第2話 「ねえねえ、浅香さん。Dで、星高の王寺君と居たって本当?」

「ねえねえ、浅香あさかさん。Dで、星高の王寺おうじ君と居たって本当?」


 違うクラスの女子達に話しかけられて、頭の中で繰り返す。

 星高のオウジ?


「あ、あれじゃない?」


 コノが髪の毛を指に巻きながら言った。


「ほら、帰る少し前に、何か派手な飲み物持ってテーブルに来た男。」


「…ああ、銀縁のメガネかけてた奴?」


 あたしが空を見つめながら言うと。


「奴って…!!王寺おうじ君、星高で一番人気なんだよ!?」


 握りこぶしで言われてしまった。

 一番人気と言われても…


「へー、あの人一番人気なの?」


 コノが楽しそうに身を乗り出す。


「見た目だけなら、No.2の佐竹さたけ君の方がイケてた気がするけど。」


朝霧あさぎりさん…分かってないわね。」


 女子達は、コノの前で人差し指を立てて。


「今時のいい男は、顔だけじゃダメなのよ。」


 って。


「そんなの、分かってるわよ。」


 コノが、唇を尖らせて。

 あたしは、それを見て少し笑ってしまった。

 コノは、惚れっぽい。

 だから、まずは顔から入る。

 それから、ギャップのある男にもかなり弱い。



王寺おうじ君は、頭脳明晰、スポーツ万能、生徒会長もしてるし、なんたって王寺おうじグループの御曹司!!」


「…王寺おうじグループ?」


「知らないの?リゾートホテルや高級マンションって言ったら、王寺おうじグループじゃない。」


 知るか。そんなの。

 あたしは苦笑いしながら、みんなの会話を聞く。



王寺おうじ君から女の子に声かけるなんて、めったにないんだよ!!」


「へえ。だから何?」


「だから何って…浅香あさかさん、王寺おうじ君の事、落とすつもり?」


「落とすって。」


 笑ってしまった。

 そんな駆け引きは、もう要らない。

 だって、あたしは学生結婚に向かってまっしぐらなんだもの。

 そりゃあ、御曹司と言われると…少しグラグラ来るけど。

 そのちゃんは、あれで…すごくあたしを想ってくれてる。

 ……恰好がダサくても。

 ……自転車しか乗ってなくても。



「あたし、その王寺おうじ君とやらには興味ないなー。」


 窓の外に目を向けてそう言うと。


「絶対ね?絶対なのね?」


 みんなは、念を押して。


王寺おうじ君は、みんなのものじゃないとダメなんだから!!」


 …あたしは、アイドル並みの彼の人気に、少し同情すらしてしまった。





浅香あさかおとさん。」


 コノが違うクラスの男子と帰るって言うから。

 あたしは、一人でぶらぶらと表通りを寄り道しながらの下校。

 最近、佳苗かなえはテレビ出演が増えて、一緒に下校した事もない。



「はい?」


 音楽屋の前で声をかけられて、振り向くと…


「えーと…執事君?」


 半笑いで、ふざけて言ってみた。

 噂の王寺おうじ君。


「あー…」


 王寺おうじ君はポリポリと頭をかいて。


「名前、知ってくれてるんだ?」


 はにかんだ笑顔。

 …なんだ。

 笑うと可愛いな。



「学校で噂んなってた。」


「どんな噂?」


王寺おうじ君は、みんなのものじゃなきゃダメなんだって。」


「なんだそれ……一緒に歩いていい?」


「え?」


「いや、彼氏とかいるなら、悪いから。」


 ふうん。

 気遣いできる奴。

 なるほど。

 御曹司に持ってる偏見が、ちょっと変わったなあ。



「彼氏はいるけど、いちいちそういうの気にしない人だから。」


「あー…やっぱ彼氏いるか…」


「いないと思う?」


「だよね。」


 隣を歩きながら、王寺おうじ君は色々質問して来た。

 いつから彼氏って存在がいたのか。

 彼氏を作る時の基準って何なのか。

 前に、佐竹さたけ君と付き合ったのは、どういうキッカケだったのか。

 こんなの聞いて、どうするんだろ。



佐竹さたけの事…好きだった?」


「まあ、見た目は好みだったわね。」


「そっか。佐竹さたけみたいな見た目が好きなのか…」


「別に佐竹さたけ君がベストなわけじゃないわよ。あなただって、その似合わない銀縁メガネを外したら、印象変わるだろうし。」


 あたしが王寺おうじ君のメガネを見ながら言うと。


「…似合わないかな。」


 王寺おうじ君は、メガネを取った。


「うん。ない方が優しく見える。」


「冷たく見えてた?」


「んー…でもさ…」


「ん?」


「もしかして、わざと冷たく見せてる?」


「……」


 あたしの言葉に王寺おうじ君は無言。

 それから、少しだけうつむいて。


「ごめん…浅香あさかさん。」


 小さく謝った。


「何が?」


 王寺おうじ君は次の瞬間…


「…彼氏がいるって分かってるのに、止められない。君の事、好きになった。」


 メガネを外したままの顔で、まっすぐにあたしを見て。

 ちょっと…キュンとするような声でそう言った。






「やあ。」


「……」


 目を丸くしてるあたしの後で。

 女子生徒たちが、悲鳴とも雄叫びともとれる声で、騒いでる。

 放課後。

 帰ろうとして校門を出ると、王寺おうじ君がいた。



「待ってたんだ…一緒に帰っていいかな…」


「えっ。あー…それはー…」


 背中に聞こえる声を思うと、嫌がらせとか必須だよなー。

 面倒だなー。

 そりゃ、あたしが王寺おうじ君を好きなら、どんな事にでも耐えてみせる!!って言えるけど…

 キュンとはしたけど…好きって気持ちには届いてないし。

 …ん?

