超克者は宣言する!

なるゆら

超克者は宣言する!

 ――決戦前夜。


 最後の戦い。それぞれが、ここまで歩んできた道のりを振り返り、自身の目的を確認して覚悟を決めていく。悲壮ともいえる決意に触れて俺もまた、決戦に臨む気持ちを新たにしていた。必ず勝って生き残る。そしてみんなで帰ろう。


 決戦の地になるはずの空に浮かぶ魔王城。見上げて思いを巡らせる俺。足下をすくう出来事は、唐突に起きた。まさかとは思っていたが、また……なのか。


「勝手に話を進めないでよ……」


 なんの気配も感じさせずに近づいて、俺の背後から声をかける人物がいる。それはいいんだが、おかしくはないか。いるはずがない人物がここにいる。この空気の読めなさ加減は一周回って……、やっぱりナシだろう。

 振り返ればヤツがいる。


「なんで……いるのか聞いていいか?」

「え? 大人しく待ってたら、わたし死んじゃうでしょうが。困るし、普通に」


 見習いの神官だったのはずいぶん前の話だ。いまや完全にトリックスターとなった神聖術士、フラーナがそこにいた。


「トリックスターじゃないし、主人公だし!」

「さらっと、心を読むな! あと、主人公は俺!」


 選ばれた勇者である俺を差し置いて。何が厄介かといえば、まず主人公を僭称していること。

 いわばこの物語は俺を主人公として組み上げられたもの。テーマだって方向性だって定まっていたはずなのに、いつもどこかのタイミングで割り込んできたかと思うとかき乱して去って行く。脇役だったはずが、いまやヒロインの一角といえる立場にまで上り詰めてしまった。しかし、フラーナはそういう役割では全く納得しない。


 ――わたしの、物語を取り戻す。


 そう言って、フラーナは勝手に主人公を名乗り出た。意味がわからないだろう。そう、俺もわからない。


 空回りしかしていなかったが、努力型ではあった。けれどフラーナが持っている能力はごく平凡なもので、聞けば、物語の途中で退場する予定になっていたそうだ。悲劇を演出するために用意された要員で、そこが一番の見せ場になるはずだったのだが、何度も不運を乗り越えているうちに、偶然にも(超省略)人を超える能力に目覚めてしまっていたのだという。何の説明をしているのか自分でもわからなくなるくらいに気が遠くなる。


「なんで省略すんの? 助けてくれたのは、エルクじゃん」

「省略してるのはそこじゃなくてな……。意味わからない能力を持つに至った経緯の方なんだけどな」


 今では、邪神だか魔神だかを内側に飼っているようだが、邪魔をしてくることはあっても敵対するつもりがないのが救いだとは思っている。もしかしたら真のラスボスになって登場したりするんだろうか。……考えたくないな。


 手にしているスタッフは神聖術士のものだったが、身なりは見習いのころのままで、それも傷んでいて今では色も褪せて砂と泥にまみれている。フラーナは俺の隣に立つと言った。


「なんかさ、もう、やめにしない?」

「何をだよ」

「こういうこと」


 フラーナは決戦場になるはずの夜空に浮かぶ魔王城を見上げた。フラーナも本来そこにいるはずなのだが、どうしてか今ここにいる。起きている現象については考えても無駄なので、とりあえず話だけは聞いてみることにしよう。


「わたしは帰ってきたし、魔王かれも無力化した。もう、こんなこと続ける意味ないでしょ?」

「……? な、なに?」

「なに? なんかまだ決戦とかに意味があるの?」


 倒すべき相手はフラーナが無力化したらしい。……何をしたら無力になるんだ。

 決戦に赴くため、魔王城に臨むこの地に歴戦の戦士たちが集まっているし、ようやっと準備も整った。士気も高まって、そのタイミングですることなのか。


「なあ、フラーナ? おかしいだろ? それ俺らの唯一の仕事だから。そういうことされると失職するから」

「勇者だか、英雄候補だか知らないけど、そんなのフリーとか言ってる無職と一緒じゃん」

「全然、違うわ!」


 そんなことができたら、勇者なんて最初からいらないだろう。……ん? でも、できてる? だから、いらないのか? んん……??


 だ、だめだ! 自信と一緒に、生きている意味まで一緒に失うところだった。俺はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。そう決めたじゃないか。


「あのな! 最後の最後で、――宿敵は知らないうちに誰かが倒してくれました……じゃ、話になんないだろうがっ!」

「つば飛んでる。うわぁ、汚い……」


 うるさいわ。何日風呂入ってないのかわかんない人に言われたくない。


「宿敵ってさ、誰が決めるの? なんで倒すの?」


 フラーナは泥だらけの頭をこちらに向けた。

 そんなことは俺だって知らない。倒さなければまた悲劇が生まれ、フラーナ自身だって悲痛な最期を遂げるはずだったと言っていたじゃないか。

 ……ん? だけど、なってない? もしかして、必要……ないのか??


 って、そんなわけあるかっ!


