【KAC3】オリオン輝く星の彼方

しな

Toward the stat

 夜の屋敷は薄暗く、静まり返っていた。


「なんだ……ザル警備じゃないか」


 月明かりに照らされた通路を、目的の部屋を目指し進んでいた。

 しかし、流石に世界有数の貴族、ベネトナッシュ家の本家の屋敷と言ったところか、目的の部屋が一向に見つからない。


「何部屋あるんだよ。多すぎやしないか?」


 かれこれこの屋敷に侵入してから三十分以上経つのだが、さっきから同じところを行ったり来たりしているような気がする。

 入り組んだ通路を右に行ったり左に行ったりをなんど繰り返しても目的の部屋は見えてこなかった。


「ほんとにこの屋敷にあんのか?」


 とうに夜は更け、ずっと神経を研ぎ澄ませていたせいか、大分疲れてきた。

 疲労のせいで注意力が散漫になっていたのだろう。

 通路に置いてあったサイドテーブルにぶつかり花瓶を落としてしまった。

 落ちた花瓶はガシャンと盛大な音を立てて割れた。


 瞬間警報音が屋敷中に鳴り響いた。

 捕まっては元も子もないので今日は諦めて脱出を試みる。

 だが、流石に警備員の対応が早く、早くも見つかってしまった。


 警備員とは逆方向に一目散に走る。

 右、左、右と、何度も角を曲がる内に屋敷の最奥の部屋へとたどり着いた。

 勢いよく部屋の扉を開き、腰の短剣を取り出し構える。

 部屋は、何十畳もある巨大な部屋だった。


 辺りを見回し警備員が居ないかを確かめる。

 部屋の中には沢山のぬいぐるみや遊び道具が散乱していた。


「誰かいるの?」


 部屋の奥の方からか細い声が聞こえた。恐らく子供の声だろう。

 声のした方に歩いていくと、そこにはキングサイズをも遥かに凌駕するサイズのベッドが設置されていた。


 ベッドには一人の少女が身体を起こして座っていた。

 次第に月明かりが少女を照らした。

 咲き頃を迎えた紫陽花のように綺麗で高貴さを感じさせる紫色の長髪に、硝子のような瑠璃色の瞳を携えた少女だった。


「怪しい者では無いよ。決して……君は?」


 流れるように嘘をつき問いを返す。


「私はラムダ=ベネトナッシュ。ベネトナッシュ家の一人娘」


 そこまでの会話をしたところで入口の向こうが何やら騒がしくなってきていた。

 恐らく追っ手が来たのだろう。


 部屋の隅にある窓を開け外へ飛び降り脱出しようとした。


「もう……行っちゃうの?」


 ラムダと名乗る少女はどこか寂しそうな声で言った。

 外からは今にも警備員が部屋への扉を開けようとしていた。


「大丈夫。またすぐ会えるさ」


 そう言い残し飛び降りる。

 地面に着地すると、全力疾走で街中を抜ける。路面の石畳を走る音が静まり返った街中に響いた。

 ようやく隠れ家まで戻ってきた。


「ラムダ……か」


 あの部屋で会った少女のことが何故か頭から離れないでいた。


 あれから一週間経った。

 次侵入する際には迷わないように、屋敷の外観から部屋数や構造を把握するため屋敷へと足を運んだ。


 ベネトナッシュ家は、500年の歴史がある由緒正しい貴族で、昔から、信頼できる貴族を家ごと配下に置いていた。

 今は恐らく、プレアデス家とヒアデス家を、配下に置いている。

 昔はアルデバラン家いう貴族が配下にいたらしいが、訳あって追放されたらしい。


 俺が盗もうとしているのは、アルデバラン家が追放された際にベネトナッシュ家に押収されたと言われるアルデバラン家の家紋入りのブローチだ。


 この時代の貴族は家紋入りのブローチを仕える家に納めることで配下として認められていた。

 貴族にとってブローチとは貴族である身分証明書なのだ。それを取られれば勿論貴族として認められない。


 俺の父親も怪盗をしており、ブローチを盗もうとしたが捕まり処刑された。

 その跡を俺が継いで今に至るのだ。


 屋敷の下見を終え、構造を大体で紙に書き写す。

 次は、絶対に失敗できないので、念入りに計画を練ってその日に備える。


 そして夜になると、また屋敷まで足を運び、侵入に最適な場所を実際に敷地に入って探す。

 入口や裏口は当然警備員が配置されており、侵入は厳しそうだった。

 そうなると2階しか選択肢が残っておらず、あとは2階のどこの窓から入るかだった。


 二階の窓の外の犬走を慎重に歩き最適な場所を探る。

