キミと初めての、

犬甘

第1話

 カップルに甘い空気が流れるなんて、もはやドラマや少女漫画の世界だけだと思う。


「それでさ。そのとき田村のやつが」

 3ヶ月。

 今日はヒロとわたしが付き合ってちょうど3ヶ月記念日だってのに、

「ウケるだろ?」

 いつも通りたべっている。特に祝うようなこともしなければ、それっぽい会話すらない。ヒロの部屋でポテチをつまみ、ジュースを飲みながら他愛もない話をする。至って通常運転だ。

 そんなわたし達は、恋人だと言えるのだろうか。


 遡ること3ヶ月前。

「お前らほんと仲いいな」

「付き合ってんの? つーか、夫婦?」

 仲良しグループでヒロとの仲をからかわれたのをきっかけに、「じゃあ付き合おーか」ってヒロに提案された。わたしは、カレカノってものに憧れはあったし、ヒロとはクラスでいちばん――ううん、周りの誰よりも一緒にいてラクだと言い切れるくらいの相性だったので、オッケーしてみたわけなのだが。

 恋ってなんだろう。愛ってなに!?

 結局ヒロのことは面白いやつって印象のまま、関係そのものは、なんら変わらない。友達から恋人という名称に変化しただけ。

 ヒロだってさ。わたしのこと、気の合う友人くらいに考えていそうだし。


「リカ、聞いてる?」

 むくっとベッドから身を起こしわたしを覗き込んでくるヒロは、少年みたいなキラキラした目をしている。そんなところ、かわいいと思う。

「ヒロ」

「んー?」

「友達でいいよね」

「は?」

 祝いもしない3ヶ月記念日とか気にするの、なんか、ヤなんだ。ネットや雑誌の情報を鵜呑みにするわけじゃないけれど、普通、もっと甘いものなんじゃないの?

「わたし達。恋人は向いてなかった」

「いや。いやいやいやいや。いやいや!」

 何回言うんだよ。

「たんま!」

 珍しく慌てている、ヒロ。

「ヒロは、別れるの嫌なの?」

「当たり前だろうが」

「なんで?」

「え、ちょっ……。他に好きなやつできた?」

「別に」

「俺が嫌いになった?」

「んーん」

 嫌いなら、遊びに来ないよ。

「だったら。なんで……」

「恋人である必要性を感じない」

 そもそもに、付き合うってなに。

 漫画とかだとラブラブになっていくよね。一緒にいるだけでドキドキするものだよね。そんな雰囲気、アンタとじゃ流れないって思い知ったよ。

「感じてくれよ」

「どうやって?」

「そ……、それは。知らねえが」

 知らんのかい。

「だったら、もう――」

「ま、待て。はやまるな」

 今まさにビルの屋上から飛び降りようとしている自殺志願者を説得するみたいにガチな顔つきにならないでくれ。オーバーだ。

 それともヒロは、そんなにわたしと別れたくないの? 引き止める理由ってなに?

「わたしたち。デート、一回もしたことなかったね」

「過去形にすんな」

「過去だもん」

「な、なあ。どっか行こうぜ」

「どこに?」

「リカの行きたいところ」

 デートって普通、どこに行くものだろう。水族館とか遊園地かな。だとしたら、別にヒロと二人きりじゃなくていいし。友達としても行けるし。

「わたしたちってさ。恋人同士じゃなくても、行きたいところに行けるよね。そもそもに付き合ったのは、周りの後押しで。ノリっていうか。結局のところ、愛とかあったわけじゃないし」

 ということで、別れよう。うん。

「リカ」

 腕をつかまれると、グイッとヒロの方に引き寄せられた。

「……ヒロ?」

 急に神妙な顔つきになったヒロが、

「俺にチャンスちょうだい」

 今度は頬を染めてそんなことを言う。こんな顔、初めて見た。

「チャンス……って。なんの?」

 ヒロと揉み合うくらい日常茶飯事で。触れられるのは、これが初めてじゃないのに。

「そりゃあ。リカが俺に夢中になるための時間」

 ――え?

「もう無理するのやめるから」

「ムリ? してたの?」

「つーか。我慢って言ったほうがいいかな」

 ヒロは、なにを我慢していたの。

「俺がリカの前で、フレンドリーに振る舞い続けてたの。なんでかわかるか」

 そんなこと聞かれてもわからない。自然体でいたというだけの話じゃないの? どうして無理とか我慢するの。

「ガッついて嫌われたくない」

「……がっつく?」

「進みたいけど。正直、三ヶ月ぼっちで、先に進んでいいかわかんねーし」

 あれ、ヒロ。

 いま。……三ヶ月って、言った?

「覚えてたの? 三ヶ月って」

「そりゃあな」

 へえ。無頓着っぽいようで。ちゃんと、気づいてくれてたんだ。

「進むって?」

「は?」

「なにしたいの」

「…………」

「ヒロ?」

「この状況で、フツー聞く?」

「うん」

「恋人らしいこと。だ」

「なるほど」

 ヒロにもその気があったらしい。

「それじゃあ、」

「キスしよ」

 『なにしようか』って聞く前に返事されてしまった。

「きっ……キス!?」

 って、唇と唇の重なるアレのこと?

「わたしと?」

「他に誰がいんの」

 ヒロとわたしがキス? ほんとに?

「とにかく、別れるの嫌だから。せっかく付き合えたのに」

「……せっかく?」

「やっぱ気づいてなかったか。アイツらは。俺がいつまでもリカに告れないヘタレだから、見かねてあんなこと言ったんだろうな」

 ――付き合ってんの? つーか、夫婦?

「あ……あれってそうだったの?」

「ちゃんと考えるから」

「へ?」

「リカが俺のこと彼氏だって風に見てくれるように」

「……ヒロ」

「してもいい?」

 ヒロの問いかけに、静かに頭を縦に振る。

 不器用なのはお互い様。

 ヒロの意外と柔らかい唇からぬくもりを感じたとき、心臓が大きく鼓動していることに気づいた。

「まだ、別れたい?」

「……ううん」

「よかった」

 友達でいい、なんて嘘だ。

「ヒロ」

「ん?」

 初めてを積み重ねていくのは、キミがいいと思った。

「もっかい」



【終】

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