「必要ないのは、エルクが証明したんじゃないの?」


 俺は何も証明してない。魔族の手下どもに魔王を復活させるための道具にされていたフラーナを助けたのは、確かに俺だった。けれど、犠牲になることを宿命づけられていたフラーナはそれだけでは助からなかった。そればかりか、あり得ないものを呼び出して眠りについた。それでも犠牲にして終わりにすることを俺はただ認めたくなかっただけだ。


「勇者の力を無駄なことに使って、十分遠回りしてたじゃん」


 魔神から解放する方法を探って妖精王に会い、解放できないとわかっても、フラーナを生かして共存させる方法をはないのかと、素性を隠して敵対していた魔族のもとにも出向いた。目覚めたフラーナは魔王よりも強大な敵になりかねない存在になっていた。本人は受け入れなかったが。


「わたしは、エルクの敵にはならないよ。その可能性を残したまま、物語での影響力を持ち続けて磨いてきただけ。そんなことよりさ、もっと楽しいことしたくない……?」


 悪戯っぽく笑うフラーナ。その気になれば悪戯では済まないことを知っているから、俺はつられて気安く笑えない。


「楽しい?」

「そう、楽しい」


 理解できない俺に、フラーナは少し考える様子をみせたあと、言葉を続けた。


「エルクは悲劇が許せなくて戦ってきたんだよね?」

「……まあ、そうかもしれない」


 それだけではないが、面倒なので否定はしない。


「でも、それではだめ」


 しかしこちらは否定される。は? なにがいけないっていうんだ? 笑って受け入れてけよ! とでもいうのか? なんか口に入れてたら絶対、噴くわ。すかさず抗議しようとしたが。


「ううん、違う。エルクがしようとしてもだめなんだよね。だってエルクは視点主人公で、悲劇と戦うのは、どこまでいっても筋書き通り。主人公が考えてることなんて物語の書き手に全部筒抜けでしょ? 悲劇になるように出来事が修正されていくだけなんだって」


 なんというメタ発言。それをいってしまうのはアリなのか? っていうか、なにを言い出すんだ? 筋書き? 物語の書き手? そんなものがどうして存在してるって言える? どう証明するんだ?

 しかし……この、フラーナだ。


 可能性を残したまま、影響力を保持してなんとかって言っていたが……。


「わたしは主人公。でも、語り手にはなってやらない。悲観主義者ペシミストの書き手には、もうついていかないよ」


 役割を勝手に名乗って、筋書きの否定。でたらめ過ぎないか。なんだこいつは? 魔王でも魔神でもないのはもちろん、勇者ではあり得ないし、英雄であるわけがない。

 言葉を失っている俺をよそ目に、フラーナはつぶやく。


「そろそろ……かな?」

「だから、何がだ!」


 こっちが「勝手に話を進めないでよ~」……とか言いたいわ!

 全部が嘘っぱちで、フラーナの妄言だという可能性が残っていた。けれど希望は儚くも潰える。フラーナのスタッフが神々しくも禍々しい光を放って、あたりの景色が歪みだす。何かが起きようとしてはいないか? ああ、これは、しているな。もしかして人類の危機ではないのか。おい。


「ちょ、ちょっとまて、フラーナ!」

「待てないよ、もう文字数ないし。……って、ちょっと!」


 なんとか隙をついてスタッフをもぎ取った。しかしフラーナはニヤリと笑う。


「ざーんねん! フェイクでした! 魔神がスタッフ振って魔法使うとこなんて見たことないでしょ?」


 景色の変容は止まらない。こいつ、嵌めやがった! そんなもの見てたら生きてないわ! もう、実力行使しかない。俺はフラーナの首根っこをつかむ。


「うっぐぐっ! だめだってエルク、首絞めたら魔神が出るよ?」


 締めたら出るのか! どこからだ! って、もうそれどころではない雰囲気が漂っている。世界が変わろうとしている。


「やんちゃな年下の子が見せる弱気な表情とか、尊いよね? いつも知的で紳士的なのに、ときおり見せるたくましさとかさ、燃えるっていうか萌えるよね……やっぱり大事なのはギャップかな?」


 し、知らんわ! フラーナが虚空を見つめて危険な笑みを浮かべている。だめだ、あかんやつだ……止めないと! でも、どうする?


「『わたしのために争わないで!』とか、言ってみてぇ……ぐへへ」


 それ、お前が楽しいだけだろうが?! なーにが語り手になる気ないだ! なる気満々じゃねーかっ! 結局、自分の欲まみれてるだけだろっ!


 あたりが七色の柔らかい光に包まれる。フラーナの泥の張り付いた顔がキラキラと輝いて見える。多く含まれる石英のつぶが、光を乱反射しているだけだが。


「大丈夫。使命を忘れてまでわたしを助けてくれたのはキミ。わたしの一番はエルクだから」


 くそっ! ……簡単に攻略されてたまるか! もう俺には、新しい世界が悲劇のない平和な世界であることを願うしかない。


 ――『超克者は宣言する!』。


 こうして魔王を打ち倒して勇者が英雄になる物語は唐突に終わりを迎え、運命を超克した者たちによって悲劇のない夢のような世界が爆誕した。

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