始まりは偶然の出会いから

禾遙

出会いは偶然に

「木村……」

「ぐ、偶然!まさかこんなところで会うなんてね。お、お邪魔しちゃ悪いし私行くね。じゃ!」

「お、おい!引っ張るなって……」

「早くっ!」


掴んだ腕をグイグイ引っ張って前へ前へと進んでいく。チラリと後ろを振り返ると、可愛い女の子に手を引かれた田村と目が合った。思わずさっと目をそらす。そのまま公園の奥へと歩いて行った。


あの2人と同じ空間に、居たくなかった。


「おーい、もういいか」

「あ、ごめん。お兄」


何も言わずに腕を引っぱられて付いてきてくれたお兄の腕を離し、足をとめる。


「こっち駅とは逆方向だけど」

「だからごめんってば!……はぁ、なんか疲れた。悪いけどお兄一人で行ってくれない?」

「えぇ……ま、いいけどさ。お前どうすんの?」

「ちょっと散歩して……帰る」

「ま、いいか。じゃ、適当に俺選んじゃうけどいいんだな?」

「うん、お願い」


今日はお兄と一緒にお母さんの誕生日プレゼントを選びに行くところだった。家から最寄り駅まではこの無駄に広い公園を突っ切ると近道だ。入口は4ヶ所あって遊具があるエリアや、芝生で遊べるエリア、林道があるエリア等様々に分かれる。そこで偶然、本当偶然あいつに出会ってしまったのだ。


田村春樹


同じ高校の同級生、そして私の片思いの相手である。よく話す友達だったが、好きだと気づいてからは素直になれず悪態ばかりつくようになってしまった。このままでは良くないとわかっていたが、だからといってすぐ素直になる事など出来なくて……。


「はぁ……」


お兄が一人で歩いて行くのを見送って、近くのベンチに座った。


「まさか彼女居たとか……」


そうなのだ。先程見たのは可愛らしい女の子に手を引かれて歩く田村の姿だった。あんな穏やかに笑ってる姿なんて見たことない。……やっぱり彼女は特別ってわけか。

なんだか悔しくて、思わずお兄と腕を組んで恋人を装ってしまった。そんなことしても虚しいだけだったけど。


「はぁ……帰ろ」


暫く目を瞑ってベンチに座っていたが、いつまでもこうしてるわけにはいかない。パチリと目を開けると、何故か目の前に田村がいた。


「はえぁ!?」


驚きすぎて変な声が出てしまった。


「な、なんでいるの!?ってかいるなら声かけてよ!」

「あ、わりぃ」


驚き過ぎて立つタイミングを失ってしまった。


「そこ、座っていい?」

「え?あ、うん。いい、けど……」


ベンチは大人3人くらいが座れる大きさ。私はずれて端っこに移動した。そして人1人分を空けて田村が反対側の端っこに座る。


沈黙が気まずい。


いや、何でここに居るのさ。デートの途中だったんじゃないのか?チラリと聞こえた会話では女の子とケーキを食べに行くとか言ってたはず。


「…………彼女は?」

「…………帰った。木村の彼氏は?」

「…………帰った」


また見栄をはってしまった。

彼氏なんかじゃないよ、お兄ちゃんだよって、何故普通に言えないものか。


「……何?」

「……べつに」


無駄に見られると本当気まずい。田村に彼女がいるってことは私は失恋したってこと。なのにその直後に見つめられるとか、なんのいじめ。


失恋。


そう、だよね。失恋したんだ。

さっきまでよく理解してなかった頭がゆっくり動き出し、その事実を認めてしまった。


ダメだ、泣いちゃダメ。


そう思っても視界が歪んでいくのが止められない。助かったことに、田村はさっきの言葉で前を向いてこちらを見ていないのでまだ誤魔化せる。早く、立ち上がらないと。


ピロリロリン……


「あ、電話」


スマホを取り出し見てみると、何故かお兄からだった。丁度良いと田村と反対を向くようにして電話をとる。その時さり気なく涙も拭っておいた。


「……何?……え?だから何でも文句言わないって……えー……でも……わかった、今から行くよ。はーい、じゃ駅前ね」


はぁ、今出掛けられる気分じゃないんだけどな。やっぱりついて来いって、今更?って感じなんだけど。だったらさっき連れてけっての。


「……さっきの彼氏?」

「え?あぁ……まぁ」

「そいつのとこ、行くの?」

「早く来いってうるさいからさ」


しかしよく考えるといいきっかけなんじゃなかろうか。もう田村の顔見るのも辛いし……お兄にやけ食いでも付き合ってもらうか。勿論奢りで。


「じゃ、私行くから」

「…………」

「また学校でね」


出来るだけ顔を見ないようにさっと立ち上がり挨拶をする。そして駅へと向かうため歩き出そうとした、その瞬間。


「え?」


がしりと腕を捕まれ驚いて振り向く。


「な、何?」

「…………くな」

「え?」

「あんな男のとこなんか行くなよ!」


驚きすぎて声が出なかった。

いや、意味わからないんですけど。


「あんな男なんかより俺のとこにいろよ!」

「え?」

「……俺にしとけって言ってんだよ」

「いや、何が」

「俺はお前が好きだって言ってんだ!」


「え?」


この男が何を言ってるか、訳がわからないのだけど。


「だ、だってさっき彼女と」

「妹だよ!……お前に彼氏がいるの見て頭きて、彼女って否定しなかったけど」

「嘘……」


え?田村って私の事好きだったの?


