溺死日和

エリー.ファー

溺死日和

 紙に嫌いな人の名前を書いて、水の上に浮かべる。

 それが沈むまで目を瞑り、沈んだと思った瞬間に目を開けることができたら、その人は必ず溺死する。

 そういう噂があった。

 何度も何度も紙に書いたのに、その人は全く死ななかった。

 次に。

 ペンの先を、地面につきたてて、その真ん中の部分にめがけて別のペンを投げつける。当然、尖っているから万に一つの確率でそのペンに刺さることがある。その瞬間にお願いごとをすると夢がかなう。

 これもやった。

 公園で一人でやった。

 やったし、犬の散歩に来ていた近所の人から滅茶苦茶馬鹿にされた。

 全て試した上で、私の結論はこんなもので、自分の願いをかなえるくらいなら、現実に影響を与える、努力をすべきということだった。

 自分の部屋の机の上に立って、自分のやる気や、むしろ、ありもしない意欲を高めようとして天井に頭をぶつけるよりも、僅かな時間をもってして、夢に向かって邁進することが一番大切なのだ。

 というような、ことを考えて。

 私は一応、健全な女子高生としてその占いに頼る生き方はやめることにした。

 最後に、こんな噂を聞いた。

 まず、自分の家の中に入り、両親を殺す。次に、姉や弟がいるならそれも殺す。その後は、父方の祖父、祖母、次に母方の祖父、祖母を殺す。ペットがいるのであれば、これは最後に殺す。殺し終えたところで、全員の血液をしみ込ませたハンカチでも、この際、布でもいいのだが、それを用意する。それ自体に火をつけてそれが消えないうちに飲み込むと、願いがかなう。

 私は、その噂を聞いたとき、心が震えた。

 やる訳ないだろ。

 次の日、隣のクラスで、ある生徒の両親と二人の弟、そして、そのおじいさんとおばあさんが全員、殺されてしまったと聞いた。

「ペットも殺されてたんでしょ。」

「えっ、よく分かったね。そうなんだよね、その子が飼ってた四匹のハムスターもぐちゃぐちゃになってたんだって。」

「わぁ。」

 その翌日、その子が学校で一番のイケメンと付き合った、という話を聞いた。

 そのまた次の日、その話をしてくれた女の子が学校を休んだ。

 他の子に話を聞いてみる。

 どうやら、一晩のうちにお父さんとお母さん、そして、同居していた父方の祖父と祖母、そしてペットの犬が殺されてしまったらしい。その子は寝ていて気付かなかったようで犯行は夜に行われたそうだ。

 そのまた次の日。

 その女の子の家の地下から石油が噴き出し、一夜のうちにその女の子は大富豪になった。そのお金を元手に、人材派遣会社を始めたところ、大成功。自分で組み立てられるノートパソコンから始まる、本当に必要なITをご存知ですか、というビジネス書が百万部を突破した。

 いつも口癖が。

 わだす、平和がいちばん大好きだぁ。

という子だったのに。

 久しぶりに会ったら。

 わだす、お金が一番大好きだぁ。

に変わっていた。

 なんか。

 そこまでじゃなくてほっとした。

 それから数週間で、うちの学校の生徒はみんな、生涯孤独の幸せものばかりになった。

 あたしはというと、そういうのを常に間近で見ることになったので。

 そういう迷信に振り回される人生なんてまっぴらごめんと、近くのスーパーでアルバイトをして、コツコツお金をためている。

「よおぉ、どうしたんだよ、こんなしけた面でレジ打ちなんかしやがってよぉ。どうだいどうだい、あだすと一緒に、ITのウェーブに乗ってサクセスストーリー刻んでいこうじゃねぇか。なぁ。ルックサニバディオーディエンス、アーイィッ。」

 たまにあの石油成金女は店に来る。

 この女を殺せるなら、両親を殺してもいいな、とは思ったりする。

 たまに。

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