いつか出逢ったあなた 22nd

ヒカリ

第1話 「音、星高の佐竹くんをふったって本当?」

おと、星高の佐竹さたけくんをふったって本当?」


 クラスメイトで幼なじみのコノに問いかけられて、あたしは髪の毛をかきあげながら答える。


「だって、カッコばかりなんだもん。」


「えー、佐竹さたけくんって、星高のNo.2でしょ?結構いけてると思ったけど。」


「カッコだけね。しゃべると頭悪そうでさー。」


 リップグロスを、一塗。


おとって理想高いよね。前の彼氏なんて超かっこよかったのに、スパゲティの食べ方が気に入らないだけでふっちゃったもんね。」


 あたしは、女子高生。

 でも、少しばかりプレミアム付き。


 父親はF'Sのドラマー、母親はSHE'S-HE'Sのベーシスト。

 有名人の娘。

 身長は170cm、スリーサイズは上から85.55.81。

 まあ、スタイルはいいと思う。

 頭は…ご愛嬌。


 両親、兄ともにバンドマンだけど、音楽には興味なし。


 好みのタイプは金持ちで頭が良くて背が高くて顔も良くて…

 これは必須条件だわね。

 そうねえ…あと、尽くしてくれる人ね。

 あ、もちろん料理なんかもできて、動物好きで、清潔感のある…

 おまけにスポーツもできたりしたらいいかも。



「そういえば、おと。来月誕生日じゃん。彼氏作っとかないと。」


「あー、そうだ。」


 あたしは、大きく溜息を吐く。

 11月13日は、あたしの誕生日。

 17歳になる。

 やっぱり誕生日には彼氏に貢がせないと。


 去年の彼氏は20歳の金持ちの息子で。

 シャネルのネックレスとニナリッチの香水。

 おまけにレインボーブリッジを眺めながら食事して、大きなバラの花束までもらったっけ。

 でも、その男はクリスマスに指輪を持ってきて。


「結婚してくれ。」


 なんて言ったから、ふったけど。


 結婚なんて、とんでもない。

 あたしは、30歳まで遊びまくるつもり。

 みんなは早く結婚して子供を産みたいって言うけど。

 あたしには、子育てとか無理っぽい。

 だって、ずっと遊んでいたいもの。



おとー、そろそろ帰ろうよ。みんなDに行ってるって。」


「あ、そう。じゃ、あたしも行こうかな。」


 だるそうに髪の毛をかきあげて、あたしは靴箱に向かう。

 Dも久しぶりだな。

 あたしたちの、たまり場。

 踊ったり食べたり飲んだり…誘われたり。

 いわば、不健康な場所。

 でも、そんな刺激がないとやってられない。



「あ、いい男。」


 ふいに、コノが猫なで声で言った。

 その視線を追うと、校門に…


「…そのちゃん?」


 あたしは、校門にかけよる。


そのちゃん。」


 だるそうにしゃがみこんで頬杖ついてるそのちゃんに声をかけると。


「あ、おと。」


 そのちゃんは長い髪の毛をかきあげて立ち上がった。


「どうしたの?」


「いや、来月誕生日だなと思って。」


「…そうだけど…覚えてくれてたの?」


 あたしが嬉しそうな声で言うと。


おとこそ…覚えてたんだ?」


 そのちゃんは、満面の笑み。


「?」


 あたしが首をかしげてると。


「それが確認したかっただけ。じゃ、またな。」


 そのちゃんは、手を挙げて帰って行った。


 覚えてくれてた……って?

 何?



