気になる彼女はメモリが少ない

kumapom

第1話

 ある日の学校の帰り道のこと。


 バイトで稼いだお金で多少の余裕があったので、サイコーマートに立ち寄り、「揚げ揚げ君 海苔塩味 10個入り」を買った。新作である。栄養?うん、まぁ、あるんじゃないかな?


 そして近くの公園に行って、噴水前のベンチに座り、空を眺めつつ口に放り込んでいた。

 夕暮れ前のグラデーションのかかった空。いい眺めである。

 ああ、帰宅部サイコー!

 それにしてもこの新作の揚げ揚げ君は旨いなー。海苔塩味で少し辛味が効いているのが良い。


 ふと右の方向からの視線を感じた。

 振り向くと、十センチ程の距離に青い目があった。じーっとこちらを見ている。

「わっ!」

 思わず退いた。


「あの……それ、『揚げ揚げ君』ですよね」

「そ……そうだけど……あ、君は!」


 彼女の金色の髪が風になびいた。

 学校で有名なハーフで美人の先輩である。


「えーっと、同じ泥鰌学園の……1年先輩の……マキナ……さん!?でしたっけ?」

「あら、知ってるんですか?春乃マキナです!」

「あの……僕は……」

「あ、ちょっと待って下さい。ユーザー登録の準備を始めます」

「え?ユーザー登録?」

 何のことかわからない。

 彼女は頰に手を当てて何やらうんうん言っている。


「……ようこそ!」

 そういって手を広げた。ようこそ?


「名前とパスワードをお願いします!」

「名前はですね……え?パスワード?」

 とりあえず、名前と、1234と言う適当なパスワードを言った。

「パスワードが短すぎます!」

「え?」

「あと、セキュリティ的にどうかと思います。英文字含めて8文字以上を推奨します」

 不機嫌である。しょうがないので8文字の単語を教えた。

「認証……完了!」

 そう言うとクルクルと回った。

「これで会話できますね!」

 キラキラとした目がこちらを見つめる。

「あ……うん……ですね」

 よく分からないが、良しとしよう。

 

 彼女はそそくさと僕の隣に座った。そして「揚げ揚げ君」をチラチラと見ている。凄く欲しそうだ。

「あの……食べます?」

 そう言って僕は「揚げ揚げ君」を彼女に差し出す。

「い、いいんですか!」

 彼女の顔がパーっと輝く。

「え、ええ……」

「これ、まだインストールしたことないんですよ!」

 多分、食べたことがないと言う意味だろう。外国語は難しい。


「あ、ちょっと待って下さい。念のため、ウィルスチェックしますね」

 そういうと「揚げ揚げ君」に手をかざして、じーっと見つめた。

「チェック……該当なし……定義ファイルを更新してください……」

 何やら言っている。よく分からないが、潔癖性なんだろなとは思う。

「ちょっと待って下さい……情報が古いらしいので……あ、これもしかして新作ですか?」

「あ、うん、新作の『揚げ揚げ君 海苔塩味』」

「ああ、どうりで……ちょっとお待ちを……更新……」

 上を向いてボーッとしている。

「チェック完了!問題無しです!インストール開始!」


 そう言うと一つ摘み、口に放り込んだ。もぐもぐ。そして満面の笑顔である。

「これは……何とも複雑でジューシーな……そしてまろ……」

 彼女の動きが止まった。笑顔のままピクリともしない。

「ちょっと、あの……?」

 動かない。

 肩をちょっとつんつんしてみる。

 動かない。あれ?何かまずい状況?

「大丈夫?ねぇ?……ねぇ!」

 両肩を掴んで揺する。すると瞬きをした。

「はっ!……すいません、情報量が多かったらしくて、処理に時間がかかりました……って!あの!手が!肩に!」

「あ、ごめんなさい!」

「タッチインターフェースはドライバが未実装なので……あの……困ります……」

「すいません……」

「あの……デバイスドライバをインストールしますか?……タッチインターフェースの……?」

「え?何?」


 彼女がこちらを見つめる。

「タッチインターフェースデバイスドライバをインストールしますか? はい/いいえ キャンセル」

「え?……ええと……」

 言っていることが詳しくは分からないが、本能が「はい」と言えと言っている。

「はい!……『はい』です!」

「デバイスドライバを検索します……検索中……検索中……検……」


 ピロリロリン!


 その時、どこかから綺麗な電子音が鳴った。

 彼女が慌ててバッグから携帯を取り出す。

「すいません!……バイトが入りました!」

「バイト……」

「今から作戦……いえ、バイトに行かないといけなくなりまして!」

 用事が入ったのか……。

「また今度、お話しましょう!ごめんなさい!」

 そう言うと彼女はトトトッと、かなりのスピードで走り去った。


 空を見上げると、すでに夕日のグラデーションになっていた。

 残っていた「揚げ揚げ君」を口に放り込む。

 そして僕は、空に下から上に飛ぶ、不思議な流れ星を見たのだった。

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