紙とペンとゆるキャラ
六花 水生
第1話
「はい、吾妻です。あっ、いつもお世話になっております。はい、あ!ありがとうございます。ご注文ですね、少々お待ちください…」
私の職場である経理部に、経費の請求書を提出しに来た営業部の吾妻さんが、かかって来た携帯電話に出る。そして手首をペンを持つようにして振りながらキョロキョロしている。
『はい、どうぞ』
声に出さずにメモ用紙とペンを差し出す。
『サンキュ』
吾妻さんも声に出さずに片手で拝んでみせて、渡した紙にメモをとりだす。
「お待たせいたしました。はい、はい、承知いたしました。後ほど確認のメールを送らせていただきます。
ありがとうございました。失礼いたします!」
「佐藤さん、ありがとう。助かったよ。ずっと営業かけてたお客さんでさ、やっと注文もらえたよ。」
「良かったですね!おめでとうございます。」
「あっ、これ、借りてたの、ありがとう。ねぇ、このペンに付いてるのって『き○けろくん』だよね?それに、このメモ用紙のゆるキャラ、『かね○ん』と『お○んちゃん』だよね?佐藤さんってもしかして出身…?」
「いえいえ、私の出身は東京です。この前の休暇に雪灯籠まつり見に行って、手に入れたんです。」
「そうなんだ!オレ、そこの出身でさ〜。いや、東京でこれ使ってる人、初めて見たわ。なんか嬉しいもんだね!」
「食べ物もとっても美味しかったですよ!果物も牛肉も、あと鯉もいただきましたよ。」
「おお、それはまた嬉しいね〜!その牛肉を出してるお店、この近くにあるから、今度行かない?お酒もいける?」
「いいですね、お酒も美味しいですもんね、少しでしたら飲めますよ。」
「よし、今日の契約大きいから、そのお祝いも兼ねて、金曜日の夜はどう?」
「はい!」
やったー、吾妻さんと食事の約束しちゃった!
吾妻さんは営業部の若手で、明るくて先輩やお客様にも可愛がられるし、私達、事務の人にも丁寧で、密かに憧れていた。
もちろん、吾妻さんの出身はリサーチ済み。それというのも、若い人たちの飲み会の席で
「オレの名前がついてる地元の戦隊ヒーローがいるんだぞ!」
と酔っ払って喋ってたのを聞いて、ググりましたとも。
吾妻さんの出身地を調べるうちに、ちょうど休暇が取れる頃に雪灯籠まつりがあったので、興味が湧いた。このあたりを高校生だった吾妻さんが歩いてたかも〜なんて乙女になりながら歩こうと思うと、わくわくした。
新幹線で山を越えたあたりから、東京では考えられないような量の雪に驚いた。でもその雪を灯籠や雪像に型取り、光で幻想的に演出している雪灯籠まつりは寒さを忘れるほど美しかった。
お土産屋で記念に買ったゆるキャラのメモ用紙とペン。こんなところで日の目を見るとは!
金曜日、二人で美味しい特産品やお酒を楽しみ、社内のあるあるネタで笑い合った。
吾妻さんはまだまだ東京に詳しくないから、今度は私に美味しいお店を案内して欲しいということになり、私も喜んで話を受けた。
それから、仕事のあと美味しいお店にいったり、休日に映画や東京の観光地を巡ったりとデートを重ね、ついに付き合うことになった。
6月には一緒にさくらんぼ狩りに彼の出身地に行った。まだ実家に行くのは早いので沢山ある温泉の一つに泊まることにした。せっかくだからもっと足を伸ばして、有名な俳人が詠んだ大河の川下りも楽しんだ。
これからも二人のお付き合いが続くなら、ゆくゆくは結婚するだろう。そうしたら二人の出会いのキッカケを問われたらこう答えるつもりだ。
「紙とペンとゆるキャラ」だと。
紙とペンとゆるキャラ 六花 水生 @rikka_mio
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