執事だって恋をしたい

楠木みつ

第1話

僕の名前はエヴァ・マトリエ

今年で17歳になる。


僕の家系は代々リッチ家の専属執事をしている。

僕はリッチ家の長女、ラフィヌ・リッチ様のお世話係だ。


「エヴァ〜」

お嬢様が呼んでいる。

「明日のお食事会のドレス用意しておいてね」

彼女は明日、許嫁との初めての顔合わせがあるのだ。


僕はお嬢様に恋心を持っている。

恋心を抱いたのは今から10年前の春の日


父に連れられ、リッチ家の屋敷に初めて訪れた。

屋敷はとても広く、そして怖かった。


シーンと静まりかえった玄関で

「今から、お前をこの屋敷の旦那様に紹介する。無礼のないように」と、父に言われた。


僕は執事になりたくなかった。

親が決めたレールをただ歩かされる。

そんな人生を送りたくなかった。

それに僕には小説家になるという夢があった。

「執事になんてなりたくない!お父さんだけしてればいいじゃん!」

僕はそう叫ぶと、玄関を開け走り出した。


後ろから怒っている声が聞こえる。

「もっと遠くに行かなきゃ。声が聞こえないとこまでいかなきゃ」

がむしゃらに走った。


「いたっ」

石につまずいて転んだ

足から血がでている


「うぅぅうわぁぁぁぁん」

僕は耐えきれず泣いた。

「僕は執事になんかなりたくない。やだよぉぉぉ」

泣いていると遠くから「大丈夫?」という声が聞こえた。

その声はだんだん近づき、遂に僕の横で止まった。


恐る恐る顔を上げると、金色の綺麗な髪に包まれたかわいいお姫様のような子が立っていた。一目惚れである。

「大丈夫?どうしたの?血が出てる!こっちにおいで」

僕が話す間もなく、女の子が僕の手を引いた。


さっきまでの悲しい気持ちが、女の子と手を繋ぎながら歩いているだけで、晴れやかな気持ちになった。


屋敷の裏側まで連れてこられ、女の子は裏側についているドアを開けた。

「ここから私の部屋にいけるの。そこに絆創膏があるから、ここで少し待っててね」

コクンと小さく頷き、それを見た女の子は走っていった。


あの子は誰だろう?そのことばかり考えていて、逃げ出した時のことはもう考えていなかった。


「お待たせ。ごめんね、痛いよね。」

小さな手で絆創膏をもち、僕の傷口に貼ってくれた。


「これで大丈夫!さっきはどうして泣いてたの?」


「僕は執事になりたくないのに、お父さんが勝手に連れてきたんだ!僕には夢だってあるのに……」

「それで、逃げ出して走ってたらこけちゃって」


「そっか。じゃあ私と一緒だね」

「どうゆうこと?」

「私も今日逃げ出したの。逃げ出して歩いてたら、泣く声が聞こえて、走って行ったら、君がいたんだ。」

僕はなんだか嬉しくなった。

僕だけじゃなく目の前にいる子も、僕とおんなじだと思うと、1人じゃない気がした。


「そうなんだ。一緒だね」

2人は目を合わせて、笑った。


「ところで名前はなぁに?」

女の子が尋ねた。


「僕は、エヴァ・マトリエ。君は?」

「私は、ラフィヌ・リッチ。ラフィでいいよ。」

「じゃあ僕も、エヴァでいいよ!」

友達のように呼び合い、夢のような時間を2人で過ごしたいた。

だけどずっとお喋りしているわけにもいかなくて、僕とラフィは、僕のお父さんを探しに屋敷に入った。


ラフィには来なくていいと伝えたが、私も用事があるといい、一緒に探してくれることに。


僕はお父さんがどこにいるか分からなかったが、ラフィは場所が分かっているかのような足取りで上へと上がっていく。

僕はその後ろをついて行くことしかできなかった。


一番上に着いて廊下を進み奥の扉を、ラフィがノックした。「ラフィヌです。」

ラフィがドアに向かって自己紹介した途端、中から声がした。

「入れ」

「失礼します」

ラフィがドアを開けて入った後、僕も一緒に入った。


ドアの中にはお父さんと、知らないおじさんが立っていた。髭を生やし、なんだか怖そうなおじさんだった。


最初に口を開いたのはラフィだった。

「お父様。逃げ出してしまってごめんなさい。」

お父様?僕の頭にハテナが浮かぶ。


「なぜ逃げたんだ。」

答えたのは怖いおじさんだった。

そこで僕は思いついたかのように、ラフィが怖いおじさんの娘だってことに気づいた。


「お父様が今日、新しく執事になる子がくるって言ってたから。執事なんて監視されてるみたいで嫌だったの。」

「でもさっき、エヴァにあってこの子が執事だったらいいかなって思って戻ってきたの。」

僕はここで初めて、ラフィがお嬢様だと知った。と同時に、ラフィと親しく呼ぶことはもうできないことを悟った。


