魔法【メイク】がとけるのは夜中の12時
紅雪
白馬に乗った王子様をつかまえたい
1週間も前から悩んで、悩んで、悩んで、選び抜いた一張羅。
ちょっと背伸びして買ったアクセサリー。
ネイルも行った、サロンも行った、エステも通った
3時間かけてメイクもバッチバッチに決めてきた。
もうすでに別人
詐欺メイクとはまさにこのこと
ほら見て、今の私、すれ違う人すべてが振り返るぐらい綺麗でしょ?
だって、今日は、憧れてきた彼とのデートなんだから。
ここが人生最大の正念場だと言わんばかりに気合いを入れて
「ごめん、待った?」
余裕を見せて5分くらい遅れていくのが掟?はあ?無理無理絶対無理
その5分で嫌われたらどーすんの。
約束の10分前きっかりに行ってやったわよ
「いつもながら早いじゃん。だから今日は俺もちょっと早めに来たよ。」
なっっっ、
おお、おお、王子様ですか、あなたは
爽やかな笑顔をうかべて「じゃあ行こっか。」と
私に手を差し出した。
この手が私に向けられたものだとはいまだに信じられず、しばしの間、その気高き右手をじっと見つめ、綺麗な指だなぁと
ひとり感嘆の嘆息をついた
「ん?手つながないの?腕組みたい?」
なんと、そんな選択肢もアリなのですか?
会った直後からすでに、呼吸は困難を極め、心臓は発作を起こして倒れそうです。
いつになってもあなたの隣に慣れられそうにないです
だって、私、ガラス作りの美人ですから
知り合いからの紹介―いわゆる合コンでひとめぼれした彼に
酔った勢いで連絡先を交換することに成功し
それから灼熱の猛アタックでデート権を勝ち取ったはいいものの
私のようなブサイクに高嶺の王子様の隣を歩く資格はあるのかと
己に問うて
焦った結果が
動画研究による詐欺メイクだった。
「・・・て、いい?」
ワインを飲むたびに喉仏が上下に揺れる
1,2本すじのたった艶めかしい首筋が美しく見とれていた。
こんなに近くで眺めることができることに感動していた。
「うん?うん。いいよ。」
「ほんと?ねぇ、聞いてる?」
はっ、何をしている。
王子様が私ごときに話をしてくださっているというのに、私は妄想の住人になり果てているではないか。
「え、う、うん。聞いてる。聞いてる。ほんとだよ。大丈夫。」
絶対聞いてなかっただろ、と整った二重がまぶしい鋭い目で私をみている。
み、見ないで。10秒以上目が合ったら天に召されてしまいそうだよ。
「じゃあ、行こう。」
「え、どこに・・・・。」
まだ早いのに、今日はもうここでお別れだろうか。
まさかさっきので気を悪くして、もう私は、、、そういう、こ、と?
心臓をわしづかみにされたかのように、サァーっと全身の血が引いていくわたしのそばで
「ほら、きいてなかったじゃん。」
「俺の家。」
え?え、ええええ、
ええええええええええ
い、いやいや、いやいやいや、家に呼ばれただけだし
何考えてんのよ私ってば、もう。
そんなこと、あるはずな
バカ、そんなこと、ってそんなってどんなよ。
ひとりパニックに陥る私の手をひいて、タクシーに乗り込んだ。
「綺麗なお家だねー。」
とか、言ったような記憶は断片的にある。
初デートのときもこれでもかってくらい緊張したけど、それと比べものにならないくらい
心臓が飛び出そうなほど、ドクンドクンと鳴ってさっき飲んだワインが回った。
いつも優しいのにね
男は狼なのよって歌、あながち間違ってないわ
「ねぇ、シャワー・・・。」
「もういいよ。待てない。」
とろけるような快感に溺れて
それからよく覚えていません。
私、私、なんてことしてしまったの。
寝落ちした。
なにをしたとか、最後までどうこうとかが、問題じゃないの。
私の最大の失態は、すでに空が明るいということよ。
いくらオイルクレンジングしていないとはいえ、一晩経った女の顔がどんなに無様か想像できる?
