ミホ尽しても逢はむとぞ思ふ

旋風次郎

第1話 プロローグ・・・

この物語の主人公であるシンちゃんこと鈴本進也と、その同僚のヒデちゃんこと長沢秀雄がいつものようにとある焼き鳥屋に足を踏み入れたのは、年度末がすぐそこに足音を忍ばせて迫っていた如月の夕暮れだった。


役所関係の仕事が多い彼らの仕事は、二月から三月にかけてが詰め込み仕事のピークになる。彼らは今日もそんな詰め込み仕事に明け暮れていた。ようは、年度末に当たる三月までに、必要な数字をこなし、必要な実績を挙げなければ、上の方から睨みを利かせているお偉い方々から怒られるといった仕事である。

ある仕事などは会議を開くだけ。こっちの仕事は消耗品を購入して、得意先へ配るだけ。さらに今現在手がけている仕事は、三月末に開催されるであろうイベントで配るためのチラシを印刷するだけといった仕事である。

そんな追っかけられるような仕事に嫌気が差したとき、彼らは焼き鳥パーティーに出かけるのだ。パーティーといっても多くのお客さんを招待するわけではない。単に二人して焼き鳥屋に行って、酒盛りをするだけなのだ。それが二人のレクレーションであり、鬱憤を晴らす唯一の共通行事だった。


今夜も彼らは鬱憤晴らしのために焼き鳥パーティに出かける。この日はいつもよりも少し遠いところの店を散策することになっていた。今は便利な世の中であり、どの辺りにどんなお店があるのか前もって検索できる。そう、インターネットである。彼ら二人は来年四十に手が届いく世代であり、インターネットもさほど疎遠ではない。仕事でもかなりの頻度で活用している。

そんな彼らが暖簾をくぐった焼き鳥屋はネットでの評判もよく、人気店で予約の取りにくい店であった。

ともあれ、さほどグルメでもない二人である。味の評価はそこそこにして、焼き鳥を片手にビールを胃袋へ流し込む。冬だというのに二人はいつもビールである。秀雄が極端なビール党なので、よほどでない限り進也もそれに倣うことにしている。きっと嫌いではないのだろう。


かなり頃合のいいタイミングで秀雄がこんな話を始めた。

「シンちゃん、ちょっと面白い店があるみたいなんやけど、行ってみる?」

互いに「シンちゃん」、「ヒデちゃん」と呼び合う仲であるが、会社において誰もかしこまって彼らを苗字で呼ぶ人などいない。いるとすれば、せいぜい仕事関係の初対面の人ぐらいか。

会社の後輩からも下の名前で呼ばれているし、上司などは呼び捨てである。四十になってもさほど偉いポストにもついてない、しがないサラリーマンの成れの果てといったところであろうか。

それはさておき、秀雄の言う面白い店ってなんだろう。

秀雄は進也よりも冒険家で、店の検索パターンが進也とはかなり違う。進也の場合は割りとひなびた店や古風な店を中心に探していくのだが、秀雄は少しグロテスクな店や遊び心満載の店まで検索してくれる。

進也は少し遠慮がちだった。一度秀雄に連れられて行った店では、ワニの唐揚やカンガルーのステーキが出てきて、かなり驚かされたこともある。今回もそういうたぐいの店だろうか。しかし、お腹の方は満腹メーターがそこそこの警笛を鳴らしている。

進也が少し渋い顔をしていると、秀雄はニヤニヤしながら面白そうに話す。

「今から行くところはもう食べれるもんはないで。いや食べようと思たら食べれるかな。ちょっとニュアンスは違うかもしれんけど。」

「酒の方もそろそろゴールが近いで。もうソフトドリンクでええぐらいやし。」

「もちろんそれでもええで。あとはシンちゃんのお好きなように。」

お好きなようにといわれても、メニューも趣向もわからないのに選びようがないとは思わないのだろうか。それともそれが彼なりのお遊びなのだろうか。

「とりあえず、行ってみよ。どんなとこかは行ってからのお楽しみってことや。」

まあ、彼が面白いというのだから、きっとそれなりに面白いのだろう。

進也はちょっとだけの期待感を持って彼の後に続いて歩き始めていた。



会話の語尾や端々を聞いてもらっても解かるとおり舞台は大阪である。

進也も秀雄も揃って大阪生まれの大阪育ち。

コッテコテの関西弁が会話の主流である。

その雰囲気も本編には関係するので、登場人物の会話内容は、そのまま関西弁で記述していくが、それではあまりにも読者諸君には解りにくくなる可能性もあるので、会話の部分以外は標準語で進めていくこととしよう。



