砂漠の生爪

エリー.ファー

砂漠の生爪

 全て燃え尽きた誘惑に、自分の体を乗せてしまうとこれほど楽かと思う所がある。

 可哀そうに、と言われても好きなものは好きなのだからこればかりはどうしようもない。

 僕は一人で砂漠を歩いていた。

 日差しは言うまでもなく強く、足先から後頭部、睫毛の先からわき腹の端まで溶けて消えてしまいそうな心地である。このままこの場所に居続けるのが拷問なのか。それともこれは天国を目指すための準備段階なのか。気が付けばどうでもいいことばかり考えるため、足元がおろそかになる。

 自分の生き方を見つめ直すきっかけにはならないが、見事なほど何の形もない動機につき動かされている。

「よっ、こんにちは。」

 蛇がいた。

 白い蛇だった。

 黄色く、そして砂漠の波模様の中に、細く長く、顔だけをこちらに向ける蛇がいる。

「何してんの。」

「ほおっておいてくれ。」

「そ。」

 白い蛇はほっておいてくれた。それは確かだ。しかし、ついてきた。

 何か音を立てる訳でもなく、何か意思の疎通を図ろうというわけでもない。ただついてくる。しかも、少しばかり足を止めて後ろを振り返ると、一定の距離を取って、そちらも動きを止めているのである。

 後ろ向きに歩くと、同じように蛇もバックをする。

 絶対に、この距離を守ろうとする。蛇としての本能なのか、それとも白い蛇の今までの人生経験から、この男からは距離を取った方が良いと感じたのか。

 まるで、分からない。分からないが。

 一人でこの砂漠を歩くくらいならいい相棒ができたと思える分、ましだった。

「いつまで歩くの。」

「目的地まで。」

「それって、どこ。」

「財宝。」

「財宝が欲しいの。」

「欲しいよ。」

「何でよ。」

「欲しいからだよ。」

 よくよく考えると、だが。

 蛇が話しかけてくるっておかしくないか。

 僕はことの重大さにようやく気が付いて、自分の正気を疑った。何もかも幻で、本当は目的地を探して砂漠の中を歩いていることすら幻なように思えてくる。

 遠くの方でつむじ風の音がする。それが少しずつ大きくなり、竜巻と呼ばれるものに育っていく音がする。自分の中から憶病な音がする。後ろにいるはずの白い蛇からは何の音もしない。

「あなたのことずっと見てたの。ひたむきね。」

「どこかに行ってくれ。」

「そういうところ、好きよ。」

「どこかに行ってくれ。」

「嘘じゃないわ。」

「どこかに行ってくれ。」

 その瞬間、白い蛇が僕の首に巻き付き、舌で眼球を舐めてくる。そのまま体が硬直し、動けなくなる。まるで、意識自体が支配されたように。

 そして。

 前方の一歩踏み出そうとしていた場所が崩れていく。

 気が付けば目の前には流砂。

 靴のつま先部分だけが浮いている状態で、そこを静かに爽やかな風が吹き上げてくる。こめかみを伝って落ちていく汗はそのまま流砂へと飲み込まれていった。

 ふと、首を触る。

 白い蛇は尻尾を僕の唇に当てると静かにさすり続けている。僅かな温かさがそこから伝わってくる。

「落ちなくて、本当に良かった。助けることができて。」

 白い蛇が息を荒げながらそう言った。

 僕はその白い蛇の頭を撫でると、尻尾に優しく触れた。

 その瞬間、おもいっきりつねった。

「ちょまっ。」

 流砂が一気に消えてなくなる。

「流砂を作り出すのも、消すのも、君次第なんだね。」

 白い蛇は目を大きくして小首を傾げて見せる。

「吊り橋効果ってあるじゃない。」

 だからって作るか、吊り橋。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠の生爪 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