「返事はすぐじゃなくていい……ってか少しくらい考えてほしい」


田村はこちらの顔をじっと見つめて真剣な顔で言ってくる。ヤバイ、ドキドキが止まらない。


「可能性は無いかもしれないけどさ。ちょっとは木村の頭ン中、あいつじゃなくて俺のことでいっぱいになって欲しいなって……はは、俺女々しいよな」

「え?」

「じゃ、俺行くわ」



「……え?」



田村は泣きそうな笑顔を最後に浮かべてさっさと歩き出してしまった。


何で?どうして泣きそうな顔するのよ。

嬉しかったのに……むしろいつもあんたの事で頭いっぱいって、言いたかったのに。私も、好きだって……。


何で行っちゃうのよ。


『あいつじゃなくて俺のことでいっぱいになって欲しいなって』


『あいつじゃなくて』


あ、さっきのはお兄ちゃんで彼氏じゃないって言ってない。


「ま、待って!」


私は田村を追いかけた。

男の子の足は早くて、追いつくのに全力で走ってしまった。


「はぁ、はぁ……待ってって……はぁ……言ってるじゃん」


驚いて振り向いた田村の目と私の目がバチリと合う。そんな怯えた目をしないで、私も貴方の事好きなのに。


「言いたいことだけ言って、勝手に行くんじゃないわよ!」


あぁ、違うこんな事言いたいわけじゃないのに。


「可愛い彼女だと思ったら妹?何それ!」


違うの、違うのに!


「私は!」

「もういいよ、ごめん。……もういい」

「え?」

「そうだよな、彼氏が居るのにあんな事いって気持ち悪いよな。ごめん、やっぱ忘れて。……早く彼氏のとこ行ってやれよ」

「ちがっ……」

「じゃあな、また学校で」


そうじゃないの、私は、私は……。


「私もあんたの事好きだって言ってんの!ちゃんと聞いてよ!」

「え?」

「私もあんたの事、好きなの!」

「だ、だって、おま……え?彼氏は?」

「………………………お兄」

「は?」

「あれは私の正真正銘のお兄ちゃんだって言ってんの!」

「マジで!?」

「……まじで」


じっと見られ、思わずさっと目をそらしてしまった。


「……はは、何だよ俺ら、マジ馬鹿みたいじゃんか」

「いや、あんた元から馬鹿じゃん」

「おいおい?それが好きな男に言う台詞かぁ?」

「はぁ!?ちょ、調子のってんじゃないわよ!?……好きなのは、認めるけど」

「……お、おう」


照れる。非常に照れる。


「あ、お兄さんは良いのかよ?」

「忘れてた」


ピロリロリン……


「あ、電話。お兄?……もしもし?今向かってって、は?なに?もう来なくていいって……はぁ!?……はぁ、まぁ、わかった。うん、じゃあね」

「何だって?」

「いや、来なくていいって」


一体何なんだ本当。

ま、お兄の電話がきっかけになってうまくいったから良いんだけどさ。


「じゃぁ、さ。木村この後暇?なら散歩でもして行かないか?」

「……いいけど」


散歩って……。もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうよ。

その時右手がすっと田村の大きな手につかまれた。


「……よし、行くか」

「……うん」


なんかどうでもよくなってしまった。相変わらずチョロい私。


お互いの顔が見れない真っ赤な顔の2人は、それでもしっかりと手をつなぎ、暖かい日差しの公園を歩いて行った。


これからはもうちょっと素直な2人になれますように。

















「行ったか?」

「はい、行ったみたいです」


2人の姿が見えなくなってからちょっとして。

さっきまで2人がいた後ろの茂みから、ガサゴソと出てきた2人。


そう、木村兄と田村妹である。


「なんなんですか、あの焦れったい感じ。危うく叫ぶとこでしたよ」

「いや、マジでな。我が妹ながら情けない」

「それを言うならこちらの兄こそです。でも……『あんな男なんかより俺のとこにいろよ!』だって!あーっはっは!マジ兄貴青春ウケる!」

「いやいや、うちの妹も負けてないぞ?『私もあんたの事好きだって言ってんの!ちゃんと聞いてよ!』だってさ!というかそれ以外恋愛要素の無いセリフばっかで呆れたわ!」


「「あっはっはっはっは!」


ひとしきり2人で笑い合う。いや、酷い兄と妹だよ。


「いやー、お兄さんいい仕事しましたね」

「だろ?あの絶妙なタイミングの電話の入れ方、俺天才じゃね?」

「くっ……悔しいが認めましょう!」


「「あっはっはっはっは!」」


「妹ちゃん、俺ら気が合うね」

「偶然ですね。私もそう思ってました、お兄さん」


お兄さんはうーん、と考えます。


「とりあえずケーキでも食べに行く?お兄ちゃんと食べに行く予定だったんでしょ?」

「え?良いんですか!?」

「その代わり俺の用事の母親へのプレゼント選び付き合ってくれる?」

「お安い御用です!」


さっき初めて出会った2人とは思えない程の、もうくっついてしまうのではないか?という距離で歩く2人。君達の兄と妹よりも恋人っぽい2人は、そのまま街へと歩いて行った。


新たな恋が始まったの、かもしれない。




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