嘘つきな石神くんと信じすぎちゃう栗花落さん

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

転校生がやってきた

「はじめまして、栗花落つゆり鳳蝶あげはです!」

 小学五年の夏休み明け。なんかすごい名前の転校生が現れた。

 小柄で髪の長い、清楚な印象の女子だった。高そうな花柄のワンピースがひときわ目を引く。

 自己紹介を終えた彼女は、人好きする笑顔を振りまきながら席に座った。

 見るからに「いいとこの娘さん」って感じだなあ。貧乏暮らしの俺には縁の無さそうなキャラだ。


 と、思いきや。

 休み時間の時に予想外のことが起こった。

「あなた、石神って名字なんだ。珍しいね!」

 俺よりも百億万倍珍しい名字の栗花落さんが話しかけてきたんだ。

「ねえ石神くん。もしかして石とかに詳しいの?」

 名字が石神だからって、そうとは限らないでしょ。普通の人ならそう言うだろう。けれど俺はこう返してやった。

「鋭いね。実は俺……。いや、わしは『石はかせ』なんじゃ」

 クラスの誰かが「また出たよ、石神のホラ吹き」と笑った。

 俺は自他共に認める大嘘つきだ。嘘で人を楽しませるのが大好きなんだ。

「石はかせは何でも知ってるぞい」

「ほんとに!? すっごーい!」

 栗花落さんはぴょんぴょんと飛び跳ね、驚きの感情を全身で表現していた。

 ……本当に、予想外だなコレ。栗花落さんってこんなキャラだったのか。

 でも、ここまで喜ばれて嬉しくないわけがない。栗花落さんには俺の嘘をとくと味わってもらおう。

「文鎮ってあるじゃろ? 書道の授業で使うやつ」

「あるね! 重たい石だ!」

「あれは隕石から作られておるのじゃ」

「そうなの!?」

「隕石には、なぞの『ぎんがエネルギー』が含まれておる。だから文鎮はあんなにも重いんじゃよ」

「そうなんだー! 文鎮のこと、もっと大切にしよっと!」

 口からでまかせの嘘をヒャクパー信じ切っている栗花落さん。ヤバい、楽しくなってきた。

「石のことならなんでもござれ。何故ならわしは石神だからじゃ!」

 ビッとポーズを決めると、栗花落さんがぱちぱちと手を叩いてくれた。

「石はかせ! 質問していいですか!」

「何でも答えるぞい」

 俺は偉そうに腕組みをした。はかせってこんな感じか? どうだろ?

 栗花落さんは満面の笑みを浮かべて言った。

「世界で一番綺麗な宝石って、なあに?」

 宝石、か。栗花落さんの家っていかにもお金持ちっぽいから、そういうのに興味あるんだろうか。俺はビー玉と水晶玉の区別もつかない自信があるぞ。

 宝石、宝石……。ダイヤモンドとエメラルドくらいしか思いつかない。けど、そのまま答えちゃ面白くないな。

「私はアレキサンドライトだと思うんだけど、どうかな?」

「違うぞい。もっともっと美しい宝石が、世の中には存在するんじゃ」

 そのアレキサンドライトってのが何かは知らんけど。ライトって名前に付くくらいだし、相当明るいんだろうな。

「教えてよ石はかせ!」

「よかろう。では答えを発表するぞい。それは……」

 もったいぶるフリをしつつ、答えを告げた。

「スーパーウルトラデラックスパワーストーンじゃ。略してスパデラ石」

「スパデラ石……? 何それ? どれだけ綺麗なの?」

「見続けると失明するくらい綺麗だと言われておる」

「そんなに!?」

「美しすぎるというのも困り物じゃな」

 スーパーでウルトラなうえにデラックスなんだから当然だろう。そんなもん存在しないけど。

「スパデラ石かあ。一度見てみたいなあ」

「それは止めておきなされ。その危険性ゆえに、石神家の手で厳重に保管されているんじゃぞ?」

 笑いながら言うと、栗花落さんが突然、真剣な目で俺を見つめた。

「石神くんは、持ってるの? スパデラ石を」

「お、おう。石神家は石のプロフェッショナルだからな」

 栗花落さんが俺の手をがっしりと握った。心臓が高鳴り、はかせっぽい口調を忘れるくらい緊張してしまう。

「じゃあ今日の放課後遊びに行くね!」

「え、マジで。さすがにそれは」

 と話している最中に、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。栗花落さんはたたーっと自分の席へと戻ってしまった。