今夜は天気も良く月も明るい。街中なので流石に満面の星空は見えないけれど、商店街のネオンは眩しい。二人は入り組んだ繁華街のアーケードをいくつか渡り歩いたところにようやく辿り着く。

「あそこの角を曲がったところにあるはずや。」

秀雄は前もってプリントアウトしていた地図を頼りに指を刺す。

「あった、あった。」

彼が見つけた看板は、1メートル四方はあるかと思われるピンク色のド派手な看板。

『エロチックナイト』

およそ店の名前である程度はどんな店か想像できる。

「ヒデちゃん、もしかしてココ?ボクはこういうところ苦手なん知ってるやろ。」

「まあまあ、そう言わんと。昔からこういう店を専門にしてるオイラの友人が、楽しいからぜひ行って見たら、っていうお勧めのお店らしい。ボッタクリやないことも確認済みやから大丈夫やで。」

そういって秀雄は店に連れ込むように進也の背中を強引に押す。進也も今日は少しばかり懐も暖かいし、たまには彼に追随してみるのも悪くないかな、なんて気まぐれな遊び心を出してしまったのがイケなかった。

進也がやや渋い表情を呈しながらも、やがて二人してこの店の扉を開けるのである。

そこは紫色をイメージさせるライトがきらめく、派手な音楽が流れる大人の色香が漂う空間であった。進也はそこで何が行われているのか全く解らなかった。

その店は嬢と呼ばれる女の子たちが薄い着衣も露に、とてもセクシーに接客する店なのである。一般的にはツーショットキャバクラと呼ばれていることが多い。

扉を開けると、中から黒い服を着たボーイらしきお兄さんが出てきて、お好みの嬢を受け付ける。

「いらっしゃいませ。女の子のご指名はどうされます?」

全くの不問な進也は秀雄に仕切りを任せるしかない。

「ここはどんなシステムなん。どんな女の子がおるん?女の子の一覧とかはないん?」

「初めての方ですか。でしたらこの中からお選び下さい。」

といって渡されたのがブロマイドのカード。

スタイルのみで顔が見えないように撮影されている写真のカードが5~6枚。今日はそれだけの女の子がスタンバイしているということだろう。

二人して初めての店なので、行き当たりばったりでいくしかない。秀雄は彼好みのスレンダー系の、進也はこれも彼好みのおっぱい系のブロマイドをそれぞれ引いた。

そして二人は、妖しい紫のゲートをくぐるのである。



進也のこのときの家庭環境はというと、妻とはすでに別居中で、まもなく離婚が成立する予定である。二人いる子供も高校生と中学生。流石に中学生には影響があるのかもしれないが、男の子ならばさほどでもないだろう、などと考えているようだ。

秀雄も既婚者であり、二人の娘がいるらしい。遊び人の彼のことだから、妻はすでに諦めているとかいないとか。



ここからしばらくは、物語の主人公である進也の様子を伺っていこう。

進也は昔ながらの古風な客車のシートを改良したようなシートに案内され、緊張しながら座っていた。

やがて彼の隣にひとりの女の子が現れる。

「ミホです。よろしくね。」

初めての挨拶は、シートの前に片膝をついて名刺を渡すことから始まり、すぐさまセクシーな衣装で男たちの目を楽しませてくれる。

ミホは見た目が少しクールな性格のようだが、それはそれで進也にとってはそそられたりする要因になるのである。

こういう店ではある程度のボディータッチが許されるのだが、ある程度って?

