如月家転覆計画

白い息とともに消えた言葉

 早朝の登校に手袋が欲しくなる季節。

 学校からの帰り道、小野和明と佐藤霧江、そして橋田恵美は如月桜花の家へ向かった。桜花は部屋の片付けがあると言って先に帰っている。


「結構寒くなってきたね」


 和明が誰にともなく話しかけた。

 太古の昔から無難な会話の王に君臨し続ける、お天気の話だ。


 もしあなたが友人に天気の話を振った時「それがどうした」と返されたら、相手は相当な覚悟と悪意を持ってあなたの隣を歩いていることになる。普通はその後「やっぱ冬だね」とか「布団から出づらいよね」などといった、他愛もない言葉の行き来が行われ、やがて本題に入るのだ。

 しかし、相手に悪意がなくとも通じないことがある。


 恵美は、当然霧江が応えたいだろうと思い、気を利かせて黙っていた。

 霧江は霧江で、誰に言ったか分からない言葉に反応して「うざい女だ」と思われることにためらいを感じている。

 和明の発した無難な会話の王は、そのまま寒空へ消えていった。

 無視された形の和明は、結果だけを受け取り落ち込んでいく。悪循環の犠牲者であった。


 季節が巡り、冬が近づいてきても、和明と霧江、そして桜花を加えたいびつな三角関係に進展は全く無い。

 ヘタレ、奥手、変人の恋愛3すくみを見守る恵美にはもどかしく感じたが、なにか大きなきっかけが無い限り均衡は崩れないだろうと悟っていた。


 大きな家の外壁に沿って無言で歩く。大きい平屋だった。屋敷ともいえる。


「いつ見ても大きい家ね。サッカーフィールドくらいあるのかな」


 恵美が率直な感想をもらす。この大きな家が桜花の家なのだろうか。

 話の角度を変えたのも恵美だった。


「サッカーっていえばさ、観た? 昨夜の日本シリーズ第4戦」

「なんでサッカーといえば野球なの? ああ、恵美はライオンズファンだったもんね。小野君は野球好き?」

「うん、好き」

「ただ単に野球の話がしたかっただけで、サッカーに意味はなかったんだけど。サッカーとか野球ができるくらい大きい敷地だなって」

「なら最初に大きさの比較で球場を出せばいいじゃない。小野君、そう思わない?」

「あ、はい」

「比較って言えばさ、こないだの対数の大小比較の問題で……」


 とりとめもない女子の会話に、和明は置き去りにされた。結論というか着地点を見失い、会話に入っていけずアワアワ言わされている状態だ。

 やがて正門に達した。標識には如月とある。和明は、霧江か恵美が呼び鈴を押すものだと思っていたが、二人は正門を通り過ぎた。


「あれ? 如月さんの家、ここじゃないの?」

「桜花のいる場所は、入り口が違うの」


 霧江が説明する。桜花の訪問客は、もう少し先の裏門から入るのがルールとなっているらしい。屋敷からは少し離れた場所に一人で住んでいるのだとか。

 和明はつくづく思う。

 お金って寂しがり屋で、集まっているところに行きたがるって話は、本当なのかもしれないなと。



 案内された2階建て一軒家の扉を開けると、機械油の香りが漂ってきた。

 眼の前には銀色の箱のようなものがある。高さ2メートルほど、和明二人分くらいの幅のそれは、異様なまでの存在感を誇っていた。

 なぜならば大きさに加え、その上から桜花の顔だけが飛び出ていたからだ。まるでショートケーキの上のイチゴのように。

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