「ここが石神くんのおうちかあ〜」

 あのあと結局、栗花落さんに押し切られて家まで案内することになってしまった。

 しかし、こんなお嬢様を俺んちみたいな2Kのボロアパートに連れてくるのは気が引けるよ。ってか恥ずかしい。

「ようこそ栗花落さん。ここが石神家の研究室だ」

 なので自宅ではないと嘘をついてみた。

「ここが研究室!? すごい、普通のアパートみたい!」

「研究が忙しくなると寝泊まりが続くからな。住めるようにもなってる。あと隣の部屋は覗かないでくれ。研究の内容は極秘なんだ」

 寝室には夜勤明けで爆睡中の母さんがいる。なので研究室ということにしておいた。

 さて……。一度眠りについた母さんは滅多なことじゃ起きたりしないけど、あんまり騒ぐのもマズいな。栗花落さんには早めに帰ってもらわないと。

「早速で悪いんだけど、今日はスパデラ石を見せることは出来ない」

「ええ〜? せっかく来たのに?」

「封印を解くのに時間がかかるんだ。だから今日はお詫びの品をあげる」

 引き出しから手のひら大の石を取り出した。

「これは伝説の鉱物、オリハルコンだ」

「オリハルコン!? 何それ!」

「国宝級の武器を作るための材料とされるものだ。あの聖剣エクスカリバーもオリハルコン製なんだぞ」

「へえ〜! 何だかよく分からないけどすごいね!」

 本当は河原で拾ってきた綺麗なだけの石だけど。

「こんな大切なもの、私がもらっていいの?」

「いいっていいって。お近づきの印ってことで」

「そっか。じゃあ今度は絶対にスパデラ石を見せてね!」

 そうして、この日は栗花落さんと別れたのだった。




 栗花落さんと仲良くなって数日が経った。嘘つき名人の俺は、何でも信じる栗花落さんと話すのが楽しくて仕方なかった。


「四つ葉のクローバーって、食べると美味しいらしいぞ」

「へえ〜。でも食べるのはもったいないなあ」


「小学生がシャーペン使うのは法律で禁止されてるんだって」

「そうなんだ!? 先生が鉛筆しか使わせてくれないのは法律で決められてたからなんだね」


「俺、本当は宇宙人なんだ」

「すごい! どこの星で生まれたの?」


 でもさ、いくらなんでも信じすぎなんじゃないか……。まさか宇宙人説まで真に受けるとは思わなかった。最初は面白半分にやってたけど、なんだか怖くなってきたぞ。

 クラス内では「明るい天然キャラ」みたいな感じで通ってるからいいけど、そのうちトラブルに巻き込まれるんじゃないのか?

 そして、そんな俺の予感は的中してしまうのだった。


「栗花落って子、居る?」

 放課後、六年生の女子が教室にやってきた。

「栗花落は私でーす」

「教頭先生が呼んでたわよ。案内するわ」

 言われるがまま、栗花落さんはホイホイとついて行ってしまった。心配になった俺はこっそり後をつけた。すると、校舎の物陰で案の定な光景が広がっていた。

「こんなとこに教頭先生来るの?」

「あんなの嘘に決まってんでしょ。それより栗花落さんってさあ、目立ってるよね」

「そう?」

「いっつも高そうな服着てさ。ファッションショーでもやってんのかって感じ」

「えへへ、ありがとう!」

 これが女子特有のイビリってやつか……! ただ栗花落さん本人はそうと感じてなさそうだった。天然恐るべし。

「ムカつくなあ、おいっ!」

 六年女子が乱暴に壁を蹴った。これにはさすがの栗花落さんもビクっと震えた。

「あんた馬鹿にしてんの?」

「そんなこと、ないよ……」

 たちまち泣き顔を浮かべる栗花落さん。

 いてもたってもいられず、俺はその場に飛び出した。

「石神くん!?」

 栗花落さんは驚きと喜びが入り混じったような声で言った。

「誰、あんた」

 六年女子はギロリと俺を睨みつける。

「私はこの子と話してんの。とっとと出てけ」

 改めて見ると、この六年女子かなり怖い。背も俺より高いし。

「なにアンタ、ビビってんの?」

 俺よりも低い声で挑発する六年女子。悪かったな、怖いんだよ!

「男子のくせに情けないの」

 鼻で笑う六年女子。しかし、それを聞いた栗花落さんが思わぬことを言い出した。

「石神くんを馬鹿にしないで! 凄いんだよ! 石はかせで宇宙人なの!」

「石はかせ……?」

 なんでこの場面でそんなこと言うかなあ!? 頼ってくれるのは嬉しいけど!

「ぶあっはっはっは! 石はかせで宇宙人〜? なに? UFOから隕石でも降らせてくれるってわけ? あーこわ!」

 ……俺は。嘘で人を笑わせるのは好きだが。

 嘘を馬鹿にされるのは、一番嫌いなんだよ!

「それじゃあお望み通りに隕石降らせてやろうかああ!?」

 ブチ切れた俺は、ポケットから隕石ビー玉を取り出して投げつけてやった。

「痛っ! 止めろって痛いから、マジで!」

「だったら帰れ!」

 六年女子は「あーうぜー! 死ね!」と捨て台詞を残して去っていった。

「石神くん、大丈夫?」

「ああ……」

「さすが宇宙人だね!」

「それなんだけど、さ」

 栗花落さんは、疑心の欠片も無さそうな目で俺を見つめている。

「俺は大嘘つきなんだ。石はかせでも宇宙人でもないし、スパデラ石なんか存在しない」

「え……?」

 身を裂くような思いで真実を告げた。けれど、誰かが彼女に教えてあげるべきだったんだ。「疑う」ことの必要性を。

「俺は人を傷つけるような嘘は言わないけど、全ての人がそうとは限らない。さっきの六年女子みたいに」

 栗花落さんは信じられないという顔をしていた。

「だから栗花落さん。人の話はもっと疑ったほうがいいよ」

 栗花落さんは答えなかった。代わりにうんうんと悩んでいる様子だった。

「難しいのなら、俺が協力するから」

「協力……そうか!」

 何やら明暗を閃いたらしい栗花落さん。

「石神くん、私に嘘を教えて!」

「なんでそういう結論になるんだよ!」

「私はバカだから、なんでも信じちゃう。でも、嘘を覚えれば他人の言った嘘も分かるようになるでしょ?」

 そういうものだろうか。

 でも理由なんかどうでもよかった。大嘘つきな俺でも、栗花落さんを守りたいという気持ちだけは本当だから。

 そのためなら、どんな嘘だってついてやるさ。

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