第16話 今度はなんだ!?

 団長の口元に笑みが浮かんだのがわかる。ほんの少し対峙しただけですぐに、素人の動きだってバレてるんだろうな。


 なら、どうやって一撃を叩き込む?


 素人目に見る限りは隙なんてない。……いや、実を言えば隙があるかどうかすらよくわからないんだけど。


 あー、だめだ。ひとまず小難しいことを考えるのは止めよう。そう思い至って地面を蹴って一直線に駆ける。


 右下段に持った剣。このまま突っ込んで振り上げようかとも思ったけど、それだと全力の一撃には程遠い。――よし。


 団長が待ち受けるように腰を低くしたのを見てから足元を更に強く踏み込んで飛び上がる。


 選んだ一撃は天井の高い訓練場を活かした飛び込み切り。もちろん防御は全捨て。


「なっ!? 高い!」


 驚く団長を見て少しだけ嬉しくなる。


 日々、訓練をしている騎士たちと比べればどうかわからないけど、村の大人よりは高く飛べる自信はある。


 前世の記憶に目覚めてから日々足腰を鍛えたんだ。異世界基準の身体なんだからそれくらい飛べないと楽しくない。


 とはいえ驚きを見せつつも、団長はすでに余裕を持って待ち構えている。そこに向けて右上段から全身のバネを意識して思いっきり叩きつけた。


 剣と剣がぶつかりあう音。訓練場全体に響き渡るような激しい音と共に、一瞬だけ団長の身体がぐっと沈んだように見えた。そして――形容しがたい音が鳴り響いた。


 その音は、俺が振った剣とそれを受け止めた団長の剣が粉々に砕け散った音だった。多分だけど威力は十分。


 父さんの剣はその寿命と引き換えに海を割ることができた。でも訓練用に選んだのは出来の悪い剣だったからなのか、はたまたこの特殊訓練場の威力吸収力がすごかったのか、被害は互いの剣に限定された。


「はい?」


 そんな被害を抑えきったことに感動していると、なにやら団長が気の抜けたような声をあげる。はて?


 顔を見ると何か目の前の出来事が信じられないかのようなそんな表情。


「え、遠方から取り寄せたばかりのドワーフ特製の名剣が……」


 もしかして買ったばっかりの剣だったんですか? というよりも、本来ならば砕けないってことなの?


 ヤバい、弁償できるようなお金は持ち合わせていないぞ。


「す、すみませ――」


 衝撃を受けている団長に謝罪しようと口を開きかけた瞬間、訓練場全体にぶぅんという低い振動音が響く。


「なんだ!? グレイスくん、これは一体何が起きているんだね!?」

「はっ、すぐに調査を開始します!」

「急ぎ給え」


 謝る暇もなく、俺の存在をよそに団長とグレイスさんのやり取りは進んでいく。慌てた様子のグレイスさんは団長の指示に従って、入り口とは反対側にある扉の先へと消えていった。


「いったい何が起きたんでしょうか?」

「わからん。わからんが、これと似た減少は時折起きては……いる。だが、それは今の時期ではないはずだ」


 団長は何かしらの手がかりを持っているみたいだ。


 でも、もしかしなくてもこの減少は俺がこの特殊訓練場で全力の一撃を放ったからだとは思う。


 少しの間、不安な気持ちで待っていると奥の扉からグレイスさんが出てきた。その表情は決して良いものじゃあない。


「ど、どうだった?」


 そんなグレイスさんの様子を見て、たまらずといった雰囲気で団長が問いかけた。


 しかしグレイスさんの表情、そして身にまとう雰囲気は重いままだった。


「コアにセットされていた魔石が――すべて昇華していました」

「何ということだ。二ヶ月分の魔石が……昇華しただと……?」


 報告を受けた団長は、顎が落ちそうなほど大きく口を開けて衝撃を受けていた。


 ……そうだよな。


 海を割ったついでに巨大イカを真っ二つにできる一撃なんだ。被害を最小限に抑えたというのは、さすがは巨人文明の可能性がある施設だと自信を持って言える。


 ――でも、その代償はとても大きかったみたいだ。てか、あとで請求されたりしないよね?


 俺はまだ龍神の恩恵を甘く見ていたのかもしれない。


 そんな自戒を込めた暗い気持ちになりながら目をつぶっていると、今度は低い地響きがし始めた。


「こ、今度はなんだ!? 地震か!?」

「わかりません!」


 グレイスさんにも一体何が起きているのかはよく分からないみたいだ。


 少しずつ揺れが大きくなっていき、ついには全員立っている事が難しくなってしまい、崩れるように座り込んでしまう。


 も、もしかして天井が崩れてきたりしないよね?


 ――数分のあいだ続いた揺れがゆっくりと収まっていく。すると今度は訓練場の壁が床に沈み始めた。


 天井につながる何本もの柱はそのままに、訓練場を包む壁の上に隙間が見えてくる。


「壁の隙間から、陽が……」


 この特殊訓練場に入るために訓練場の地下に降りたはずだった。なのにどうして、開いた壁の向こうに太陽の光が見えるのだろうか?


 そして、壁が完全に床に沈んだあたりで動きを止める。そこに見えるのはなんと、ここ王都の町並みだった。


 慌てて建物から出て後ろを振り返り、第三騎士団の訓練場を眺める。


「おいおいおい、マジかよ」


 するとこれまで地上に見えていた訓練場をそのまま上に落ちあげる形で特殊訓練場が地上へと浮上していた。


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