昼休みの屋上
水鳥ざくろ
第1話昼休みの屋上
「ひとくち、ちょうだい」
そう言って、彼は口を開ける。
僕は食べかけのメロンパンをちぎって、それを彼の口の中に放り込んだ。
「美味い」
そう言って彼はそれを咀嚼する。
本当に美味しそうに食べるなあ、と僕はそれをぼんやりと眺めていた。
昼休みの屋上。
本当は立ち入り禁止だけれど、僕たちは並んで昼食を取っている。立ち入り禁止と言っても、看板に「立ち入り禁止」と書かれているだけで鍵は開けっ放し。だから、自由に入ることが出来る。でも、それを破る人は居ない。ここは進学校だから、皆、ルールを守って生活しているのだ。
そんなルールを破っているのは、僕とコウ。
僕は、自分で言うのもなんだけど、成績は学年トップを死守している。優等生、ってよく言われる。変な肩書。
コウは、僕と同じクラスの生徒。成績は真ん中くらい。見た目が派手なので、ちょっとこの学校で浮いている。
どうして、こんな正反対の僕たちが友達になったのか。それは数か月前にさかのぼる。
僕は、この屋上から飛び降りようとしていたのだ。
***
「おい、死ぬなら俺が居ない時にしてくれよ」
昼休み。
屋上に忍び込んだ僕は、背後からの声に驚いた。
柵に手をかけていた僕に声を掛けてきた人、それがコウだった。
「……ここ、立ち入り禁止だよ?」
「お前が言えることか?」
まったくその通りだと思った。
僕は身を乗り出すのを止めて、彼の方へ向かった。
「……何してるの?」
「何って、飯を食ってる。見れば分かるだろ、優等生」
焼きそばパンを齧りながら彼は言った。
茶色い髪が太陽を浴びて金色に見えた。校則で染髪は禁止されているから地毛なのだろうか。もっとも、今こうやって校則を破っているんだから染めていてもおかしくない。
僕は、焼きそばパンを平らげる彼をぼんやりと眺めていた。彼は僕の視線なんか気にせずに、傍らのペットボトルのお茶をごくごく飲みだす。
「……はあ」
「何だよ。溜息なんか吐きやがって」
「だって、僕、死のうとしていたのに……何かやる気無くなっちゃった」
「それは災難だったな優等生。で、何で死のうとなんかしたんだよ?」
「何でって……」
「成績優秀。友達たくさん。そんな人生なのに何で捨てようとしたんだよ」
「それは……自分でも良く分からないんだ」
「はあ?」
彼は素っ頓狂な声を上げた。まったく意味が分からないという顔をしている。
だって、しょうが無いじゃないか。僕だって、良く分からないんだから。
単に、優等生でいる自分に疲れてしまったのかもしれない。
毎日、同じことの繰り返しの毎日に飽きてしまったのかもしれない。
とにかく、今朝目が覚めた時に「学校から飛び降りよう」と決めてしまった。そして、今に至る。
そう説明したら、彼は盛大に溜息を吐いて、僕の前に立った。背が高い彼は、存在自体に迫力がある。
立ち上がった彼は、手を僕に伸ばしてきた。
――あ、ぶたれる。
そう思った。けど、違った。
彼は僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、困ったように笑ったのだ。
「じゃあ、昼休みだけでも優等生止めるか?」
「えっ?」
そうして、僕は昼休みになると屋上に通うことにしたのだ。
***
「良い天気だよな」
「そうだね」
「課外学習がしたい」
「理科の授業?」
「違う。社会科」
「町の探検?」
「そう」
昼食を食べ終えて、予鈴が鳴るまで僕たちは短い会話を続ける。
本当に良い天気で、日差しが心地良い。
ふと、コウが動いたと思ったら、伸ばした僕の膝の上に頭を置いてきた。重い。
「ちょ、何?」
「ちょっと寝る。チャイム鳴ったら起こして」
「自分勝手だなあ」
「今更だろ」
そう言ってコウは目を閉じた。
ああ、もう寝る気満々だ。僕は仕方なく、膝の上の頭を撫でた。ぴくり、とコウが動く。
「くすぐったい」
「ごめん。何か撫でたくなった」
「子供か」
「子供だよ、僕たち」
ふん、とコウは鼻で笑って、また目を閉じた。
明るい髪が眩しくて、僕も目を閉じる。
良い天気。
ずっとこうしていたいな、なんてコウが聞いたらどう思うだろう。
コウは僕にとって、かけがえの無い居場所になっている。失いたく無い、大切な人。これを皆、恋っていうのかなあ……。恋なんかしたこと無いから分からない。けど、最近、コウと居ると心臓がどきどき、どきどきと忙しないのだ。
もっと大人になったら分かるかな。
こんなこと、学校の授業では教えてくれないから困る。
その時、無意識だろうか、コウが僕の手を握ってきた。
僕の心臓が跳ねる。
僕はコウを見るけど、彼は目を瞑ったままだ。
「コウ……?」
「……」
「……おやすみ、コウ」
それから、予鈴が鳴るまで手を握り合ったまま過ごした。
スピーカーから大きな音でチャイムが鳴り響く。さすがのコウもその音で目を覚まして起き上がった。
「良く寝た?」
「……ああ」
「どうしたの?」
「いや、手……」
「あ……気にしてないよ! 無意識だよね。仕方ないよ」
「……」
「それより、早く行こう? 授業始まっちゃう」
僕たちは立ち上がって屋上を後にする。
後ろを歩くコウが呟いた。
「……優等生って言っても、鈍いにも程がある……」
「何?」
「いや……」
でこぼこの僕たちは肩を並べて歩く。
明日も、明後日も。
こんな日が、ずっと続けば良いな。
そしていつか……コウが僕のことを好きになってくれると良いな。
そんなことを考えながら階段を降りる。
頭上で大きな溜息が聞こえて来たけど、何の意味かまったく分からなかった。
昼休みの屋上 水鳥ざくろ @za-c0
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