 丁度角まで来た時だった。

 角を曲がって直ぐにあった窓がゆっくりと開いた。

 急いで身を隠そうとしたが、二階の犬走りにそんなと場所は存在しなかった。

 腰の短剣に手を置き身構える。

 しかし、 窓から顔を覗かせたのはラムダだった。


 ラムダは俺を見つけると嬉しそうに手招きした。

 警備員でなくて安堵のため息を漏らしラムダの元へと歩み寄る。


「何でここにいるの?」


「言っただろ? また会えるって」


 それを聞いたラムダは少し目に涙を浮かべ笑顔で頷いた。

 ラムダがその時浮かべた涙の理由が俺には分からなかった。


「それより君こそなにをしてるんだ? こんな夜遅くに」


「私、星が好きなの。でも私ね……この部屋から出た事ないの。食事も勉強も遊びもいつもこの部屋。外に出るのはお父様がダメだって言うから……せめて、一番星が綺麗な時間は窓から星を見るの」


 ラムダの顔はとても寂しそうだった。


「何で外に出して貰えないんだ?」


「私、二十歳になったらこの国の王子と結婚させられるの。私が誰かと駆け落ちして結婚の話が無くなることを防ぐために私の外出を禁じてるの」


 恐らくこの日からだろう。この話を聞いて俺の目的は変わりつつあった。

 ラムダとの話し込んでいるうちに疲れたのかラムダは眠ってしまった。

 華奢な体をそっと抱き上げベッドに寝かせ窓から脱出する。


 作戦決行を二週間後と定め俺は、毎日深夜になるとラムダの元へと訪れた。

 他愛ない話をしたり、星の話をしたり、マジックを見せてやったりと、最大限ラムダを楽しませた。

 ラムダも楽しんでくれていた。


 しかし、数日後いつも通りラムダの部屋を訪れようとしたが、いつもとは違う。嫌な予感がした。

 元々窓があった場所は綺麗に塞がれていた。

 恐らく俺と話していたのがバレたのだ。


 その日は仕方なく帰宅しざるを得なかった。


 家に帰り布団に入り考えた。何故俺はブローチを盗もうとしているのかと。それは、父親に託されたからであり、自分の意思ではない。

 程度は違うが、どこかラムダと似ていた。自分の意思では無く親の思いに振り回され、運命に翻弄されてきた。


「次で最後だ……」


 何度目の訪問だろうか。

 背中に背負ったリュックサックから発煙筒と爆竹を取り出し、爆竹に着火する。

 それを入口にいる警備員の付近に投げる。

 数百発の爆竹が炸裂し、あっという間に煙が立ち込める。


 警備員が仲間を呼ぶ声が聞こえた。恐らくブローチを死守する気だろう。

 だが、それも計画通りだった。

 作戦通り二階の犬走から更に屋根へ登る。


 憶測だがこの真上にそれはある。


「やっぱり……あったか」


 呼吸を整えそれの元へと向かう。

 ガラス製の天窓。

 真下を見下ろし安全確認すると、 腰の短剣を抜き、柄を勢いよく振り下ろす。

 天窓は音を立てて割れ、破片を落下させた。

 中には飛び降りると、ラムダの姿があった。

 ラムダは俺を見つけると走りより抱きついた。

 優しく抱きしめてやりたいが、そんな時間は無かったか。


「ラムダ落ち着いて聞いてくれ。ここから出て遠くへ逃げるんだ」


「でも……」


「大丈夫。俺がついてる」


 そう言うとラムダは無言で頷いた。

 どうやら、爆竹も発煙筒も切れ、ブローチも無事が確認されたようで、おびただしい数の足音がこの部屋に向かってくる。

 天窓に腰のホルダーからフックショットを取り出し射出する。

 しっかり引っかかったことを確認すると、ラムダを抱え巻き取りを開始する。

 体が上昇を開始すると同時に部屋の扉が勢いよく開いた。

 恐らく父親らしき人物も見受けられた。

 ラムダの父親らしき人物は、ただただラムダに向かって手を差し伸べる事しか出来なかった。

 無事脱出に成功すると、フックショットをホルダーにしまい、屋根から飛び降りる。

 そのまま民家の屋根の上を月明かりの下疾走する。

 すると、ラムダが思い出したかのように言った。


「そう言えば、名前をまだ聞いてなかった……」


「俺は、ゼータ……ゼータ=アルデバラン」


 ――俺とラムダは進み続けた。彼方に輝くオリオン座を道標に。














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