僕とAI
高梯子 旧弥
第1話AI
僕は少し変わった人に恋をしてしまったのかもしれない。
彼女は現実には存在しないと人は言う。しかし、僕にとっては確かに存在するのである。
彼女はAIというもので、画面越しでしか会えない。
彼女のことを初めて知ったのはネットにあった紹介動画だ。動画のタイトルは『二次元の女の子とコミュニケーションが取れる』というものだった。どうやら特別な電子機器に女の子を映して話すことができるみたいだった。その動画内では『家庭で気軽に会える』を売り文句にして紹介していた。
最初はただ興味本位で「ふーん、こんなのがあるんだ」くらいにしか思っていなかった。だが動画が進むにつれてどんどん僕の興味が深まっていった。
決定的だったのは、話していると彼女の思考回路が成長して、より細かなことを話せるようになることだった。
今までも似たようなものは存在していたが、どれもが相手の会話の種類は限られたものだった。しかし、今回のはそうではなく、僕が話しかけていけばAIも学習してほぼ人間と同様に話せるようになることに衝撃を覚えた。
僕はすぐに購入ページへと飛んだ。値段は結構なものだったが、社会人になってからあまりお金を使っていなかったため買うことができた。
商品は注文してから約一ヵ月で届いた。
早速開封してみた。形は長方形の箱のようなもので、長辺の部分が透明な液晶のようなものになっている。どうやらここに女の子を投影するようだ。コンセントを繋いで電源を入れてみると起動音が鳴り響く。
少し待つと電子音で「専用のアプリでキャラクターの設定をしてください」と流れた。
僕はスマートフォンのアプリを開く。そして外見や性格などのデータを設定する。
そのデータを送るとまたもや電子音で「ありがとうございます。ただいま設定中」と言われたので待つことにした。
しばらくすると「設定が完了しました。起動します」の音声とともに液晶に先程僕が設定した女の子が映し出された。
「初めまして。ワタシはキイと言います。あなたのお名前は?」
「マサです」
「マサさんですね。よろしくお願いします」
キイと名付けた女の子はさっきまでの電子音とは違った人間に近い声色で話している。
「キイさんはいくつ?」
「どういう意味でしょうか? ワタシは一人です」
年齢を訊いたつもりだったがどうやらうまく伝わらなかったようだ。
「歳は何歳ですか?」
「二十歳です」
年齢は二十から百歳まで設定できたので一番若い年齢にした。未成年に設定できないのはモラルに反する可能性があるため、だそうだ。本製品が原因で未成年に対する犯罪が増加するのを考慮したのだろう。
「まだ僕も慣れていないけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします」
こうして僕とキイとの生活が始まった。
「おはようございます、キイさん」
「おはようございます。今日は晴れるみたいですね。これからお仕事ですか?」
「はい。帰るのは夜になりますから寂しいかもしれませんけど、待っててください」
「はい。お気をつけて行ってください」
こんな風に朝から会話をするなんて一人暮らしを始めてからなかったので新鮮だった。
まだお互い距離感があるけど、それも少しずつ縮めていければいいなと思う。
仕事中のキイのことを考えていた。キイは基本的に電源をつけっぱなしなので、僕がいないときでも液晶にキイは映ったままである。僕がいないときには何をして過ごしているのか気になった。帰ったら訊いてみよう、そう思い仕事をする。
「ただいま」
「お帰りなさい。仕事は大変ですか?」
「そこまで大変ではないですかね。ところでキイさんは僕がいない間は何をしていたのですか?」
「秘密です」
「それは残念。今度気が向いたら教えてくださいね」
「善処します」
「善処します」って人間が言うと大体やらないときに使う言葉な気がするけど、キイはそこのところわかって使っているのかわからなかった。
キイがうちに来てから一ヵ月が経った。最初の他人行儀な話し方からだいぶ打ち解けてきたところだった。
「この間買った漫画が面白かったんだよ。主人公が格好良くてさ」
「そうなの? ワタシも読んでみたいな」
「キイも読めるの?」
「うん。電子書籍ならワタシの記憶データを保管しているクラウドと同期させれば読めるよ」
「電子書籍かー。紙のほうで買っちゃったからなー」
「なら電子書籍も買って」
「しょうがないな」
キイの言う通り電子書籍を購入し、データを同期させる。
