塔の上の姫と天空の騎士

明通 蛍雪

第1話

月光病。月の光を浴びないと体が衰弱し徐々に死に至る病。

私がこの病にかかってから一度も外へ出たことはない。国で一番高い塔に住み最上階の部屋で一生を過ごす。物心ついた時にはこの部屋で暮らし一度も街に降りたことはない。退屈でつまらない日常。その中唯一の楽しみ。天空の騎士様との会話だ。

爺やの引退の代わりに任命された騎士のレドは、私と同じくらいの歳なのに色んなことを知っている。話の中に登場する、見たことのない物の数々は私の心を埋めていった。

「レド、もっとないの?」

「姫様、一日一個の約束です。それにそんなに話したら話がなくなってしまいます」

レドは真面目すぎる。約束は必ず守るし時間に遅れることもない。仕事はきっちりこなすし粗相も働かない。少しくらい隙があっても良いのに。

「レド、今度街に連れて行って」

「姫様も諦めが悪いですね。ダメですよ。姫様を連れ出したら私が怒られます」

「怒られるだけならいいじゃない。それにあなたならできるはずよ。王国最強の騎士なんだから」

「そういう問題では…」

「約束ね!」

私の言葉にレドはため息をつく。レドは約束は破らない。勝手だろうが言ったもん勝ちだ。レドは真面目で頭が硬いから断わらない。

「満月の日はダメですからね」

「やったー!レド大好き!」

私が抱きつこうとするとさらりと躱される。こういうところも隙がなくて硬い。レドが来てから一度もレドに抱きつけていない。

「過度な接触も控えるように言われているので」

「二人しかいないんだからいいじゃない」

「そういう問題時じゃありません」

そう言ってレドは自身の部屋に戻っていく。

私の下にレドの部屋が用意されているが私は一度も入ったことがない。 レドは食事の時以外は上がってこない。私の身の回りの世話は全てレドがやってくれる。食事の用意も部屋の掃除も全て。

だから私は毎回部屋を散らかしておく。そうすればレドが長くいてくれるから。レドは文句を言わないがたぶん呆れてる。それでも私はレドが好き。今の目標はレドに抱きつくこと。最近はレドも少しなら部屋に残ってくれるようになっている。少し肩の力が抜けてきたのかも。

レドがいない時は用意された本を読む。定期的にレドが下から持って来てくれらから私の部屋は本で一杯だ。夜になれば天井に大きな窓が現れ部屋を月光で照らしてくれる。月の光を浴びなければ死んでしまう私はこの部屋から出られない。

月光病は気付かずに死んでいく人が殆どだ。だから私は恵まれているのかもしれない。でもこんなところに閉じ込められるのはつまらない。

「レド…」

「呼びました?」

「ひゃっ⁈」

扉のすぐそばにレドが立っていた。

「ノックしてよ!」

「三回ほどさせてもらいました。返事がないので寝たのかと。それと今日は新月ですので」 「はいはい」

私の返事も半ばにレドは準備を始める。新月の日は月の光が浴びれない。一日浴びないくらいで影響が出る病ではないがそういう決まりらしい。

「アポストル」

レドがそう唱えると掌サイズの龍が現れる。月光龍アポストル。通称アポちゃんは月の光を溜め込み放つことができる。普段は私の為に月の光を溜め込んでくれている。

アポちゃんの光を吸収するように私の体も淡く輝く。

「綺麗ですね」

「そうだね」

アポちゃんは放出を終えると自然といなくなる。今の流れならいけるかもしれない。

「えい!」

「姫様、突然飛び跳ねたら危ないですよ」

「避けられたぁ」

不意の一撃は華麗に躱される。これで五十二回目。もういい手が思いつかず正面から行くしかない。

部屋に入ったタイミング、料理中、掃除中、寝ている振りから。最近は諦め気味で抱きつくのにも考えるのをやめてしまった。

「レドは私のことが嫌いなの?」

「この国の民は皆、姫様のことを愛しています」

「そんなことが聞きたいんじゃないのに」

「では、おやすみなさいませ」

私の声が聞こえていないのかレドは部屋を出て行く。淡白な態度は任命された時から変わらない。今日も私の負けで終わった。

「おはようございます。朝食の時間です」

「おはようレド」

テーブルの上に並べられた料理は洒落ている。栄養のバランスも良く、朝食に丁度いい量で重くない。私は朝はあまり強くない。寝ぼけたまま食事を口に運んでいるとレドが近付いてくる。