「お父さん、僕も、小説家っていう夢を追いたかったけど、ラフィヌお嬢様のためなら執事になる。」



こうして、僕はラフィヌお嬢様の執事になったのだが、お嬢様と知ったと同時に僕の初恋は心の片隅へと追いやった。



「お嬢様が明日許嫁と会うならもぉ完結させないとな」

これは僕が常日頃、密かに書いている小説のことだ。


お嬢様との恋ができないぶん、小説では恋ができるように執筆していたのだ。

小説の中の僕はお嬢様とお付き合いしている。


しかし、許嫁と会うとなれば話は別だ。

僕のかすかな恋心でさえ許してはいけない。

そのため早急に小説を終わらせて、恋心に蓋をしなければいけないのだ。


クライマックスは決めていた。

僕はお嬢様の部屋をノックしお嬢様を部屋の前に呼び、部屋の前で片膝ついて一本のバラを渡しこう呟く。「この先もずっと幸せにするので、ラフィ僕と結婚してください。」

少し、かっこ悪い気もするがいいのだ。

僕が満足するだけのお話なのだから。


お昼休憩中に自分の部屋で小説を書き終えた。ポロリと一粒涙が頬を伝う。

終わってしまった。僕の恋は完結だ。

あとでこの小説を埋めに行こう。それで本当に最後だ。


感情を押し殺しポケットに原稿を入れ、仕事に戻った。お嬢様のドレスを選ぶ。どれを着ても可愛いことは僕が一番知っている。

最高に可愛いお嬢様で送り出そうと決めていた僕はドレスの中でも一番似合うドレスを選んだ。


そうこうしているうちに夕方になった。

食事を用意し、お嬢様が食べ終わった食器を片付ける。いつも通りの仕事だ。


夜になり、やっと小説を埋める時間ができた。僕はポケットに手を突っ込む。


「あれ?ない、ない、ないぃぃぃぃ」

原稿をポケットに入れてからポケットは一度だって触っていない。

どこへ行ったんだろ?

僕の頭は、焦りと、見られた時の想像で大パニックだ。


食事の時に落ちたのかな?

食堂に向かうが、ない。


洗濯場に行ったときかな?

見に行くが、ない。


お嬢様のドレス選びの時かな?

今はもう夜だ。明日お嬢様が出かけた時に探そう。



朝になり、身支度を整え、玄関でお嬢様を送り出す。

「いってらっしゃいませ」

お嬢様を見送り僕はすぐ、向かった。


「ない、ない、どこを探してもないぃ」

お嬢様の部屋にもなかった。

一体どこに落としたんだろう。


行方不明になった原稿は頭の片隅にありながらも、仕事をしないといけないため、探す時間がない。


仕事をしているうちに夕方になりお嬢様が帰ってきた。

玄関で出迎え

「おかえりなさいませ」

お嬢様が僕と目を合わせないまま言った。

「あとで部屋へ来て、お話があるの。」

「分かりました。」

平静を装いながら返事をしたが、内心焦っていた。


話ってなんだろう?もしかして原稿見られた?どうしよう。

僕の頭はパニック状態だ。



パニックになりながら、お嬢様の部屋へと向かう。

コンコン

「失礼します。マトリエです。」

「入っていいわよ、エヴァ」


扉をあけると、紙を持っているお嬢様がこちらを見ていた。


僕は立ち尽くす。

「これ、私の部屋に昨日落ちていたの。読んだわ。」


僕は足から崩れ落ちた。見られた。自分が満足するために書いた小説を。お嬢様と勝手に付き合いプロポーズまでした小説を。


「すみません。そんな小説書いちゃって……」

今の僕は謝ることしかできなかった。


「どうして謝るの?わたし嬉しかったのに。エヴァは私のことが好きなんでしょ?この小説の中だけなの?」


僕は慌てて

「違います!好きです。でも叶わないから小説で書きました。すみません。気持ち悪いですよね」

つい本音を言ってしまった。好きと言うつもりはなかったものの仕方ないと覚悟をきめた。


「気持ち悪くない。だって私もエヴァのこと好きだもん」

「え!?」

思わず驚いてしまった。お嬢様が僕を好き?そんな夢のような話があっていいのかと思ったが、お嬢様には許嫁もいるし、僕の出る幕ではない。

「許嫁はどうしたのですか?」

「好きな人がいるって言って断ったわ

だから……」

お嬢様は話の途中で机に向かい、何かを取り出した。そのまま何かを隠しながらこちらに歩いてきた。


お嬢様が僕の前に見せたのは、赤い一輪のバラだった。








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執事だって恋をしたい 楠木みつ @ponponsyou23

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