい風が頬を撫でる。

 オレはどうやら寝てたようだが、こんな場所で寝た覚えはない。

 見覚えのない景色。普段見ることのないような大草原を眺める。




 そういえばオレは自転車乗ってたはずなんだけどな。

 不思議に思いながらも持ち物を調べる。

 制服のポケットに携帯と学生証、ペンとハンカチ。

 カバンや自転車などはない。


 まさかな……

 物語じゃあるまいし異世界なんてことはないだろ。


 あたりを見回し、遠くに見える動物を見つめる。


 二足歩行。

 手には槍。

 顔はトカゲ。

 

 …… トカゲ? 見たこともない生物が歩いている。

 オレの知識から一つの名前が思い当たる。


【リザードマン】


 モンスターじゃないか!

 もしあれがモンスターであれば確実に襲われる。

 とりあえずここから移動しよう。


 移動を開始した直後、リザードマンがこちらに気付いて走り出した。


 やばい。捕まったら殺られる!

 必死で逃げるが思った以上にリザードマンの脚は速い。




 逃げること数分。

 息も絶え絶えに走り続けたのに追いつかれてしまった。



 グサリ……



 肩に激痛が走り、痛みと衝撃で転倒してしまう。

 右肩を見ると槍が後ろから突き刺さり、刃先が50センチほど突き出ている。

 痛い。今まで味わった事のない程の激痛がはしる。オレは槍を抜くこともできずに身悶える。


 歩み寄るリザードマン。

 リザードマンはオレに刺さった槍を掴んで肩に足を乗せて強引に引き抜いた。


 絶叫が草原に響き渡る。


 これまで感じたことのないほどの痛み。血が溢れ、燃える様な痛みにのたうちまわる。


 槍を振りかぶったリザードマン。


 助けてくれ……


 見知らぬ場所でわけもわからないままモンスターに襲われて殺される。


 あまりにも理不尽じゃないか。


 リザードマンの槍を見つめ、振り下ろされる槍に目を瞑る。


 ……


 ……


 ……


 あ…… れ? 何も起こらない。


 恐る恐る目を開いてみると、どこから飛んで来たのか仰け反るリザードマンの胸に突き刺さる一本の矢。

 そのまま仰向けに倒れていく。


「ねぇ大丈夫?」


 女性の声が聞こえるが意識が遠退く。

 血液を失いすぎたようだ。

 その場で倒れ込み、意識を失った。






 ――――――――――――――――――――






 また見知らぬ場所で目を覚ます。


 室内。


 そしてオレが横たわるのはベッドのようだ。

 まだ頭がボーッとするが、気絶する前の事を思い返してみる。


「誰かに助けられたのか……」


 呟くと部屋の中でギシリという音がする。


「目が覚めたようだね。身体を起こせるかい?」


 優しそうな男性の声。

 オレの顔を覗き込んでくる。

 白髪をオールバックにした四十代後半と思われる男性。日本人には見えないな。


「はい…… 大丈夫です」


 起き上がったところで気づいたが右肩の痛みがない。

 制服の上着は脱がされているが、シャツの肩口には何かが貫いたような穴と、赤黒く汚れがついている。


「傷は回復してあるから大丈夫だろう。聞いた話だと武器も持たずに草原にいたそうだね。今後はフラフラと街の外に出てはいけないよ?」


 眉間に皺を寄せるようにして注意される。


「あの…… ありがとうございます。オレは勇飛といいます。鈴谷勇飛です」


「ふむ。私は魔法医のエルリーだ。君は変わった服装をしているね。どこから来たんだい?」


 このエルリーという男。魔法医? 疑問はあるが少し話してから考えようと思う。


「オレ、自転車に乗って学校に向かう途中だったんですけど、気がついたら草原に寝てたんです。」


 自分でもよくわからない状況を簡単に説明する。


「じてんしゃ? がっこう? 初めて聞く言葉だね」


 何を言っているのかわからなそうなエルリー。


「あの…… エルリーさんは魔法医って言ってましたけど、魔法が使えるという事ですか?」


 直接質問してみる。


「んん? 当たり前じゃないか。魔法で傷を治すのが私の仕事だ」


 まじか……

 当然のように魔法が使えると言われてしまった。って事はここが地球ではない異世界という事か。


「まさか君は魔法の使えないのか?」


 素直に頷く。


「もしかしたら君は迷い人なのかもしれないね。この世界の住人ではない、別の世界の人間」


 顎に手を当てて考え込むエルリー。


「そ、そうかもしれません…… オレを襲ったモンスターも初めて見ましたし、魔法を使える人間はいませんでした。」


 頬を掻きながら苦笑いで言う。


「そうか、気の毒に。私はまだ他にも患者さんを待たせているからね。私ではこの世界で生きていく術を教えてやる事ができない。君を助けてくれた冒険者を待たせてあるから彼等からいろいろと聞いてくれ」


