春空と便箋
日暮ひねもす
春空と便箋
貴方が死んだその次の日、空は嫌気がさすほどの晴天だった。
部屋の窓から外を見渡せば、雲一つない青空に、遅咲きの桜が舞っていた。春はいつだって出会いと、別れの季節だ。いっそ土砂降りの雨でも降ってくれれば、この痛みも一緒に流してもらえたのに。現実は飲み込めないまま、一粒の涙も流せずにいた。机の引き出しの奥にしまってあった、一通の封筒を取り出す。
あの日、貴方に渡せなかった手紙を片手に、あてもなく街を歩き、想い出をなぞっていた。空も、建物も、傍の花も、貴方と見た景色はどれ一つ変わらないまま残っていた。ただ、貴方だけが足りない。貴方がいなくなった後でも、こんなに世界は美しかった。世界で一番美しい人は、何処を探してももういないのに。
気づけば、時間を忘れ、随分遠くへ来てしまった。帰る頃には陽が落ちているだろう。一体何をしているんだ。こんなことをしたって、何の意味もない。足を止め、振り返った視界の奥に、貴方と最後に言葉を交わした公園があった。喉の奥が跳ねたような気がした。思わず駆け出していた。息を切らせ、誰もいない公園に辿り着く。ベンチを一度撫で、座り、空を見上げた。あまりにも美しかった。あの日の事を思い出す。隣には誰もいない。
「貴方が好きだった」
自分でも驚くほど、自然に口から言葉が溢れていた。最期まで言えないままだった言葉。気づくと、手紙のインクが滲んでいた。
春空と便箋 日暮ひねもす @h-hinemosu
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