「誰かと思ったな、今のいい男。そのちゃん、色気のある男んなったねー。って言うか、お父さんソックリ。」


 コノが、あたしの肩にもたれかかって言った。



 そのちゃんは、うちの母親とコノの父親も所属してるのバンド『SHE'S-HE'S』でギターを弾いてる早乙女さおとめ千寿せんじゅさんの次男坊で。

 うちの兄貴と同じ歳。

 早乙女家の長男の詩生しおちゃんは父親の影響で、うちの兄貴とコノの兄貴と『DEEBEE』ってバンドを始めてデビューなんぞしてしまったけど。

 そのちゃんは、中学卒業後絵の学校に入って。

 今も…絵を描いてる。


 今時珍しい「日本風美形」で。

 長い髪の毛も丸い眼鏡も、お父さんそっくりだなと思うけど。

 職業が、絵描き。

 ちょっと、はやんないな。



「いい男になったけど、すごい格好してたね。」


 コノが、クスクス笑う。

 サンダルだったもんな。

 もう、素足じゃ寒いのに。

 しかも、油絵の具がついたようなTシャツ。

 あの男は、食えない。



「それより、早くDに行こ。」


 あたしは、少しだけ胸の中に何かがつっかえるのを感じながら。

 コノとDに向かった…。



 * * *



「じゃ、おーちゃん…17さいになったらボクとケッコンしてくれる?」


「うん。あたし、ソノちゃんのおよめさんになる。」


「ぜったいだよ?」


「うん。ぜったい。」



「あははは、じゃ、あたしとセンは親戚になるのね。」


聖子せいこと親戚…」


「何よ。嫌なの?」


「嫌じゃないけど、ならなくてもいい。」


「もうっ。意地悪だな。」


「あたしは賛成だなあ。親戚になれば、京介きょうすけ君も喋ってくれるかもだし。」


「あはは。この人、世貴子よきこさんは世界一強い女だからって緊張してるもんね。」


「…世貴子よきこ、そんな理由で親戚に?京介きょうすけさん、別に親戚じゃなくても喋りますよね。」


「……」


「えーと…」


「……」


「ほんとに一言も喋ってくれない…」


「よし。やっぱ早乙女家とうちは親戚になろっ。」


聖子せいこ…」



 パチッ。


 ものすごくハッキリしたドラマのような風景に、突然のように目を覚ます。

 何…今の…

 懐かしい夢やら思い出やら…何か…そんなことがあったような気がする。

 昔、うちでホームパーティか何かした時…

 今みたいな会話が…



「……」


 あたしは、何とも言えない気持ちで制服に着替えると。


「母さん。」


 キッチンに、おりた。


「ああ、おはよ。」


「おはよ…あのね。」


「うん?」


「昔ー…SHE'S-HE'Sの人達とホームパーティした時にさあ…」


 あたしは、コーヒーを入れながら問いかける。


「あたしとそのちゃん、結婚するって…そんなこと言ったっけ?」


 すると、母さんは動きを止めて。


「…そういえば、あんた来月で17?」


 あたしを、振り返った。


「…うん。」


「大変じゃない。ドレスとか選びに行かないと。」


「ちょ…」


 呆然としてしまった。

 本気だったの?


「ちょっと待ってよ。あれは子供の頃の話で…」


「だって、証拠ビデオもあるわよ?」


「証拠ビデオ?」


「……」


 呆れて、口が開いたまま。

 早速母さんが持ち出したビデオ。

 テレビに映し出されたそれには、確かに…あたしとそのちゃんが、結婚します!って…


「…あたし、まだ学生よ?」


「いたなあ。学生結婚した奴。」


「母さん。」


「あははは、そんなにムキになんなくても平気よ。だいたい今のあんたなんか、そのちゃん見向きもしないでしょ?」


「失礼ね。でも、昨日学校に来てさ…」


そのちゃんが?」


「うん。それで、来月誕生日だねって。」


「……」


 母さんは、キョトンとしたままあたしを見て。


「こんな娘でもいいって言ってくれるなんて…母さん涙が出ちゃいそう。」


 って、ウットリしてる。


「ちょっと…それ、どういうことよ。」


「よく考えなさいよ。あんたみたいに料理はできない口は悪い…いいのは顔とスタイルだけなんて、そんなのが通用する時代は、もう終わるのよ。」


「うっ…」


「それを、そのちゃんは…ああ、いい男だなあ。」


「……」


 何も言い返せない。


「こうしちゃいられないわ。京介きょうすけ起こしてセンのとこに打ち合せに行かなくちゃ。」


「なっ何言ってんのよ母さん。あたしは…」


「あんたも、結婚するまでに料理ぐらいは覚えてよね。」


 母さんはそう言ってエプロンをはずすと、寝室にかけこんで行った。

 あたしが眉間にしわをよせながらトーストをほおばってると。


「何でおまえ、もっと早く気付かねんだよ。」


「あんただって、忘れてたクセに。」


 父さんと母さんが、けたたましくやってきた。


おと、いよいよだな。」


 父さんは眠そうな目をキラキラさせながら、あたしの頭をクシャクシャにした。

 …普段超不愛想な父さんが、こんな顔するの…珍しい。


「…待ってよ。あたしは、結婚なんてする気ないからね。」


「まあまあ、照れるな。」


「照れてるんじゃないわよ。」


「ばかだな、おまえ。」


「え?」


 父さんは、あたしの前に座ると真剣な声で。


「今のままじゃ、おまえは普通の女子校生だぞ?」


「…それが何よ。」


「つまんねえだろ?」


「……」


「学生結婚なんて、スリルあるぞ?」


「…スリル?」


「学校にバレちゃ、まずい。友達にも打ち明けられない。極上の秘密だ。」


「……」


 ゴクン。

 思わず、生つば飲んでしまった。

 極上の、秘密。

 なんて、素敵な響き。



「適当な男選んで遊んでキャアキャア言ってても楽しいだけで何も身につかないけど、学生結婚すると最高のスリルと極上の秘密の上に、必然的に料理ができるようになるかもしれないっていう特典までついてくんだぜ。」


「…特典…」


 もう…

 言葉も魅力的なんだけど…

 こんなにスラスラと話す父さんが珍しくて。

 つい、必死に耳を傾ける。


「それにそのは絵描きって、とんでもない職業だけど、頭はいいし包容力もある。おまけに見た目は充分いける。」


「…うん…」


「チャランポランな男と遊ぶより、絶対トクだぜ。」


「……」


 何だか、だんだんその気になってきた。

 そうか…

 そんなふうに考えれば、結婚もいいかも。


「身内だけの結婚式になるけど、ウエディングドレスってのはきれいだぞ?」


 父さんの声が、だんだん神様のお告げのように聞こえてきた。

 あたしは少しだけ考えて。


「…そうよね…」


 小さく答える。

 すると、父さんと母さんはニヤッと笑って。


「じゃ、早速打ち合せを始めるから。」


 って…出かけてしまった。






 いや、待て。

 あたし…


 騙されてない?



