霧江の独白

 一方その頃。桜花の部屋。

 小野和明と佐藤霧江は距離を置いて背を向けたまま突っ立っていた。間にはバカでかい全自動固ゆで卵殻剥き機、剥機夢鬼むきむきポロリンが鎮座している。まだどちらも口を開いていない。


 和明は考える。

 間違いなく、先程の佐藤さんの絶叫は自分に対しての告白であったと。

 これは、断るとかそういう類のものなのだろうか。というより、断っていいものなのだろうか。

 霧江のことを嫌いなわけではないが、それはあくまでクラスメイトとしてであるし、桜花の友人としか見ていないところもある。もしお断りした結果として交友関係が成り立たなくなっても、致し方のないことではなかろうか。自分が好きなのはあくまでも如月さんなのであるから。

 文字通りどう子のようなてい淑観念を備えた男は、潔く決断を下した。


「佐藤さん、ありがとう。けど僕は如月さんが好きなんだ」


 甲高く、裏返った声が出た。発した言葉がふわふわと漂い、消えていった。霧江に届かなかったようだ。再び勇気を奮い立たせ、もう少し大きい声で言おうと思った時。


「こっちこそごめんなさい」


 と霧江が言った。

 和明は次の言葉を待つ。時計の秒針の音がカチカチと、やけに大きく響いている。12回ほどカチカチが聴こえた時、再び霧江が、苦しげに言葉を発した。


「小野君が、桜花のことを好きなのはわかってる。だけど、私は小野君が好き。抑えられなかった」


 和明は何も言えない。今は黙って聴く番だと心の中で誰かが言っていた。


「成績が少し落ちた。小野君のことを考えてたから。けど毎日会えるから楽しかった」


 霧江は続けた。


「ちょっとボケッとしている所が好き。友達と笑っている所が好き。このままの関係をずっと続けられたらいいなと思ってた。だけどそれができなかった」


 和明は所在なく眼の前にあった機械に手を置く。指が何かのスイッチに触れた。


「それができなかった。だから……諦める……」


 自分の言葉に心を従わせようとしているのか、霧江はうつむいて唇をかみしめ、泣いた。


「だけど……! 諦められない……!」


 ガシャン。


 霧江の背後から機械音が響いた。霧江が目を向けると、そこには剥機夢鬼むきむきポロリンに入り込み、機械の上から狼狽した顔だけを覗かせている和明がいた。ポロリンからは銀色の足と手が生えている。


「……小野君……」

「ご、ごめん! ずっと聴いてたんだけど、なんかこの機械に飲み込まれて!」


 ガシャンガシャンとおなじみの音を立てながら、ポロリンは狭い部屋を歩き回る。どうやら和明の意思とは関係なく動いているようだ。


「なにこれなにこれ! 動いてるんだけど!」

「……うん、歩いてるね……」 


 極度の緊張から未知の興奮へ急激に移動したせいか、和明の頭からは先程まで続いた霧江の血を吐くような独白が消えてしまっていた。


「ところでなんか手のところにレバーとかあるんだけど、押したり引いていいかな?」

「……いいんじゃないですか」


 呆れたように霧江は言った。というよりも完全に呆れていた。服の袖で涙をぬぐう。和明に対しての見切りをつけるきっかけになりそうなほどに呆れ返ってしまっていた。

 和明は宣言通りレバーを押す。前へ向かって進んだ。間もなく玄関というところで壁一面が床に飲み込まれ、ポロリンは無事屋外へ。母屋の方角にゆっくりと進んだ。

 霧江はその後姿を見届けたのち、深呼吸を一つした。


「バカにされてるわけじゃないと思うけど……」


 顔を動かして笑いの表情を作ってみた。


「同情されるよりは、まだいいか」


 ポロリンを追って走り出した。

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