 でも、それってそのちゃんにも言える事だよね…



「分かった。いいよ。」


 とりあえずは、お試し期間と言うか。

 別に王寺おうじ君もみんなのものでいる必要もないし。

 あたしが隣に並んで歩きはじめると。


「いいのー?おと。」


 王寺おうじ君を挟んで、コノが言った。


「あ…君は…」


「音の幼馴染、朝霧あさぎり好美このみです。よろしくね王寺おうじ君。」


 ニッコリ。


「あ…あ、よろしく…」


 なんだろ。

 王寺おうじ君は歯切れの悪い返事。

 もしかしたら、普段はこんな感じで全然イケてないのかも?



「いいのー?そのちゃん迎えに来るんじゃないの?」


 げっ。

 そうだった。

 月水金はそのちゃんが迎えに来る。

 あのチャリで。

 今日は水曜日!!



「そうだったー…」


 額に手を当てて考えてると。


「あ…彼氏が迎えに?」


「うん。」


「そっか…」


 王寺おうじ君は食いしばって。


「彼氏に会ってみたい。」


 とんでもない事を言った。


「いやっ…それは…ちょっと…」


「えー、どうして?そのちゃんいい男じゃない。」


 コノの言葉に目を細める。


 あんた、そのちゃんの恰好見て、いつも笑うクセに!!


 目でそう訴えると。


 なんなら、あたしがそのちゃん引き受けようか?それとも王寺おうじ君?


 みたいな笑顔のコノ。


 ちくしょー…


 そうこうしてると…


おとー。」


 キコキコと少し変な音のする自転車と共に、そのちゃんがやって来た。


「と…あ、コノちゃんの彼氏?」


 そのちゃんは何も疑う事なく、王寺おうじ君をコノの彼氏にした。

 …あんた、今日も薄汚れたTシャツ着てくれてるじゃないのよ…!!


「うふ。そう見える?」


 コノが王寺おうじ君と腕を組んで、どこからか悲鳴と罵声が聞こえて来た。


「はじめまして。早乙女さおとめ そのといいます。」


 そのちゃんは満面の笑みでご挨拶。


「…王寺おうじ善隆よしたかです。」


 オウジヨシタカ。

 フルネーム、初めて知った。


「星高の制服だね。」


「はい。星高の三年です。」


 えっ、年上だったんだ。


王寺おうじ君、生徒会長なんだって。」


「へえ~すごいなあ。」


早乙女さおとめさんは、何をされてる方なんですか?」


「僕?僕は絵描きなんだよ。」


「絵…描き?」


「うん。」


「それって…」


 王寺おうじ君はそのちゃんの恰好を上から下まで眺めて。


「売れない画家…ってやつですか?」


 ズバリ、失礼な事を言った。


「うーん。残念ながら、まだ一枚も売れてはないなあ。」


 図星かよ!!

 って…あたし、そのちゃんの絵なんて見た事ないな。


「どんな絵を描いてるんですか?」


「色々だよ。風景も描くし、人も描く。」


「で…」


 そのちゃんを格下と思ったのか、王寺おうじ君は饒舌に話し始めた。


「この寒空に、彼女を自転車で迎えに来た…と。」


「寒いかなあ?二人乗りだとくっつくから温かいよ。」


 天然なのか、そのちゃんは嫌味にも気付かない。


「なんなら、うちのホテルにあなたの絵を飾るように言ってあげてもいいですよ。」


「えー、ホテルの息子さん?すごいねえ。でも、僕の絵は独特だから、なかなか気に入ってもらうには難しいかも。」


「もしかして…抽象画ですか?」


「うん。」


 チュウショウガ。

 なんだ、それ。


「それは…ますます成功するには難しいですね。いつまで画家を続けるつもりですか?」


「いつまでって、一生だよ。僕はもうそれを職業にしてるわけだから。」


「でも一枚も売れてないんでしょ?」


「うーん。やっぱり金額設定が高かったかなあ…先生に言われるがままにつけちゃったんだけど。」


「一枚、おいくらですか?」


 王寺おうじ君の問いかけに、そのちゃんは肩をすくめて。


「これぐらいのサイズのが、300万。」


 そのちゃんが手で作った『サイズ』とやらを眺める。

 それからゆっくり頭の中に金額が入って来た。

 …300万…


「300万!?」


「うん。来月は個展開くから、一枚でも売れるといいなって思ってる。」


 ニコニコのそのちゃん。

 さ…300万…


「売れたら、おとのために…」


「あ…あたしのために?」


「荷台にクッションつけるから。」


 ガクッ。


 そのちゃんの金銭感覚に肩透かしを食らうも…


「……」


 …ダメだ…

 そのちゃんの顔が…

 お金に見えてきた。

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