第20話 追記・・・
二匹の犬がシンとリナという名前を授かり、親方の店に同居するようになって二週間ほど経ったある日の夕方、三人の男女が店を訪れた。
一人は常連客の秀雄であったが、彼が連れてきた客人はこの店に初めて訪れる初老夫婦だった。年のころは五十路を越えたあたりか。
「親方、連れて来たで。」
秀雄は店の奥で仕込みをしていた親方を呼び出し、連れてきた客人を紹介する。
「このたびはご招待に預かりまして、ありがとうございます。」
品の良さそうなご婦人があいさつをする。
その声を聞きつけた途端、店の裏から一匹の犬が飛び出してきた。
リナと名づけられた方のメス犬だった。その犬は夫婦の周りを尻尾を振って駆け回っていた。まるで再会を喜んでいるかのように。
秀雄が連れてきた客人はリナの両親だった。
「お母さん、この子がお話していたリナちゃんです。」
そういった途端、リナの母親はその犬を抱きかかえて頬ずりする。その様子を見ていた父親も堪らずリナを抱きかかえる。
少なからず、失った娘の面影をその犬に見出したに違いない。
後からやって来たオス犬は少し離れた場所で座り、じっと黙ってその様子を見ていた。
親方はあらためて二匹の犬の様子を見て驚く。
「ヒデちゃん、シンちゃんのヤツ、ワシらがリナちゃんに頬ずりしたら怒るくせに、この二人やったら黙って見とる。」
すると父親はメス犬を抱きしめて母親に呟いた。
「母さん、この子は連れて帰ろう。リナの生まれ変わりやって言うんなら。」
「お父さん、それはこの子の意志に任せましょう。私たちが決めることやないです。もし、ホンマにリナの生まれ変わりやったら、リナの意思でここに姿を見せたんやで。ウチに帰って来たかったんやったら、ウチに来てるはずやろ?」
母親は犬を抱えて離そうとしない父親を諌めた。
父親の手から下りたメス犬は、スルスルとオス犬の側まで駆け寄り、続いて二匹並んで両親の前まで来て座った。まるで彼を紹介するかのように。
「そんなアホなことがあるか。」
嘆くように言葉を発し、目の前の光景に信じられないといった表情を隠せない父親と、奇跡の光景を見て歓喜の表情を見せる母親。二人の感情はやや違っていたが、両親を見つめるメス犬の瞳を見て父親の決心も固まったようだった。
父親はゆっくりとオス犬の元へ歩み寄り、その頭を撫でてニッコリと微笑んだ。そして覚悟を決めたように親方に語りかける。
「リナは彼のところへ嫁にやったと思うようにします。親方さん、これからもよろしくお願いします。ときどき会いに来てもいいですか。」
「お父さんもお母さんも、遠慮なくいつでも会いに来てやってください。」
母親の頬にいく筋もの涙がつたうのが見える。
「たまには実家にも帰っておいでな。それぐらいはよろしいな親方さん。」
「もちろんですがな。ワシもシンちゃんは弟やと思もてましたし、弟にええヨメもろたと思て大事にさしてもらいます。たまには実家にも帰ってもらうようにしますさかい、そんときはよろしゅうたのんます。」
親方はリナの両親に深々と頭を下げた。
リナの母親も親方に丁寧にお礼を述べ、そして犬たちに語りかける。
「進也さん、リナをヨロシクネ。リナ、進也さんに幸せにしてもらうんやで。」
「アウン。」
彼女の潤んだ目が印象的だった。
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