彼女に聞くところによると、

「指名されてるから、どこ触ってもええよ。でも優しくね。」

って笑顔で答える。特に進也はおっぱい大好き星人であるので、ふくよかなおっぱいが存分に堪能できれば、ある程度以上の楽しい時間を過ごせるようだ。

キスだってかなり濃厚だ。彼女はいきなり舌を絡ませて進也に挨拶を求めた。進也もそれに応えるように威勢を張る。

そんな彼女は、店の雰囲気に慣れない進也を優しくリードしていく。進也も覚悟を決めて彼女に身を任せるが、どうしていいかわからないまま、緊張感だけがありのままにミホの目には映し出されていたようだ。

「うふふ、可愛い。」

キュートな若い女の子にこんなこと言われて楽しくないわけがない。

どうせ外れたタガなら、お利口さんになっている必要はない。思う存分にエロチックな享楽を嗜むべしである。進也は慣れないながらもそう思うことにした。

「綺麗そうなおっぱいやね。ちょっと見せてもらっていい?」

黙ってうなずく彼女に甘えて、彼女のビキニを少しずつずらしていく。トップまで綺麗な放物線を描いている。

「これはとっても綺麗なおっぱいや。ちょっと触ってもいい?」

彼女はこれにも黙ってうなずいて、体を進也に預けてくる。

やや手の中に収まらない程度の適切に値する、というか、どうやら進也は彼女の美しいバストラインが気に入ったようだ。


今日の彼女は何人かの指名客を抱えており、何分か置きに席を離れた。そのたびにヘルプと呼ばれる指名の客を持っていない嬢が指名客の留守の間の相手をしてくれるのだが、この夜にヘルプに来てくれた嬢たちはこぞって香水まみれの体を進也に擦り付けていった。

そのあとで進也はミホの匂いに気づく。

「香水の匂いせえへんね。他の女の子は結構な匂いをプンプンさしてるけど。」

「昼間も仕事してるから、あんまり香水とかつけられへんねんけど、やっぱりつけたほうがいい?」

「ボクとしては今のままがいい。」


考えてみれば、通常の世界では奥さん以外の女性にそのような行為に及べば、強制的に塀の中へ直行させられる。それがわずか(でもないが)数千円である程度までは達成できるのだから、進也としてはそれで充分だった。しかも好みのタイプのボディーをである。

しばらく女性の体から遠ざかっていた進也は、彼女のふくよかで若くて美しい体に翻弄されながらも、適度な満足感を得ていた。まるで今まで忘れていた女性の体を思い出したかのように。

以前の進也なら、最初の1セットだけで帰ってしまっただろう。過去に一度、秀雄に連れられて行った時はそうだった。しかしこの日は彼女の美しい曲線に魅せられてか、躊躇することなく延長を申し出ている。1セット四十分だから、2セットで一時間二十分と言うことになる。この時間をフルに使って、進也は心地良くて柔らかい女の体を思い出しながら官能を楽しんだ。

結果的にその夜は秀雄も進也も思いのほか満足して帰宅することになるのであった。


「どうやった、そこそこ楽しかったやろ。オイラの友人に感謝したってな。」

「そうやな、たまにはこんな遊びもええんかもな。それにボクについてくれた彼女はとっても可愛くて、ええ匂いがした。あの匂いは堪らんな。癖になりそうや。」

「シンちゃん、そんな匂いフェチやったっけ?初めて聞いたで。これは面白い。」

進也の新しい一面を発見した秀雄はたいそう喜んだ。

それは鶯が鳴き始めたのもまだ気づかない如月の浅い夜のことだった。



後日、職場で進也と秀雄とであの店の話になると、異様に盛り上がっていた。実は秀雄はその後も進也に内緒で、そこそこ通っていたらしい。

当時は物珍しさと、その時に相手をしてくれた彼女の印象がとてもよかったので、しばらくはずっと進也の記憶の中に残っていた。

されど、セクシーキャバクラと呼ばれるその店は普通のサラリーマンが毎週のように頻繁にゆったりと満喫できるほどリーズナブルではない。彼が通うには出張時の経費を節約したり、小遣いを色々と工面したりしなければならなかった。

思えば贅沢な遊びだ。実は進也もあの夜の後、こっそりとミホを目当てに訪れていた。思い出さずともよかったのに、あのおっぱいの感触と彼女の匂いを思い出してしまったからである。

物語の続きはその夜のことから綴り始めよう。

そう、彼女こそが本編のもう一人の主人公となる人物なのである。



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