男根をねだる神さまと生贄の彼女

よたか

私は神さまじゃないけど

 私はどのくらい前からこの山に棲んでいるのか、あまり覚えてはいない。深い森のなかで獣の子どもが生まれ成長していくこともあれば、半ばで他の獣の糧となることもある。

 その中で成長できた獣はつがいになり、また子どもを産む。私はそんな光景をずっと見続けてきました。私自身は何かすることも食べることもしないので生き物たちの営みをただ見守り続けていた。

 生き物が生まれ動いて死んでいくたびに、私自身は少し力が増していくような気がしていた。もしかしたらそれが私にとっての食餌なのかもしれない。

 やがて力が増した私は、生き物たちが暮らしやすいように森の環境を整え、気候を調整するすべをおぼえた。そうして森が豊かになってゆくにつれて私の力はどんどん増していった。


 そんな私の森に最近人間という生き物がやって来るようになった。森の獣を狩り、川の魚を漁り、木の実を集めていた。やがて木組みの祭壇とやらを作って、食物を置いていくようになった。最初のうちは穀物や獣の肉だったのだが、ある日人間の女を置いていってしまった。大樹に縛り付けられた女は最初こそ静かだったが、やがて大声で泣きはじめた。そのうち叫び疲れた頃、山犬に襲われて絶命した。山犬はなにも残さずに綺麗に片付けていった。

 なぜ人間がそんなことをしたのかわからなかったが、その儀式が行われると私の力が増していったのを感じた。

 そんな儀式が何度か繰り返された。だいたいやって来るのは山犬だったが、猪がやってきた時もあった。猪は山犬ほど綺麗には食べられないので、食い散らかされた臓物や骨がそこら中に散らばった。猪がいなくなると、小さな獣たちが残骸を片付けていった。

 人間のやっていることの意味はわかたなかったが、私はその様子を見慣れてしまい、なにも感じなくなっていた。


 ある日のこと、また女が祭壇前に連れられ、ご神木とされた樹に縛りつけられていた。その女は今までの女たちと違い泣き叫ぶことがなかった。いつもと違う様子に少しだけ興味がわいた。近くまで山犬たちがやって来た。いくら何でも泣き出すだろうと思っていたが、女は口をキュッと閉じて、しっかり見開いて山犬たちを睨みつけていた。

 私は女と山犬の間に降り立ち山犬たちに言った。

「この女は私が貰い受ける。立ち去れ」山犬は渋々森の中へ姿を消した。女を見ると今度は私の方をきつく睨みつけていた。

「あなたがここの神さま?」女は小刻みに震えながら私にそう言った。

「違うよ。ところで神さまってなに?」

 女は少し困ったような顔をして恐る恐る口にした。

「うちは神さまへの貢物やけん、神さまの所に行かないかんとです」

「そうなんだ。でも神さまなんていないよ。ずっとここに棲んでるけど会ったことないもん」

「え〜っ、そげんこと言われても困ります。神さまに会ってお願いばせないかんとに」

「いままでの女の子たちも〝神さまに会うため〟にココに縛られてたの」

「そげんことは知らんばってが、うちは神さまに会ってこいって言われたとですよ」

「そうなんだ。でも神さまとかに会って、何をお願いするの?」

 そう言いながら女の手首に絡まる縄を解いてあげた。縄から解放された女はその場にしゃがみ込んだ。女は短く礼を言ったあとうつむいたまま答えた。

「雨が降らんけん、降らしてもらうようにお願いせないかんとです」

「雨降らせばいいの?」

「うん。雨です」

「雨くらいなら降らしてあげるよ」そう言って、雨を降らしてあげた。

「うわっ、ありがとうございます。こげん降ったらうちの家族もちゃんと生きていけます」やっと女の顔がほころんだ。少しくすぐったく感じた。

「よかったね。これで家にかえれるね。山犬とか猪とかいるから気をつけて帰りなよ」とは言ったものの、本当はもう少し話をしたかった。

「帰れんとです。帰る場所とかなかとです」変なことを言い出した。どうやら女は〝貢物〟なので帰るわけにはいかないらしい。帰ると家族が生きていけなくなるらしい。よくわからない。