「口元、汚れていますよ」

「あ、ありがと」

今なら…いや、食事中は行儀が悪いか。レドに怒られちゃうし。

思ったよりもレドの顔が近くにあり頬が熱くなる。それを誤魔化すようにテーブルの上を見つめる。いつ食べても美味しいと感じる料理は全てレドの手作り。本当になんでもできる隙のない男。

「ご馳走さま、レド」

「はい。お口に合いましたか?」

「うん。ところで料理なんてどこで習うの?」

私の素直な疑問はおかしなことではない。私の護衛に選ばれる騎士は国の最強の騎士だ。 選ばれるのは騎士団からだけではない国中から腕自慢が集まる。多くは騎士団が勝つがレドは珍しい外部からの勝者だ。戦闘においては優秀だがそれ以外の技術はどこで磨いたのか。 「大会で勝った後に一年かけて執事の仕事を教わります。あとは戦闘訓練も。それぞれ専属の師から合格がもらえれば姫様の護衛につけます」

「大変なのね。そこまでするなんてどれだけ私のことが好きなの?」

「命をかけるには十分なほどですよ」

「え…。な、何言ってんの⁉︎そんなこと言っても何も出ないんだから」

冗談のつもりで言ったのに本気で返すレドに調子が狂う。

本当はレドを照れさせた隙に抱きつく算段だったのに。レドがあまりに真剣な顔で言うからこっちが恥ずかしくなったわ。

「姫様、街に降りるのは今日の夜でいいですか?」

「え、うん。いいよ。意外と行動力あるよね」

「約束ですから」

意外にもあっさりと連れて行ってくれるレドの提案に私は驚きつつも賛同する。ということは今日の夜に街に降りられる。

凄く嬉しい。何を着て行こうかな。

夜のことを想像して気分が高まる。衣類は全て大きなクローゼットにしまってある。種類は季節ごとで色々あり、最近はまだ冷え込むため暖かい格好がいい。

「レド、街の案内お願いね。何も知らないからレドのオススメの場所に連れてって」

「畏まりました」

レドはそう言って部屋を出て行く。私も夜に向けて準備をしなければならない。

そう言えばレドの好みってなんだろ。

かなり一緒にいるがレドの好みを私は知らない。レドの話は面白いが、レド自身の話はあまり聞かない。今まで何をしていたのか、どこで生まれたのか、何が好きで嫌いか。知りたいことは山ほどある。

服を着ては脱ぎ次を出す。それを繰り返しているうちにいつものように部屋が散らかっている。だがお陰で着て行く服も決まり、あとは夜を待つだけとなった。今日は無駄な時間をレドにかけさせないために部屋は自分で片付けておく。

「姫様、お時間です…どうされました?」

部屋に入って来たレドは少し驚いたように目を開く。部屋が綺麗なことに驚いたのだろうか。

「では行きますか」

レドは深くは追求してこなかった。レドの驚く顔が見れたから良しとしよう。

「姫様、これを着てください」

黒い外套を手渡され、それを羽織ると全身がすっぽりと隠れる。

「今日は寒いですし、それなら正体がバレることもないでしょう」

せっかく私が服を選んだのにそれが全て無駄になった。

レドは私が着るのを待ってアポちゃんを呼んだ。今の時間帯はレドに与えられる唯一の自由時間らしく、街に降りる許可も出ているらしい。

掌サイズのアポちゃんは外に出るとみるみる大きくなった。小さい時は可愛かったが今はとても綺麗で美しい。

「姫様、行きますよ。時間は有限ですから」

アポちゃんに見惚れていると、その背中に跨ったレドが手を差し出す。龍の背の上がここまで様になる人はいないだろう。

「ありがと」

レドは私の手を取り後ろに乗せる。

「揺れますから、ちゃんと掴まるまっていてくださいね」

言われた通りにレドの腰に手を回す。

あれ、これ今抱きついてる?抱きつけてる?

「行きます」

レドがアポちゃんを操り大空へと飛び立つ。部屋の窓からとは違う街の眺めに感動を覚える。

「レド、今日は街に降りなくていい!ずっと飛んでて!」 「畏まりました」 もう少しだけこの景色とレドの背中を堪能していたい。私は掴む手に力を入れて、今感じている全てを記憶に焼き付けた。

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