 スマンなという表情をしながら部屋から出ていくエルリー。




 少し待つと冒険者と思われる三人が部屋に入ってくる。


「ねぇ! 君は別の世界の人間ってほんとか?」


 歳の頃はオレと同じくらいか。

 彼女も日本人ではない顔つき。

 赤茶色のショートヘア。目は澄んだ空のような青。

 色白で、聞けば多くの人が美人と答えるであろう綺麗な容姿の女性だ。

 身長は165センチほどはありそうだ。

 弱々しい感じはなく、細身だがしっかりと引き締まった体つきをしている。

 腰に短剣を二本下げ、胸当てや手甲など軽装備ながら冒険者然としている。


「ま、まずは助けてくれてありがとうございます。鈴谷勇飛です。あ、勇飛が名前です。どうやらこの世界の住人ではないようです」


 顔を引攣らせながら答える。


「ふーん。ユーヒね。私はナスカ。その堅苦しい話し方じゃなくていいよ」


「わかった。オレここの事が何もわからないんだ。いろいろと教えてもらいたいんだけどいいかな?」


 医務室で話し込むわけにもいかず、エルリーにお礼を言って場所を移動する。






 ナスカ達に連れられて向かったのは近くにあった酒場。

 四つ飲み物を注文してオレにも一つのコップが手渡される。


「ナスカ。私達も紹介させてよ!」


「え、なんで私の許可が必要なんだ?」


「じゃあ僕からするね。僕はカイン。冒険者で武器は弓矢を使っているよ。よろしくねユーヒ」


 カインという男性。

 こちらもナスカと年齢は同じくらいに見える。

 アッシュブラウンのような髪色を少し目にかかる程度に伸ばし、グレーの目はおっとりとした優しそうな形をしている。

 身長はナスカより少し高い170センチほど。

 少し華奢に見えるが、冒険者というだけあって引き締まっているようだ。

 濃いグリーンのローブを着て背には弓と矢を背負っている。

 腰にも一本の短剣が装備されるようだ。




「私はエレナ。武器は剣を使ってるわ。ユーヒはこの世界で生きていくとしたら冒険者になるか奴隷になるかだけどどうするのかしら?」


 自己紹介しながらとんでもない事を言うエレナ。

 ナスカやカインより少し幼く見える。

 身長も低めで150センチほどだろうか。

 髪色は明るめのハニーブラウンを背中まで伸ばし、毛先が少し内側に曲がっている。きりりとした赤茶色の目。幼さを残しつつも整った顔立ちをしている。

 胸当てと手甲、腰にも銀色の防具、脛当ても装備し、近接戦闘を得意とするのであろう事が予想できる。


「ど、奴隷にはなりたくないかな…… それ以外の選択肢はないの?」


 顔を引攣らせて言うオレ。


「ユーヒはこの世界の住人じゃないから家もないだろ? 食べていくためには仕事をしなくちゃいけないんだけど、冒険者として稼ぐかどこかの家の奴隷として働くかしかないってわけだ」


 ナスカが淡々と説明する。


「普通に働かせてくれないのか?」


 奴隷になる必要はないだろうという当然の疑問。


「家がないって事は信用できないだろ? もし店の手伝いでもしててお金を持ち逃げされたらたまったもんじゃないからね。奴隷ならある程度の縛りがあるから逃げられないんだ」


