バスキャット

エリー.ファー

バスキャット

 僕がハンガーの後ろに隠れているということをまだ誰も知らない。

 こんなにも大きなコートがかけてあって、本当に助かった。これならもう少しの間、身を隠すことができるだろう。

「坊ちゃま。坊ちゃま、どこにいらっしゃるんですか。そろそろお出かけの時間ですよ。」

 僕は息をひそめ、唾を飲み込み、体を石のように固めてクローゼットの中で外を伺う。ばあやは腰が悪いし、余り動き回ることはできない。たぶん、三十分くらいすれば問題なく外に出られるだろう。

 そうしたら、僕はこれからこの家を出て、町の友達と泥だけになって遊ぶ。それが今は一番楽しくてしょうがないのだ。

 でも、服が汚れてしまうからという理由で、パパもママも、婆やも、誰も、いってらっしゃい、とは言ってくれない。ただ大好きな友達と一緒に遊ぶことの何が悪いんだろう。

「坊ちゃま、坊ちゃま。どこにいらっしゃるんですか。そろそろお出かけの時間ですよ。」

 同じところを巡回している所を見ると、今日の婆やのプログラミングはAパターン。喋っている内容も同じなので、AIを搭載しているものではなく、ただのプログラム型、つまりは旧AI型だ。あのタイプは後ろへと回り込めば簡単にハッキングすることができるし、最悪、ウィルスを流し込んで破壊することもできる。

 問題ない、ばあやは、量産型だ。この程度で次のばあやを頼めなくなるくらいの経済力のない家ではない。

 僕は心臓のCH1000型のマザーポインタを取り出し、簡単なアクセスを試みる。ここからコードを伸ばせれば、作戦は成功だ。

 その瞬間。

 クローゼットが振動しだした。

 いや。

 違う。

 体が動かせない。

 感電させられている。

 二千万ボルトは流されている。

 いつのまにか僕の死角から近づいていた婆やが手から電撃を出しているようである。

 これはいけない。

 僕もハウスホストにデータを預けているとはいえ、このままではばあやに殺される。回数にして二十八回目。確か、前は、たかいたかいしてもらっている途中で面白半分でばあやの首に指を刺し込んだとき、反射的にばあやの防衛レーザーが発射されて、僕の顔半分を焼き切ったのだ。

 気が付くと、僕は正座させられていた。

 ばあやが腕を組み、見下ろし、睨んでいる。

「坊ちゃま、お外は危ないのでございます。」

「皆と、遊びたいよ。」

「遊びと称して、町の子供たちを六十三人殺したのはどこのどなたですか。」

「それは。遊んでたら夢中になってて。気が付いたら、みんな腕とか首とか千切れてたんだもん。」

「もう、そういうことがあったから、この町の子供たちも皆サイボーグになってしまったんですよ。」

「ごめんなさい。」

 ばあやは、紙とペンを目の前に置く。

「ここに、もう悪いことはしません。ずっとお家で遊びますと、お書きください。良いですね。」

 この約束を破るのは訳ないけれど、でも、しょうがないことなのかもしれない。僕は僕のためにも、ちゃんとそこに、自分の名前を書いてオイルハンガウで、印をした。これをすると、最低限の約束としてメモリに記録されるのでもう二度と破ることができなくなるのだ。

「じゃあ、ばあやが一緒に遊んであげましょう。次は何で遊びますか。」

「水素爆弾作りたいっ、いっぱい作りたいっ。」

「昨日も面白半分で地球に落としてきたばっかりじゃないですか。坊ちゃまは本当に地球が大好きですねぇ。」

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