 * * *



「…自転車?」


 校門の前、あたしは眉間にしわをよせる。

 そのちゃんが迎えにきてくれるって言うから、コノの誘いも断わったのに。



「車じゃないの?」


「俺、免許持ってないもん。」


 そのちゃんは、相変わらずの笑顔。


「えー…車の免許ぐらいとってよー。ドライヴにも行かれないじゃない。」


「ドライヴ?」


「デートよ。」


「電車で充分だよ。渋滞がないし。」


「でも、ラッシュがあるわ。」


「俺が守ってあげるって。」


「……」


 あたしは唇とがらせて不機嫌な顔してるのに。

 そのちゃんは、満面の笑み。


「さ、乗んなよ。」


「……」


 サンダルをペダルにひっかけて、そのちゃんは荷台をペシペシって叩いた。

 あたしは仕方なく荷台に横座りする。


「しっかりつかまってなよ。」


 そう言われて、無言でそのちゃんの腰に手を回すと。

 自転車はゆっくり走りだした。


そのちゃん。」


「んー?」


「あたしの、どこがいいの?」


 あたしが背中越しに問いかけると。


「うーん…一言じゃ語れないな。」


 って、笑いながら言われてしまった。

 …ま、いっか。



「小さい頃さ。」


「え?」


「よく、こうやって二人乗りしたよね。」


「……」


 あたしは、考える。

 そうだっけ…

 そのちゃん、よく覚えてるな。

 結婚の約束だって、あたしが5.6歳の頃の話じゃない。



そのちゃん、あの約束の時から、ずっとあたしだけを好きだったの?」


 まさかね。

 あたしは、そんなことを思いながら問いかけたんだけど。


「ああ。」


 そのちゃんは、当り前じゃないか、と言わんばかりに答えてしまった。

 あたしなんて、何人の人を好きになって…

 何人とつきあったかわからないのに。

 それから、あたしは言葉が出ずに。

 ただ…そのちゃんにしがみついて家に送ってもらった。

 すると…


「お、久しぶりじゃんか、その。」


 うちに帰ると、一人暮らし中の兄貴が帰ってて。


「よってけよ。」


 そのちゃんを、うちに招き入れた。


おと、コーヒー。」


「もう、自分でやんなよ。」


「おまえ、自分の結婚相手に。」


 兄貴がニヤニヤして言うもんだから。

 あたしは、唇をとがらせてキッチンに向かう。


 あーあ。

 でも、結婚してそのちゃんにお客さんとか来たら、こうしてお茶出したりしなきゃいけないのよね。

 そう考えると、面倒だなあ…



 とりあえずコーヒーとカステラをお盆にのせて兄貴の部屋に運ぶと。


『いいのかよ、おとと結婚なんて』


 兄貴の声。

 思わず、ドアの外で聞き入ってしまう。


『約束だったし』


『そんなの、ガキの頃の約束だろ?』


『でも、おとのこと好きだし』


『…ハッキリ言って、おとはそうじゃないと思う』


 うっわー…兄貴ってばキッパリ…


『うちの親はかなりその気んなってるけどさ…』


『うちの親もだぜ?』


『…本気かよー…』


『何、しょうは反対?』


『俺は、おまえに悪いと思ってさ』


『悪い?どうして』


おとの奴、おまえが思ってるような女じゃないぜ?』


『俺が思ってる…?』


『男とはバンバン遊ぶし…恋人作っちゃあ貢がせて捨てるし。きっと今回の結婚についてもさ、スリルがあるからとか、そんな感覚なんだぜ?』


 もうーっ!そんなこと言うなーっ!

 て言うか、なんで知ってる!兄貴!


『今時の女子校生じゃないか』


『それでいいのかよ』


おとおとだから』


 ……


 何だか、そのちゃんを見る目…変わってしまった。

 そのちゃんは…『あたし』を、本当に想ってくれてるんだ…



『おまえこそ、甲斐甲斐しい許嫁がいるらしいじゃん』


『…ああ、あいつな』


 佳苗かなえのことだ。


『毎日弁当持ってきてるって、兄貴がうらやましそうに言ってた』


『ふん』


『ははっ、照れてる』


『…そーゆーのとは違う』


 兄貴と佳苗かなえって、進展なさそうだけど…

 どうなってるんだろ。


「入るよー。」


 背中でドアを開けて入ると。


「ありがと。」


 そのちゃんが、お盆を受け取ってくれた。


「…そのはいい旦那になるな。」


 兄貴が腕組なんかして言って。

 あたしは、上目使いにそのちゃんを見つめた…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る