ホラーの練習
しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる
章ごとに一つの怪談、サブプロットは百合で決まりだ!
怪談一:屑籠天井
1. 一話4,000字位、一人称、とにかく簡単な言葉で
授業中に。
前の席のマナちゃんが机の上に立つのを見て、ボクは気絶した。
ぐぇあ。
「……え、というわけで、この三角形は合同、だ、と言えるわけで……」
うぐっ。
シバタの声で覚醒したボクは、恐る恐る
ほっそりしたふくらはぎのライン。
やっぱりマナちゃんは机の上に立っている。
「証明については、もう、え、わかってると思うけど……改めて書くと」
シバタはもうずっと教科書を読み上げつつ板書し続けていた。『黒板とデキてる』と
彼の棒読みの他は呼吸・
教室は静かだ。
この大事件に気づいた生徒はまだ少ない。マナちゃんの席は廊下から二列目・後ろから三番目で目立つ位置じゃない。それにシバタの数学において相手にされないボクら人間は、仕方なく
だから穏やかな昼下がり、ふと
一体何のために?
ボクはこの後のことを考える。
シバタに気付かれたら授業は中断、一瞬でマナちゃんや近くのボクにみんなの視線が集中、シバタがツカツカ歩み寄り、口論、机がガタガタ、声がザワザワ……ぐぇあ!
うぐっ。
また気絶した。
片手からシャーペンが転がり落ちる。汗で滑ってつかめない。
想像しただけでこれだ。現実になればボクは……ボクは。
早くマナちゃんに机から降りてもらわなきゃ!
ボクはベリーショートの後頭部を見上げ、深呼吸一つ、口を開く。
「
いえ、ボクじゃないです。
先に囁いたのはボクの右隣の男子だ。口が悪くて声がデカいオタク、確かそんなやつ。
罵られたマナちゃんは音を立てずに振り向き、ボクらを見る。
――しーーーっ。
指を口元に当てた表情は真剣そのもの。いつも通り
そのせいで男子もボクも頷いてしまった。
マナちゃんはまた前を向く。ブレザーのポケットに右手を入れ、丸めたルーズリーフを取り出す。それから体を
ゴミ箱は教室の後ろ、捨てるんだったらてんで的外れ。シバタを狙っているのでもない、先生は窓側にいるが、放物線の終点は廊下側のストーブ上のたらい。
「ひぅっ」
出かけた悲鳴を必死に呑み込む。
吐きそう、もうダメだ。ボクにできるのは紙屑がシバタの視界に入らず音も立てないことを祈って見守るだけだ。
息もできないぐらい集中したので、スローモーションのように紙屑の行方を観察できる。
紙屑には目玉みたく赤い丸が二個あり、それがゆったり回転しつつ高度を上げる。頂点を求め、落下を求め。やがて天井まであと少しの距離になった瞬間、紙屑は消えた。
消えた?
見失ったんじゃない。でも、確かに紙屑は透けて、見えなく……う。
視線がチラチラとこちらに向けられ思考が途切れる。彼女が派手に動いたことでみんな気付いたのだ。
当の本人は誇らしげに両の拳をぐっと握りしめてから降りた。
次の行動が注目される中、彼女は
「先生」
シバタがゆらりと振り向いた。
マナちゃんもまた振り向き、すっとボクを指さす。
え。
「モロズミさん。具合悪いので、保健室に行きたいそーです」
ぐぇ、と気絶しかけたけど、マナちゃんがボクの肩を掴んで無理矢理立たせた。彼女はボクより頭一つ分大きくて、ボクは足を動かすので精いっぱいになる。
シバタは一秒だけこちらを見てすぐ答えた。
「あ、そ」
わけがわからないよ、助けてー!
