第6話 王都に行くよ

 俺以外は知りえないはずのもの。でも、父さんは当然のようにそう口にした。いったいどういうこと!?


「これは俺と母さん、そしてレーヤ司祭しか知らないことなんだがな。実はつい先日、レーヤ司祭が龍神を名乗る神様から一つの神託を授かったんだ」

「龍神様が……?」

「ああ、龍神様だ。まさかその神託でお前が名指しされるとはな。その内容にも――驚いたよ」


 なんだろう。嫌な予感しかしないぞ。


「俺にも聞かせてもらってもいいかな?」

「もちろんだ。レーヤ司祭からも許可は得ているからな」


 父さん曰く、レーヤ司祭から聞かされた神託内容は大雑把に言ってしまえばこうだ。


 ちょっと調整を間違えた。あと千年くらいは村を守る加護は消えそうにない。まあ、期間が伸びる分には問題ないだろ? ライト、せっかく転生したんだ。この際、村のことは心配せず心置きなく村を出るといい。


 ……えっと、ちょっと待ってほしい。さすがにそれはいくつかつっこみたい。


 千年ってさ、調整をちょっと間違えたってレベルかなあ? 俺の寿命を遥かに超えているんですけど?


 それって向こう千年の繁栄が約束されたようなものじゃないか。龍神様はここに千年王国でも築いてほしいのだろうか?


 ……あの時、人神であるクローツ様が後始末にすごく苦労したって言ってたけど、なんだか急に現実味が沸いてきた気がする。


 あともう一点。加護が延長されたのはものすごくありがたいよ。それは良いんだ。それは良いんだけど……。


 なにさらっと転生したことバラしてるの!!?


 いや、確かにいつかは父さんと母さんに伝えないといけないとは思ってたし、どうやって切り出せば良いものかってずっと悩んでたから助かると言えば助かるんだ。けどさ、それって今なの?


「うう、なんと言えば良いものやら……。今まで黙っててゴメン」

「構わないわ。転生したかどうかなんて関係ないもの。ライトは私達二人の子よ。それにあなたが生まれてから村では不思議な事がいっぱい起きてたもの。逆に納得したくらいだわ」

「は、はは、まさかこんな展開が待ってるとは……」

「それで? 王都に行くのか? それとも村に残るのか?」

「俺は――」


 ここまで色んな人にお膳立てしてもらったんだ。これ以上迷うのは失礼に当たるってものだろう。


「父さん、母さん、ありがとう。俺……、王都に行くよ」


 今朝の決心はどこへやら。数年間掛けて悩んで出した結論は、あっという間にあらぬ方向へと転がっていった。


 それから話はとんとん拍子で進み、明日には村を出て王都へと向かえるレベルで準備が終わってしまった。


 その準備中に気がついたんだけど、神託がなかったとしても元々送り出すつもりだったんだろうなあ。


 はは、敵わないな。


       ◇◇◇


 村のいたるところで篝火が焚かれており、夜も遅い時間だというのに中央広場では大きな焚き火を囲んで村人たちが楽しく騒いでいる。祭りの音楽に合わせて踊ってる人もけっこう居たりする。


 そんな光景を感慨深く眺めながら、俺は少しぬるめのお酒をちびちびと飲んでいた。


「やあ、ライト。隣、座っていいかい?」


 掛けられた声に振り返ると、そこにはミロクの姿があった。


 長い黒髪に黒い垂れ目の男性で、目元のほくろがちょっとずるいくらいに似合ってる。ゆるい見た目とは違って聖職者を目指して日々勉強を続けていたりもする努力家だ。


 返事をするでもなく頷くとミロクは隣に座る。


「今日から俺たちも成人なんだな」

「そうだね……。やっぱりライトは村を出て王都に行くのかい?」

「ああ、あれだけ支援してもらったらなあ。さすがに断るってのは無いよ。それに……、やっぱり村の外の世界には興味があるし」


 騒ぐ村人たちを見ながらそう答える。若干の申し訳無さもあってミロクの方を見ることが出来ない。


「そういえば急に五年くらい前から言いだしたよね。きっかけは何? やっぱり旅の吟遊詩人の歌かな?」

「……きっかけは――何だったかな。忘れた」


 もちろん嘘だ。


 記憶が目覚めた日を境に、辺境の村に閉じていた俺の価値観は良くも悪くも大きく広がってしまった。


「【超会心】だっけ? 五百年前の英雄ニストレムと同じスキルとか、本当に英雄になっちゃいそうな気がしてくるよね」

「さすがにそんなことは無いと思うけど、本当にびっくりだよな」


 まさか五百年前に龍神様が恩恵を授けた人間が、この世界の英雄になっているなんて夢にも思っていなかった。


 英雄ニストレムのように王都の騎士団から成り上がれるかはわからないけど、自分の気持ちを上げるには十分な理由だ。


「……だから俺は村から出るよ」

「そっか、君が居なくなると寂しくなるね……」


 ミロクの声が少し弱まった。


 俺のことをそうやって思ってくれることが純粋に嬉しい。もちろん俺も友人との別れは悲しいから……。


 そう思うと雰囲気につられて涙腺が緩んでしまいそうになる。……でも、今日は泣かないって決めたんだ。


「ミロクだって来年には神聖学校に通うために王都に出るだろ? だったらあっちで会うこともあるさ」

「……それももちろんわかっては居るんだけどね。それでもやっぱりさみしいな」

「一年なんてあっという間だよ」

「あっという間かな?」

「そうだよ。だから先に行って待ってる」

「……そうだね、そう思えば楽しみになるかな」


 横目で見ると、瞳をうるませつつも真っ直ぐに前を見つめるミロクが小さく笑っていた。視線を戻して俺も前を見つめる。


「王都、か。どんなところかな?」

「それはもう大勢の人、人、人で溢れかえっているんじゃないか? ミロクの好きな胸の大きい女の子もいっぱいいるだろうな」

「はは、それならおっぱい揉み放題だね」

「それ普通に犯罪だからな。今までは子供のすることだからって多めに見てもらってたけど、もう成人になったんだ。絶対にやるなよ?」

「善処するよ。なるべく後ろからじゃなくて前からいくから」

「前からでも後ろからでも犯罪だ」


 こいつ本当にやらかしそうで怖いなあ。


 心配になって隣を見ると、ミロクは静かに微笑んで目尻を下げる。元々の垂れ目がさらに強調されて、より柔和な印象を受ける。


 こいつ変態気味な割にモテるんだよなあ。村でもなんだかんだでいったい何人の胸を揉んだ実績があることか。うらやまけしからん!


「どうして聖職者見習いを首にならないのだろうか?」

「僕に聞かれてもね。やっぱり優秀だからじゃないかな?」

「そうなんだよなあ。お前、十歳の頃にはもう治癒魔法使えてたもんな」

「あれはライトのおかげだよ。あの時は世界が開けた気がしたもの」


 その開いた世界は別のベクトルに振り切っている気がするけどね。


 まあ、何にしても向こうでまた会えることはわかっているんだ。


 俺もその日を楽しみにしていようと思う。

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