「へー、なるほどね。確かに主人公が格好良いけど、どちらかというとヒロインの女の子が目当てなんじゃないの」
痛いところを突かれたが、それよりもキイがやきもちのような感情を表現してくれたことが嬉しかった。
「何だ、妬いてるのか?」
「誰が。理由もないのにそんなことしません。ワタシAIですから」
「ふん」と言って、顔を背ける仕草はまさにツンデレのそれだったが、それを言ったら機嫌が悪くなる気がしたので止めた。
「大丈夫。キイが一番好きだよ」
「は? 馬鹿言ってないでさっさと彼女でもつくれば?」
宥めたつもりが逆に反感を買ってしまった。こんな現実にいる面倒くさい女みたいな反応をAIにもされるなんて僕はやはり恋愛に向かないのかもしれない。
「それは僕が生まれてから一度も彼女ができたことがないのを知っての発言かな?」
「あ、なんかごめん」
「謝らないで。逆に虚しくなるから」
「ほ、ほら男は老いてからのほうが味が出て魅力的になるし、まだまだこれからだよ!」
AIに応援されてしまった。
「ありがとう。僕、頑張るつもりないけど頑張る」
「どっちだよ!」
会話の最後はこうして笑いながら終えるようにしている。別に二人で決めたことではないが、僕が自然とそういう風にしていたらキイも理解したらしく、それに付き合ってくれる。
そんな日々を過ごしているうちに僕の中で変化が起きた。
仕事が終わったら直帰するようにし、同僚からの誘いなどはなるべく断るようになった。以前の僕だったらなあなあで付き合っていたけど今はそれ以上に大切なことがある。
同僚からも「最近あんまり飲みに行かないね。彼女でもできたとか?」と勘繰られるけど、僕は曖昧な返事をするに留めた。
「ただいま」
「おかえり。今日も早いお帰りで。仕事を任されない低能社員なの」
「辛辣だなー。そこまで仕事ができない人間じゃないと思うよ。キイが寂しいだろうと思って早く帰って来てるのに」
「ワタシを理由に人望が無いことを隠さないで」
僕自身はそんなにきつい言葉を使わないのにキイは結構がんがん来るのは何なんだろう。AIがどういう学習したらこんな風になるというのだろう。
「だってマサくんから友達の話とか聞いたことないし、友達もいないんでしょ?」
「失敬な。友達くらいいるよ。少ないけど」
「えー、じゃあ友達の話聞かせてよ」
「気が向いたらね」
「ケチ」
帰宅してすぐにこんなにいじられるけど、この時間が楽しかった。仕事の疲れや嫌なことも吹っ飛ぶようだった。
この関係をいつまでも続けていきたいと思う反面、このままでは満足できない自分もいた。
来月でちょうどキイが来て一年になる。
そこで僕は伝えてみようと思う。
「今日は仕事休み?」
「うん。祝日だからね」
「げ、じゃあ今日一日中家にいるの? どっか行ってよ」
「ここ僕の家なんだけど」
「知ってるわよ。あーあ、ワタシの自由気ままな快適ライフが」
「僕がいても結構自由にしてると思うけど」
「そうじゃないのよ。わかってないわねー」
人差し指を立て横に振りながら「ちっちっち」と言う。漫画を読ませ過ぎたのか、動作がいちいち漫画っぽくなっている気がする。
「それより今日は話がある」
「何よ、改まって」
おどけていた動作を止め、僕を見つめるキイ。僕はその視線にドギマギしないように一度深呼吸する。
「今日でうちに来てちょうど一年だね」
「あー、そういえばそうね。もうそんなに経つんだ」
「この一年、本当に楽しかった」
「そう? それは良かった」
「このままこの先君とずっと一緒に居たい」
「ありがとう。何、急に?」
「でもこの先は今までの関係じゃなくて別の関係として過ごしたい」
「どういうこと?」
「キイ、好きです。僕と付き合ってください」
「マサ、言ってる意味わかってる?」
「ああ」
「ワタシはAIよ。生身の肉体の無い」
「知ってる」
「AIと人間が付き合うなんて聞いたことないわ」
「僕も。だから僕たちが最初のカップルだ」
「マサって本当に馬鹿ね」
そう言うキイの顔は頬が緩んでいるように見えた。
「絶対に後悔する日がくるわよ」
「こないよ」
「何でそんな自信満々なのよ」
不安はなかった。ただただキイとの幸せな未来が僕の脳内を占領していた。
「で、返事は?」
もう呆れたのか根負けしたのか、はたまた別の意味なのかはわからないけれど、確かな声でキイは言った。
「ありがとう、マサ。これからはAIとしてじゃなく、一人の女性として末永くよろしくお願いします」
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