紙とペンと将来

ペグ

スケッチブック

 僕の手元には黒のインクがたっぷりと入ったペンを持っている。


 そして机の上にはスケッチブックがある。


 このスケッチブックには何も書かれていない……真っ白な紙だった。






「かあちゃーん! ちょっと出かけてくるー!」


「はーい! あんまり遅くならないようにねー!」


 僕は手に黒ペンと新しく買ってもらったスケッチブックを持って外に出た。


 僕の家は農家だ。なかなか広い農園でよく手伝いに行くのだ。


 ただ今日は誕生日に買ってもらったスケッチブックを片手に絵を描きに行くのだ。


「にいちゃーん! とちゃーん! いってきまーす!」


「はいよー!」


「気をつけろよー!」


 僕は遠くで作業をするにいちゃんととうちゃんに”行ってきます”の挨拶をした。


 本当は僕も手伝うべきなんだけど……にいちゃんが”俺が弟の分までやるよ!”と言ってくれたので今日は一日中絵を描きに行くのだ。


 そのまま僕は森の中へと入っていった。





 やっぱり……くらいなぁ。


 森の中はあまり太陽の光が入らず昼でもちょっぴり暗い。


 それにとてもジメジメしていて……夜に一度おとうちゃんと入ったことがあるけど。


 月明りが当たらないで手持ちのランプの小さな灯りしかなくて……本当にお化けが出てくるんじゃないかと思った。


 そんなジメジメした森だけど……中は家にある図鑑でも見たことがないような植物だったり、珍しい動物がいっぱいいる。


 僕はなんだか少しだけ怪しく光る青いキノコや動く小動物には目をくれずにあるところに一直線に向かった。


 そこは川が流れていて僕が探検した中では唯一太陽の光がしっかりと差し込む場所。


「やっと……ついた」


 そこは静かに川が流れていて……目印に大きなリンゴの木がなっていた。


「おそかったね」


「ごめんね」


 その川瀬には白いワンピースを着た十歳で僕と同じ年の女の子が座って待っていた。





「やっと買ってもらえたのね」


「うん! それに新しいペンも」


 僕は彼女に自慢するように紙とペンを見せる。


「私はこれ」


 彼女は手元にあった長細くて固そうな黒いケースを見せてくる。


「それは?」


「フルートという楽器よ。やっと買ってもらったの」


 普段からテンションの上がり下がりが少ない彼女が少しうれしそうにしているのがわかる。


「ねぇやって見せてよ」


「……まだちゃんと吹けないからまた今度ね」


 今日の彼女は終始テンションが高かった。


「それより、あなたは絵を描かないの?」


「あ、そうだ! ……でもなにを描こうか決めてないんだ」


 僕はあたりを見渡すけど……なにか描きたいと思うものが今日に限ってない。


 せっかく兄ちゃんが作ってくれた時間なのにな……


「そう……ならなにかないかしら」


 彼女も周りを見渡す。


「あのリンゴの木は?」


「うーん、なんか違うなぁ」


「ならあの光るキノコは?」


「うーん」


「どうしようかしら」


 僕と彼女は一緒に頭を抱えてしまった。


「あ、そうだ!」


「なにか描きたいものがあった?」


 とてもいいことを思いついた。


「君のフルートを吹いているところを描きたい」


「え? ……私はまだ下手よ」


「それでも聞いてみたい」


 僕は彼女のことをまっすぐ見つめる。


 すると彼女は少しずつ顔が赤くなっていき……そして目線を下に向ける。


 そして短いため息を吐いた。


「わかったわ。ちょっと待ってて」


「ほんと! ありがとう!」


 彼女は長細くて固そうな黒いケースから銀色に光り輝く細い筒が出てきた。


「それがフルート?」


「ええ、せっかくだから立って吹くわ」


 そう言って黒いケースを閉じて僕の隣に置く。


「ちょっと水が冷たいわね」


 彼女は裸足になって川沿いに立つ。


「すごい楽しみだよ!」


「でも……下手だからね」


 そう言って彼女は一呼吸置いた後フルートを吹き始めた。


「……」


 森の風の音と川の流れる音、そして鳥や小動物の小さな鳴き声が……なんだか町に一度だけ来た合唱団のような、いやそれよりもすごい演奏だった。


 ……せっかく吹いてくれたんだし僕も絵を描こう!







 それから少しして演奏が終わった。


「どうだった?」


 彼女は少し恥ずかしそうにしていた。


「とっても上手だったよ!」


 本当に上手だった。


「あなたの方は?」


「うん……頑張ったんだけど」


 彼女の演奏の感じを……表現ができなかった。


「うん。とても上手よ。とくにここの音符がかわいいわ」


「そう……かな?」


 でも……とくに彼女をもっときれいに描きたかったな。


「ええ、自信を持った方がいいとおもうわ。私も現実よりかわいいわ」


「え、そんなことないよ! もっと練習して現実と同じぐらいにきれいに描くんだ!」


「……ほんと、あなたって自覚がないのね」


 彼女はまた顔を赤くしながらつぶやいていた。


「さ、今日は解散しましょ。また来週あえたらいいわね」


 彼女はフルートをケースの中にしまって帰り道に向かっていった。


「うん! また今度ね!」


 僕は彼女に手を振る。彼女が手を振り返したのを見てから僕も家に向かっていった。






 僕は森を出て家に帰る。


 外は暗くなってきた。


「ただいまー!」


 外で働いているとおちゃんとにいちゃんにただいまを伝える。


「おかえりー! 楽しかったかー!」


「おかえり!」


「楽しかったよー!」


 僕は家の中に入った…………






 僕は手に持っていた黒いペンを置く。


 そして机の上には彼女が描かれている絵がある。


 ページをめくる。


 最初はフルートを吹いている少女の絵、そして町の真ん中でフルートを吹いている少女の絵。


 都会の大きなホールでフルートを吹く女性の絵。


 いろいろな絵が描いてある、だけどこのスケッチブックは完成していない。


「あら? 随分懐かしいものね」


「ずっと大切にしてたからね。それに今日のためにこのスケッチブックに描くんだ」


「そう。でもこのスケッチブックって私だけなのよね」


「……明日には君以外にも描かれるよ」


「それは、楽しみね」

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