って心の中で叫んでも、もちろん誰も返事してくれない。
あえなく教室から連れ出される
ぺちゃんこに
赤い丸が二つ。
◆
「さっきの見てたでしょ」
マナちゃんが手を洗いながら不意に
女子トイレにはボクらしかいないけど、独り言かもしれないので聞き流す。
ボクはマナちゃんの横で、手洗い場の鏡に映る自分の顔を
平べったくて、しょぼい。マナちゃんはマスク越しでも鼻筋がくっきりしているし、体も頭一つ分は大きいので並ぶと一段としょぼさが際立つ。しかも今は真っ青で、ダメ押しに
いてて。
十二月の水道水の冷たさが鼻先にツンと来た。
ポケットタオルで顔を拭く。
「紙の玉がどうして消えたのか、ゴミ箱に現れたのか……」
マナちゃんは気ままな調子でしゃべる。
本当に気ままな子で、教室を出るなりボクから離れて、『一人で行ってよ』と言われた。確かに気分は最悪だけど、保健室は、あの、もう“常連さんたち”がいて、ちょっと行きづらい。だから顔を洗って戻ろうとしたら、彼女もついてきたのだ。トイレに行くのが恥ずかしくてボクを使ったのかな。
そんな子だっけ?
「気になる?」
マナちゃんは
「う、うん、まあ」
彼女のことは……そんなに知らない。
去年、一年の頃は同じテニス部だった。そりゃ色々あったけど、もうテニス部
「マナが気付いたのは先週の数学ね。ヤザキとか前の方の男子がふざけてたじゃん、シバタに気づかれるまでのチキレ」
「あ、あの時?」
大げさに動いたり、立ち歩いたり。
「最後の方で、キャッチボールが始まってさ。ヤザキが消しゴムを投げたら、すっぽ抜けて天井の方に行ったんだよ。そしたらさっきみたいに消えたの。あいつらは失くしたと
「『ついに来た』って、思ったよ」
?
「え、えーと。あの、結局、あれ、何なんだろうね……」
「まあ怪奇現象でしょ。シバタの授業中、教室のストーブ
そこで黙りこくり、
マイペースというより……ああ、そうだった。
「ゆ、幽霊のせいかもね」
ボクが適当なことを言うと、マナちゃんはすぐにボクの方を向いた。
切れ長の瞳が三日月のように細まり、ふわっと
「バカだねーミハルちゃんは! そんなわけないじゃん!」
そうそう、こう。
「うん、ごめん、わかんない。教えてくれる?」
ボクより
「
「シバタ?」
「だってそうでしょ。他も試したけど、ヤツの授業中にしか発生しないんだから。調べたよ、授業計画から
「う、うん」
「そして一つの有力な
「うん……『異次元レベルでゴミ』ってみんな言ってるけど」
「それ」
ビシッ、とボクを
「異次元レベルでゴミだから、天井とゴミ箱が異次元でつながっちゃったんだよ」
「……」
メチャクチャだよ!
「て、天井はどっからきたの……」
何とか絞り出したツッコミに、マナちゃんはつまらなそうに唇を尖らせた。
「あいつ板書に詰まると振り向いてボケ~と天井見てるし、そのせいじゃない?」
「そ、そう」
雑に
怪奇現象もデタラメ話もこの際
「本当かどうかなんてどうでもいいよ。アレがあって、そんなハナシがある。大事なのはそれだけ」
――でしょ?
同意を求める“圧”の強い笑顔はいつも通り。
だけど記憶の中のマナちゃんは運動が得意で、BIGBANGと東海オンエアが好きで、クラスの明るくて可愛い子たちと一緒に騒げる、普通の人だった。こんなことに興味を持ったり、ましてや調べ回ったりするなんておかしい。理由がわからない。
「ところでさ、ミハルちゃん、どう。今のハナシ、怖い?」
「い、いや」
あんな異次元の穴より、ボクは……
言い
「ミハルちゃん、本当ビビリだよね」
「ち、違うよ」
否定しても彼女はまるで信じず、声を潜めて笑った。
それからドアの方に向かう。
「実は最近怖い話にハマってんの」
ボクを見ずに彼女は楽しげに言った。
ドアが開け放たれる。
「あ、そう、だから、急に……?」
「怪談や
薄暗いトイレに
とても悪い予感。
「今日がその第一回」
外に出るマナちゃんの笑みを想像しながら、ゾクッときて身を
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます