第6話 宿屋




メイはひたすら明るい方を目指して歩いていた。

明かりに近づく程に人通りも多くなっていく。

恐らくアントランドの中心街へと近づいているのだろう。


当たり前ではあるものの、こんな時間に少女が歩いているのが珍しいのかジロジロと見られる事もあるが、面倒事が嫌なのか皆我関せずという感じだ。


しばらく歩いていると、街道の傍らに宿屋を見つけた。


『旅荘 岩山丘』


(.....ここで良いかな。)


見た目は目立つが、テーマというか綺麗さを感じる宿。

ゴツゴツとした岩の様な岩壁に、蔦が這っていて、ゴーレムの様な上半身の模型が入口の木製扉の上で客を歓迎している。

旅荘と言うからには、旅人向けのサービスが充実しているのだろう。


少しばかり重厚な木製扉を開けて中に入る。

ギイッという渋い音と同時にチリンチリンという心地よい音色のベルが揺れた。


正面には受付カウンター。

両脇に上階への階段が伸びる。

そして受付を挟んで両側のホールは食堂といった所だろうか。


「いらっしゃい。」


低い声で、受付に座っていた小太りの男性が声を掛ける。


「金は持ってるか?」


第一声が金の心配なのは普通のハンターや商人等の一般客には失礼だが、装備を纏っているとはいえ相手が10歳程度の少女では無理もない。


「あっ、はい。持ってます!」


そういってギルドの交換所で貰った革袋を手渡す。

パンパンに膨らんだ革袋の中身を見て男性は目を丸くしたが、「こんなにいらない...。」と言って金貨1枚を取り出し、銀貨を2枚入れて革袋を返した。


メイにはこの世界の通貨の知識は無いが、今の感じだと金貨は現代での1万円程度、銀貨は1枚2000円程度なのだろう。


ありがとうございますと礼を言うと、バインダーに挟まれた受付用紙を渡される。


名前、住所、連絡先、所属。

一泊銀貨3枚。食事は別途。

チェックアウトは翌日の昼。

食堂は朝の8時から夜の9時まで。


条件は中々に普通。文句は無い。

名前にはメイとだけ書き、住所は空欄、連絡先も空欄、所属はハンターズギルド(アントランド)とだけ書き、渡す。


受付の男性(恐らくこの宿の主人であろう)は、チラリと目を通し、「2階へどうぞ」と鍵を渡してきた。

空欄で出した所もあったが、ハンターともなれば珍しくは無いのであろう。

まだ正式にはハンター証を持っていないが、確認はされなかった。


綺麗に掃除の行き届いたレトロな木製の階段を上がり、指定された部屋に鍵を開けて入る。


部屋の中はワンルームで、柔和な色合いの腰壁とオレンジを基調とした壁紙、床にはワインレッドのカーペットタイルが敷き詰められていて、暖かさを醸し出している。

玄関部分で靴を脱ぎ、短い廊下を歩きながら横の扉を確認。

右側にはクローゼットと、トイレ(しかも洋式)、ペーパーはダブルだ。

左側には脱衣場兼洗面室から風呂場へと繋がっている。

風呂場は狭いがカビもなく白く清潔、簡単なジャグジーまで付いている。

現代社会ではユニットバスと呼ばれている部類のものだ。


「めっちゃ良い宿やん...!」


着用していた皮の鎧と武器、黒のカーゴパンツと白のTシャツはクローゼットにしまい、空間魔法から取り出したピンクのパジャマを着用してフカフカなシングルサイズのベッドに腰をかける。

思わず不慣れな関西弁を使ってしまうほど良い部屋、宿だった。


(これでテレビでも在ればなぁ…。)


どうやらこの世界には通信技術、電波やそれらを使う機械は無いらしい。

なんとも残念である。


まだしばらく寝れそうに無いため、ポスンとベッドに横たわる。



『オイ!オレ様の事忘れてんだろ!!』



頭の下から声がする。



「あぁ、ごめんね『ラン』ちゃん、喋らないから忘れてたよ。」


そういっていつの間にか潰していたらしい『トカゲ』を頭の下からポイッと取り出しその辺に投げる。


『オレ様がギルドで喋ったらもっと大変だったんだぞ…』


床に放り投げられた事は別に良いのか、ベッドに這い上がりながら文句を言う。


「別に大丈夫でしょ。」


あっけらかんと言う彼女に、『ラン』と呼ばれたトカゲは開いた口が塞がらない。


「ランちゃんは心配性なんだよー、あそこで喋った所で対応は変わらないよ。」


『バ、バッカヤロウ!只でさえ異常な扱いだったのによ、オレ様が喋ったりなんかしたら魔力が無い『召喚士サモナー』として尋問とか拷問とかはたまた解剖までされたかもしれねぇ...!後いい加減ちゃん付けやめろ!』


「そんなに大袈裟じゃないってば。ちゃん付けは私の両親を『殺した』罰だからダメー!」


そう言いながらランに無邪気な笑顔を向けるメイ。

メイリーン・フォルワーズ・ド・ハルバートの両親を殺した、つまり『暗黒竜』。


『それは本当にすみませんでした!』


土下座、トカゲに土下座があるのかは知らないが、それに近い格好で頭を垂れるラン。


「ねぇ、デミドラン。」


『どうしたメイ、急にフルネームなんかで呼んで。』


『暗黒竜デミドラン』。

それは、戦闘力や魔力から何から何まで魔物が束になっても敵わない『古龍』の中の最高峰。

そして、『伝説』上の生物。

王都ハルバートを滅ぼした張本人。


「これで良いんだよね。仕方ないとは割り切れない部分もあるけど、良いんだよね。」


『あぁ、着実に前進しているさ。こうしてオレ様が生きているのも、あの時のメイの気持ちが本物だったからだろう。嫌になったらいつでも投げてくれ。覚悟は出来ている。』


「うん、大丈夫。あなたのした事は許さないし、許す気も無い。けど、今は私の大事なペットだよ。ありがとう。」


自分がどんなに凄い事をしているのか、大変な事を成そうとしているのか、例によって彼女は知らない。


『あぁ、だが、ペット扱いはやめろ!』


そう言いながらデミドランも、悪い気はしてないようだ。

1人と1匹は少しの談笑を交わし、床についた。






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