度し難いほどのラブコメ(4)

 僕が提案したのは『二人人狼』というマインド・ゲームである。

 ルールは簡単。

 三つのカードを準備します。そこに役職を記入。

 役職は村人二つと人狼ひとつ。互いに一枚だけ引き、余った一枚は〝追放カード〟と呼んで脇に寄せます。それから二人は誰が人狼かを相談し合い、人狼だと思うカードを選択します。


 村人は人狼を選択すれば一ポイント。

 人狼は村人に選択されなければ、つまり追放カードを選択させれば一ポイント。


「勝負は二ポイント先取。役職のカードはトランプで代用しましょう。このジョーカーが人狼。このダイヤのAとハートのAが村人で」

「トランプをいつも持っているの?」

「ええ。手品は出来ないですけど、簡単な賭け事とかに代用できますから。シャッフルは先輩に任せます。どうぞ」

 先輩は差し出した三枚を受け取り、テーブルの下でシャッフルする。しゃっしゃとカードを滑らしたあと、テーブルに三枚のカードが広げられる。

 互いに一つずつ取り、僕は役職を確認する。


 ダイヤのA。つまり村人だ。

「・・・・・・さて、役職のカードは見られました?」

 先輩もカードを見やると、頷く。

「私は『村人』だった」

 先輩は初手から役職を告白する。相手の出方を窺うより自分で接触的に攻めていくタイプのようだ。搦め手や応じ手を駆使しようとする僕とは正反対な性格らしい。


 さて、と僕は考える。

 先輩が宣言通り『村人』の場合、追放カードを選べば、僕と先輩が共に一ポイントはいる。しかし先輩が『人狼』であれば、先輩だけが一ポイントを得る。


 いま僕が取り得る選択肢は、僕も『村人』と正直に名乗るか。

 もしくは自分は『人狼』と偽るかの二択。


 もしも僕が『人狼』だと偽った場合、先輩が取り得る選択肢はひとつ。

 『村人』と宣言した通り、僕を『人狼』だと指名すること。

(それが僕の利益になるか?)

  ──なる。先輩が本当に『村人』であれば、間違った『人狼』を選ばせることで、先輩はポイントを得られず僕だけが追放カードの〝人狼〟を選んで、ポイントを得ることが出来る。


 つまり『人狼』といえば先輩を追い落とせる可能性もある。

 はてさて、どちらを選ぶか。


「どうしたの。貴方はどっち」

「そうですね。僕は──『村人』です」


 ここは正直にいうことにした。色々考えても埒が明かない。それに別段追い越すことは目的じゃない。僕は一位になりさえすればいい。つまり同立一位でも構いはしないのだ。

「そう。じゃあ『人狼』は」

「追放カードで」

 そういって僕はカードをめくる。


「・・・・・・ハートのA」

 追放カードは『村人』だった。


「悪いわね。一戦目は私の勝ち」

 先輩は指先で弾くように持っていたカードを反転させる。

 書かれた図柄はジョーカー。つまり人狼である。

「貴方、同一位でも良いと思っていたでしょう。だから『人狼』と偽って、追い落とすことをしなかった。そんなところでしょうね」

 図星を指され、僕は呻く。どうやら心の裡を見透かされていたらしい。

「悪いけど、馴れ合うつもりはないの。ほらカードを貸して」


 先輩は再びカードを集めるとテーブルの下でシャッフルを開始しようとする。

「待った。次は僕にさせてください」

「別にいいけど」

 先輩は素直にカードを渡してくれた。既に王手をかけたことが余裕に繫がっているのだろう。とくに難癖をつけることなく渡してくれた。

 僕はそれらのカードを時間をかけて入念に、ときおり緩急をつけながら吟味するようにシャッフルして、カードをテーブルに並べた。

 僕等は一枚ずつ拾い、残ったカードを追放カードとして脇に寄せた。

「次も私は『村人』。さあ貴方は?」

「僕は、・・・・・・『村人』です」

「ふうん。そう」

 先輩は勿体つけたような物言いで、僕の表情と手札を見回した。

「じゃあ、貴方が『人狼』と思うカードは追放カード?」

「はい。そうです」


「そう。なら私は──貴方が『人狼』で」


「・・・・・・僕が嘘をついている、と」

「そうじゃないの? 悪いけど、これは私の勝ちね。それじゃあコレは貰います」

 そういって自分の袂に持っていこうとする袋を、僕は反対側から制した。

「駄目ですよ、先輩」

「今更惜しくなったの? だけれどこれは貴方が持ちかけてきたゲームだから」


「そうじゃありません。まだゲームは続いている」

 そういって僕は持っていたカードを裏返した。


 ハートのA。『村人』である証明。


「え。でも貴方のカードはッ」

「角が少し折れている、ですか? ──先輩、最初のゲームでジョーカーに折り目をつけましたね? そして二度目は折れ目のない『村人』をとり、角の折れた『人狼』のカードを選ぶことでゲームを終わらせるつもりだった。違いますか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 先輩は黙秘する。それは雄弁な肯定になった。


「ご存じかも知れませんが、トランプのカードセットにはジョーカーが二枚入ってましてね。さっきシャッフルするときに角の綺麗なジョーカーと入れ替えて置きました。そして角の折られたジョーカーと同じような折り目をハートのAにつけたんです。ふふふ。中々、先輩は素直ですね。──これでお互いに一ポイントだ」

 僕はテーブルに出したカードケースから他のトランプをとると、無造作に二枚とって綺麗なジョーカーと混ぜる。シャッフルはテーブルの下で。

 勿論、傷などつけようはずもなく。

 僕はテーブルに三枚のカードを並べた。


「さて最後のゲームです。始めましょう?」

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