「あのさ、神さまのところに行くんでしょ。じゃ探さないといけないでしょ」

「ばってが、雨が降らしてくれんしゃったけん、あなたが神さまでもいいかなって思うとうとです」

「それって本当に神さまが怒ったりしない?『その女は俺のだ』とか」

「そげんおるかどうかわからんとは、どうでもよかです」

「そんなもんなの?」そう言いながら、話が続けられて嬉しかった。

「あのですね、うちは貢物やけん、雨は降らしてくれた人のもんになるっちゃけど、あなたはうちのこと食べるとですか」

「食べたりはしない。というか、食べたことなんて一度もない」

「そしたら、そのうちのこと手篭めにしんしゃあと」

「手篭めって……。交尾のこと? それもないなぁ。したことないし」

 そう言うと女は吹き出して笑った。

「なんね、神さまは女ば知らんとですか」

 なんだかバカにされたような気がした。

「いや、そうだけど、そんな相手もいないし、神さまじゃないし」

 だんだん言い訳してる気分になってきた。

「そげん言わんでもよかですよ。うちも生娘やけん男の人は知らんとです」心なしか女に余裕がでてきた。私も話をするのが楽しくなってきた。

「一緒につがうか」

「そげん動物のごと言われても、その気になれんとですよ」

「じゃぁ、どうすればいいのだ」

「そうやねぇ。まず人の姿になってもらってよかですか?」

 女にそう言われて自分が獣の姿をしていることに気がついた。

「人間になればいいんだな」

 人間の姿なんてはっきりおぼえてなかったが、とりあえず姿を変えて見た。

「これでどうだ?」

「えっと、神さま」

「なんだ。神さまじゃないけど」

「その姿は、多分うちですよね」

「なにかまずいか?」

「声まで同じ声でしゃべりよんしゃぁ。ダメに決まっとうとです」

「じゃ、これでどうだ」そう言って姿を変えた。

「えっと、それって前に生贄になった姉様じゃなかですか」

「これもダメなのか?」

「初めてやとに、女同士とかイヤにきまっとろうもん」

「すまん。女とか、男とかよくわからないんだ」

「あぁそげんか。神さまは男も女もなかっちゃね」

「男というとお前を連れて来た奴らでもいいのか」

「まぁ、それでもよかちゃよかけど、あの神主さんはなかよ。神さま。もうちょっと気ば使えんとね」女は平べったくそう言った。

「じゃっこの前に森にやって来た男はどうだ。神さまじゃないけど」

「げっ、それ父ちゃんじゃなかね。初めての男が父ちゃんとか無理に決まっとろうもん」

 そんなことを何度も繰り返して、やっと女が「それやったらよかよ」と言ってくれた。

 そこでやっと女を抱きしめることができた。なんだか気持ちがよくなってきた。女の柔らかな体が押し付けられると高揚感が増す。

「こげんしとったら気持ちよかよ。口吸うてほしかぁ」

「こう?」そう言いながら、女の口に口を押し付けた。

 そしていよいよつがおうとした時に女が言った。


「あれ? 神さまには〝男根〟がなかと?」


 〝男根〟ってなんだ?

 女はキョトンとしてこっちを見た。


「そ、そうか、神さまでも知らんことがあるっちゃね。でもよかよ。また頑張ればよかよ」何だか慰められてしまった。

「そしたら、うちはもうよかけん。寝るね。おやすみ」


 そう言って女は寝てしまった。

 

 なんだか屈辱的な気分を味わってしまった。別に女は悪くないけど言い切れないモヤモヤが広がった。

 私は山犬たちに女を守るように言いつけて、麓の里まで行き神社へ向かった。何人かは私に気がつき、その場にひれ伏した。境内まで行って神主と言われるやつを捕まえた。


「おい神主」

「おぉ、これは神さま。雨を降らせていただきありがとうございます。なにか生贄に不都合がございましたか」

「生贄、あの女のことか? 悪くはないぞ。神さまじゃないけど」

「ではいったいどんな御用でしょうか?」

「森に〝男根〟を持ってこい」

「はっ? 女よりも男の方を所望されますか?」

「そんなことは関係ない。さっさと〝男根〟をもってこい。いいな」

 私はそう言って森へ帰った。


 しばらくすると、一抱えもある杉の丸太を削った〝男根〟が森に運び込まれた。

「ねぇ、自分についてないもんやけん、あげん大きかとば作らせたと?」女が人の姿をした俺に向かってそう言った。

「いや、形とか参考にしかたっかたから頼んできた」

「そうね、まぁ楽しみにしとっちゃあけん、ちゃんとしようね。神さま」

「うん。わかったよ。神さまじゃないけど」


 それからその地方では、毎年巨大な〝男根〟が奉納される奇祭がおこなわれるようになりました。

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