まして私は基盤がブスなのよ
何時間もかけて施したメイクがはがれたら
せっかく掴んだ夢が藻屑となって消えてしまう
だから、ここから脱出するの
早く、荷物を持って
彼が起きる前に
私の顔を見る前に
「ん、待って。朝?」
っっば、やばいやばいやばいやばい。
起きたじゃん、もう。
「そ、そう。か、帰るね、私。」
「なんで?今日も休みでしょ?俺と今日はいたくない?」
いたいです。
一生ずっといっしょにいたいです。
でもできません。顔直してきてからでないと。
「い、いやぁ、あのぉ。」
必死に顔を手で覆いながら手探りでバックのなかの化粧ポーチと鏡を探す。
あとずさるうちに小物入れのようなものにぶつかって中身が散乱した。
ピアス、リング、リップクリーム、香水、全部女物ばっかりだ。
すぐとなりには薄暗くてもわかるくらい綺麗な女の人の笑った写真。
あぁ、そうか、そう、だよね。
いくら着飾ってダメだよね。
だって王子様はお姫様と結ばれる運命だもの。
懸命だった自分が滑稽で、同時に肩の荷が下りた気さえした。
「あさごはん、食べる?」
私の世界の王子様はどうやら化け物にも朝食を与えてくれるらしい。
冷蔵庫にぎっしり詰まったタッパーのいくつかを取り出してお皿に乗せた。
「彼女、料理上手なんだね。」
「うん?あ、いや、あのー。」
部屋の中を見渡せばものすごく丁寧に片付けられているところと乱雑になっているところがある。
定期的に彼女が掃除にきているのだろう。
料理も作り置きして、また今度くるときまでに食べてねって。
完璧すぎでしょ。
「引いた?」
何に?二股に?
ここまで顕著に「お前は遊びだ」といわんばかりの待遇をうければ、すでに引いてすらない。
「別に、いいよ。」
遊んでくれただけでも幸せでしたから。
「マザ、コンでも?」
はい?
いま、なにを?
なんと仰せになられましたか、殿下。
「週一で、マッ・・お母さんが来て、くれててさ。俺、掃除も料理も買い物もできないんだけど。」
「じゃああの写真は?綺麗な、人。」
「お母さんです。」
「じゃああのアクセサリーは?」
「お母さんです。」
「じゃあこの料理も?」
「お母さんです。」
おいおい、まじか、おい。
二股も困ったもんだが、マザコンかぁ・・・・。
えええ、どうしよう。
ソファに乱暴に積み重なった衣服。お箸を洗うのも面倒なんだろう、袋から溢れ出る割りばしの数たるや。
「ごめん。お前だったら話しても大丈夫かな、と思ったんだけど。やっぱ、無理、かな。」
「いままで大丈夫だったことあるの?」
「ない、です。」
やっぱり。
「でも、私も、あの、メイクでだいぶ盛ってるっていうか、その。」
「うん、そうだね。はじめて見たよ。」
はっ!!
ああああああ
ぎゃあああああああ
忘れてたあああああああ
「見ないでくらはい。」
真っ赤になって下を向く私に王子様は優しく声をかける。
「とりあえずさぁ、つけまつげ、つけるかとるかどっちかにしてくんない?中途半端なのって、超怖いわ。」
高らかに笑う。
私は電光石火の勢いでトイレに走り己の顔の強烈さに驚愕する。
「そこにママの洗顔もあるでしょ?もういっそとっちゃってよ。」
「無理無理、無理ですー。」
半ベソをかきながらこの顔面をどう修正しようか路頭に迷った。
「俺はさ、待ち合わせに早めにくるとことか、食べ物を粗末にしないとことか、自然に席ゆずってあげられるとことか、そういうとこが好きなんだよ。だから、気にしないで
すっぴん見せなさい。」
私の王子様はいつ正当派からドS系へと転身したのでしょうか。
どんなあなたでも、好きになってしまったから、全てを愛したいと思いました。
『ねぇ、ママ。ママと仲良しでもいいって言ってくれる彼女ができたよ。』
即刻、報告の電話を入れる声を聞いて
前言撤回しようかと
いえ、なんでもありません。
大好きです。
魔法【メイク】がとけるのは夜中の12時 紅雪 @Kaya-kazuha
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