第5話 成人の儀、そして
――俺が記憶を取り戻してから五年の月日が経った。
父さんの仕事を手伝いながら、なんだかんだで毎日の自己鍛錬を続けてこれた。
異世界の身体ってすごいんだよ!
鍛えたらどんどん成長するし、ジャンプして人を飛び越えられるとかギネス記録楽勝で超えてる。
毎日が充実していたから、この日を迎えるまであっという間だった気もするし、結構長かったような気もする。
ちなみに、幸いなことに大きなトラブルもなく無事に成人するまで生きてくることが出来た。
不作による飢饉や流行病も縁遠く。豊作につぐ豊作で、近隣の村々から見てちょっとやりすぎなくらいに守られていたせいで、逆に村長が色々と苦労しているのは村の皆が知っている。
龍神シャリオノーラは、あの時の約束通りに俺のことを見守ってくれていたってことだな。
ただ……、守ってもらっておいてこういう事を考えちゃダメなんだろうけど、あの龍神様ちょっとやりすぎな気もするんだ。
そういった事情もあって、感謝の気持ちとは別に俺の頭には一つの問題が浮かび上がっている。
だから、この先のことをしっかりと考えないといけないな……。
ミロクからぽろっと聞けた話なんだけど、レーヤ司祭曰く、約十五年くらい前からぱったりと神託を授かることが無くなってしまったらしい。
それ以前は小さな村でも年に一回は神託を授かっていたみたいだけど、今は国教であるクローツ教の求心力が低下しているのだとか。
それの対策なのか、クローツ教はここ最近では数少ないながらも神託を授かることがあるという公告を行っているって聞いた。
まあ間違いなく嘘だろうけど。
なにしろ、その神様は絶賛死亡中だからね。龍神様の言葉を信じるなら、あと三十五年くらいは復活する予定はないはずだ。それまではがんばってくれ。
すまない、クローツ教。
「それを踏まえた上でのこれからの生き方、か」
あの時に龍神様からもらった「思うように生きれば良い」って言葉。
それもあって、最初はせっかく転生したのだからこの未知の異世界を自由に見て回りたい、そう思ったんだ。
でもこの村で家族と過ごした思い出が積み重なって次第に本当にそれで良いのかなって思うようになった。
――俺が成人するということは、この村を守っていた龍神の加護がなくなってしまうということだから。
この村で父さんの仕事を継いで家族を守り支え合いながら暮らしていく。これも俺の思うように生きるということには変わらないし、そう思う気持ちも強くなってきたことに偽りはない。
もちろん広い世界に興味が無くなったというわけではないよ。だからこそ悩ましかったんだ。……今朝までは。
そんなふうに思えるのも、今日が成人の儀が行われる日だから。いや、成人の儀が無事に行われたからという表現が正しいかな。
転生前も含めれば二度目の成人ということになるんだけど、まさか成人の儀の前後でこんなに自分の意識が変わるとは思わなかった。これもこの世界ならではなのかもしれない。
今日は朝から教会に向かいレーヤ司祭から洗礼を受け、俺は晴れて成人となった。もちろん龍神が言っていた恩恵もしっかりと授かることが出来た。
そして今は、メインイベントを無事に終えてちょうど家に帰り着いたところなんだけど……。
「あれ、静かだな?」
いつもなら仕事場から槌を振るう音が聞こえてくるはずなんだけど、もしかしたら少し早い休憩中かな?
疑問に思いつつ玄関扉を開けて家の中に入ると、そこには両親の姿があった。
「えっと、ただいま。どうしたの?」
「ライト、おかえりなさい」
「帰ったか、こっちに来て座りなさい」
いつもとは違って二人は真剣な面持ちでこちらを見ている。
父さんに促されるまま、テーブルを挟んで向かい側の椅子に座った。
「成人の儀は滞りなく終わったか?」
「ああ、特に何事もなく終わったよ」
「そうか」
そう話している間、母さんは一言も話さずにただこちらを見つめている。
これは多分、二人が聞きたいのは今日から俺が進む道のことなのだろう。
「それでこれからのことなんだけど――」
「まあ待て。その前に渡すものがある」
そう言って父さんは横に置かれた木箱を開け、中から一つ一つ取り出してテーブルに並べていく。
いったい何をっておいおい、これってもしかしなくても……。
「剣と……、鎧? どうして……?」
間違いなく父さんが作ったものだ。さすがにそこは見間違えることは無かった。父さんの仕事を手伝って幾度となく目にしたものだ。
どうして……?
確かに俺は記憶が目覚めてからすぐの頃は、事あるごとに村の外に出たいと言っていた。でも、ここ一年くらいは言わないようにしていたはずだ。
それに父さんは俺に家業を継いでほしいものだと思ってた。それはこれまでの十五年分の記憶から容易に想像できる。
なのにどうして?
呆然と見つめていると、父さんが一巻きの羊皮紙を俺に手渡した。
「これは?」
「ライト、お前はこれを持って王都に行きなさい。レーヤ司祭にお前が王都の騎士団に入れるように推薦状を書いてもらった」
「レーヤ司祭に? ってどうして王都なの?」
「あの人は昔、王都に住んでいたんだよ。当時はそれなりの立場の人だったらしい」
レーヤ司祭の意外な来歴を知ることが出来たのは良いんだけど、やっぱりすぐには話の内容が理解しきれない。そんな俺を見て母さんが口を開く。
「ライト、私達に遠慮なんてしなくていいのよ?」
「別に遠慮なんて……」
「母さんの言う通りだ。お前も男なら一度は村を出て広い世界を見てきなさい」
「でも、俺が居なくなったら……村を守れない」
「馬鹿なことを言うな、何のために村で自警団を組織していると思っているんだ。自分たちの村は自分たちで守る。これまでもそうしてきたし、これからもそれは変わらない。お前一人で大きな差はないだろう?」
父さんが言うように確かにこれまではなんとかなってきた。
でもそれは、やりすぎ感のある龍神の加護があったからだよ。
もしかしたら龍神の加護が無くなったら、その揺り返しで大きな問題が起きるかもしれない。その時に村の外に出ていて皆を守れないのは嫌だ。
そんな俺を見て、父さんが目尻を下げて微笑む。
「龍神様の加護、だろう?」
「えっ、どうしてそれを!?」
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