 縛りが何かはわからないが逃げられないように奴隷とするらしい。


「冒険者は何をするんだ?」


 予想はつくがとりあえず聞いてみる。


「役所から出ているクエストを達成するのが仕事だ。配達や護衛、モンスターの討伐とか条件をクリアすれば報酬がもらえるんだ」


 ふふんと言うナスカ。


「私達はそこそこ名の通った冒険者なのよ?」


 さらにふふんと言うエレナ。


「じゃあ冒険者になろうかな。奴隷よりなら絶対にいいだろ」


 考えるまでもなく冒険者を選択する。


「ユーヒは少しわかってないな。冒険者は常に死のリスクが付きまとう。強くなければ生きていけないし食ってもいけない。奴隷なら死ぬことはないし食事ももらえるからな」


 奴隷という選択肢は納得のいくものだった。冒険者は強くなければ死ぬしかない。


「まぁユーヒは迷い人なんだろう? という事は目覚めれば魔力も高いはずだ」


 カインが人差し指を立てて言う。


「そうね! 迷い人の魔力も気になるから覚醒させましょうよ!」


 エレナも乗り気だ。


「どうやって魔力を目覚めさせればいいんだ?」


 魔法など知らないので聞いてみる。


「私が魔力を与えるからそれを全身に広げるだけだ」


 言って立ち上がるナスカ。

 オレの座る椅子の前に立ち、額に指を当てて魔力を送ってくる。


「目を閉じて。光があるのわかる?」


「うん。光ってる」


「じゃあ意識してその光の大きさを変えてみて」


 意識を集中して光を大きくしようとしてみる。

 全く大きくなる気配がない。小さくしようとしても変わらない。




 集中する事十分。




「まだできないの?」


「うーん。全く大きさ変わらない」


「そんなはずはないんだけどね…… あれ?」


 カインがオレの全身を見回す。

 訝しげな表情で首を傾げる。


「ユーヒ。光の大きさは変わらないんだよね?」


「ああ。ピクリともしない」


「でも魔力はあるみたいだね」


「え?」


 目を見開いて驚く。

 苦笑いしながら汗を流すカイン。


「ねぇ、どういう事よカイン」


 エレナが問いかける。オレも聞きたい。


「魔法医に回復してもらったでしょ?」


 それだけ言うカイン。


「「あ!」」


 気が付いた様子のナスカとエレナ。


「え? なになに? どういう事?」


 嫌な予感がしつつも苦笑いする三人に問いかけてみる。


「魔法医に治してもらった時に魔力に目覚めてる……」


 言って目を逸らすナスカ。


「もうどうしようもないわね……」


 エレナも目を逸らす。


「冒険者は諦めた方がいいね……」


 カインも申し訳なさそうに言う。


「なんで冒険者が無理なんだ?」


 魔力が目覚めたという事は魔法が使えるのではないのか?


「魔力を目覚めさせたのが魔法医であれば、魔力の質も魔法医と同じ回復用の魔力なんだ」


 カインも目を逸らした。


「つまり?」


 嫌な予感がして額から汗が出てきた。


「戦闘用の魔法が使えない」


 ピシャリと言うナスカはこっちを向かない。


 戦闘に魔力を使えないのであれば冒険者として諦めないといけないようだ。

 魔法なしでの戦闘をした場合、高確率で死んでしまうと言う。


「魔法医になるには資格や財力が必要だからね。ヒーラーとしてどこかのパーティーに入れてもらうのなら冒険者もできるけど……」


 目を合わせないように言うカイン。


「冒険者にヒーラーはいないのか?」


 当然の疑問だ。

 ゲームなどではヒーラーは重要な職業で、仲間の回復や聖属性魔法など充分な能力を兼ね備えている。


「無理なクエストは役所も許可しないからな。ほとんどのパーティーはヒーラーに分け前払うのがバカらしいと言うだろう」


 ナスカが目を合わせないまま言う。


「なるほどな。確かに怪我しないのにヒーラーいても意味ないか」


 顎に手を当てて考え込む。


「私達もユーヒを助けた以上は協力してあげたいとは思うけど……」


 異世界から来たオレに興味はあるが、ヒーラーをパーティーに入れるのはどうかという事なのだろう。


「あのさ、別にパーティーに入れてくれとは頼まない。助けてくれただけでも感謝してる。お礼に何も返せなくて申し訳ないけどさ」


 頬を掻きながら苦笑いで言う。




 そこからはお礼の意味を込めて日本での話をした。

 モンスターがいない事や魔法がない事にも驚いていたが、電化製品や移動手段である車や船、飛行機など、想像もつかないといった表情で聞いていた。

 話し出すと質問も返ってくる。あっという間に時間は過ぎていく。


  陽も傾きだしたので、そろそろこの後どうするか考えなくてはならない。


「じゃあオレはそろそろいくよ。助けてくれて本当にありがとうな」


「ちょっと待ちなよ。もうこんな時間だし今夜の宿代くらいは出してやる。あと明日は私達も休みの予定だから、字と魔力の使い方くらいは教えるよ」


  カインもエレナも異論はないという表情をしている。


「ありがとう。ナスカの言葉に甘えさせてもらおうかな。」


 ナスカ達のおかげで今夜は野宿しないで済むようだ。

 今後どう生活していけばわからないが、できる事なら奴隷は避けたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る