珈琲短編集
紅絹ウユウ
1.君のファインダーを覗かせて
パシャ__
私と彼しかいない部屋に乾いたシャッター音が響く。
「何撮ってるの?」
「ここから見える景色。綺麗だから」
そう言ってまた一眼レフのカメラを構えるその人は、綺麗なものしか撮らない、とこだわりの強いお方。
何処に行ってもカメラを首から提げて、ずっとシャッターを切っている。私はそれでも彼のことが好きだからまた付いて行ってしまうのだ。
「外行く?」
「そうだね」
君は顔が整っていて性格もイケメンで、私と釣り合うはずもなかったのに...
ふと、にゃおと呼ぶ声がして振り返ってみれば、真っ白な猫が呑気に寝転がっていた。
「ほら見て、ねこちゃんだよ!」
「わ、ほんとだ、可愛い」
すかさず聞こえたパシャリという音。
実を言うと、そのカメラが私に向けられたことはない。考えたくなくても、やはり私は彼が望む“綺麗なもの”ではないのだろうか、と考えてしまう。
「
急に呼ばれた私の名前に少し驚いて前を向くと、立ち止まっていたせいで、彼と距離が空いてしまったことに気付く。
「ううん、なんでもない。」
「そう。あ、公園行く?」
「うん、行く」
君だけにはこの気持ち知られたくないな、と唇を噛んだ。
少し歩いて人の賑わう公園に辿り着く。
「うわ、人多いね」
君は若干呆れ気味で呟いた。
「じゃあ、あそこ行こうよ。来て」
君の手を取って少し早足で歩む。
私だけが知るその場所は、いつか君と来たいと願った場所だった。そこは、公園から少し離れたところにある丘の上。
「うわぁ、なにここ。凄く綺麗」
「でしょ。散歩してる時に見つけたんだ」
他より高い場所にあるから、空がいつもより近くなって、私たちが住むマンションさえ小さく見えていた。
「撮らなくていいの、写真」
この景色を食い入るように見ていた彼に問う。
「あ、そうだ。忘れてた」
そんなところさえ愛おしい。
もし、君のファインダーを覗くことが出来たら、私はとっても便利なのに、こんなに苦しまなくても済んだのに、と理不尽な考えが頭を過ぎる。
パシャ__
隣で聞こえたシャッター音がいつもより近く感じた。
ふと、横を見ると、カメラは私の方を向いていて え、と驚いた私に彼が言葉を紡ぐ。
「今、
私は君の温もりに何故か無性に泣きたくなっていた。
でも、ぐっと堪えて私は言う。
「もう、何それ」
この平凡で、ただありきたりな毎日が、私は大好きだった。
ファインダーを覗かなくても良い、この日々が続くことを、二人でいつまでも祈った。
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