鬼の魅力
色とりどりに飾られた校舎、出店でいっぱいの運動場、あちらこちらに看板が立っており、中庭にはなぜかクリスマスツリーがそびえ立っている。ついに
何もかもが、以前の学校の文化祭を上回っていた。外部の人たちも出入り自由で、校内は人で溢れている。
クラスの劇は夕方からなので、俺たちはゆったりと他のクラスの出し物を楽しむことができる。
その後も各出し物を周り、昼が近くなったので、
入ったとたんに、そこは宮廷かと思わせる基調がなされており、清楚なメイドさんたちが、「おかえりなさいませ、ご主人様」と艷やかに迎え入れてくれた。料理も本格的で、
「ご注文はいかがいたしますか、ご主人様? ……どうかな、メイド喫茶うまくいってると思う? みんな似合ってると思うんだけど、特にすみれちゃんは大人気なんだよ」
柚葉がそう言うと、話が聞こえたのか涼宮先生も恥ずかしそうに会話に加わった。
「そんなことないよ。柚葉ちゃんの方がまとめ役もしっかりして、男子にも女子にも人気だよ」
謙遜しあっている二人であるが、甲乙はやはりつけられない。
「今まで、巡った中でダントツで人気だよ。やっぱり豪華な感じの喫茶店とメイドさんたちが新鮮なんだよね。本当に宮廷にいる気分だよ。柚葉ちゃんも涼宮先生も素敵だよ」
長親が興奮してべた褒めしていた。柚葉は物足りないという顔で、俺の方を見ている。
「柚葉、そんな顔してると涼宮先生に人気を全部持っていかれるぞ」
柚葉はさらに気に入らないという顔になった。
「ふん! 別にすみれちゃんと競ってるわけじゃないからいいよ。そっかそっか、ジョー君はすみれちゃんのメイド姿がいいんだね」
涼宮先生は赤くなったり、不安そうになったり表情が忙しくなっていた。
「オーダーいいですかー」
他の客が注文を聞いてきて、柚葉と涼宮先生は「またね」と言って仕事に戻っていった。
しばらく料理とお茶を楽しんでいると、アナウンスが聞こえてきた。
「イケメンコンテスト、ミス・コンテスト、ミス・ミスターコンテストに出場する方は本部のほうに集合してください」
すっかり忘れていたが、コンテストに出場しなくてはならない。もうどうにでもしてくれという気分だ。長親のほうを見ると真っ青になっていた。
「長親、大丈夫だ。どうせ劇で女装するんだ。軽くウォーミングアップだと思おうぜ」
「丞はそのままだから気楽なんだよ。僕なんて化粧までして出なきゃいけないんだから、いい見世物だよ。あー、理事長の命令は絶対なんだよね。応援演説にも理事長がしてくれるらしいし。
「それが、涼宮先生が立候補してくれたんだ。事件を解決してくれたお礼にってさ」
涼宮先生は大人しいイメージだが、ストーカーの一件が片付いてから、段々明るくなってきている。俺との距離も近くて、お互いどういう関係なのか悩みどころである。
「まぁ、とにかく腹くくって行くしかない。長親行くぞ」
本部に行くと、サッカー部やバスケ部のキャプテンなどそうそうたるメンバーが集まっていた。これは負ける可能性も大だなと、楓さんの策略を回避できると思っていた。
「君が
中でも一番イケメンと思われる先輩に宣戦布告された。別に構わないのだが、どうにもライバル視されていると思うと、熱くなるものがある。
「先輩には負けるかもしれませんが、俺も出るからには応援には応えますよ」
「ふふ、さすがに堂々としているね。今回はキスがかかってるらしいから、みんな血走ってるよ」
そう言って、先輩は爽やかに笑った。こういう人を本当にイケメンというんだろう。
「はい、それではイケメンコンテストに出場する人は準備してください。一番の人から舞台にあがってください」
運営の人がそう言うと、一番手の人と応援演説の人が舞台に上がっていった。
それからしばらく経って、涼宮先生がかけつけてきた。
「ジョー君。私、精一杯ジョー君の魅力をみんなに伝えるね」
「先生、俺なんて何位でもいいんですよ。元々、楓さんの策略で出ることになっただけですから」
涼宮先生はキリッとした顔で言った。
「ジョー君は必ず一位になるよ。私がそうしてみせる」
涼宮先生が精いっぱいの顔で言ったので、悪いと思いながらも笑ってしまった。なんで笑われているのか心配な顔をしている涼宮先生をなだめていると、係の人から声をかけられた。
「十番の方、上がってくださーい」
「さ、ジョー君、行きましょう」
舞台ではMCが会場を盛り上げていた。
「さあ、次は転入してからすぐに大人気となった新星! 千早丞君の登場だ!」
「きゃー!」
大歓声が起こった。
「すごい人気ですねー。羨ましい! さて、応援演説はメイド姿の涼宮先生です。これまた羨ましい!」
涼宮先生はマイクの前に立った。少し足が震えている。
「こ、こんにちは。ジョ、千早君の応援演説をさせてもらいます。涼宮すみれです。えっと……」
「すみれちゃん頑張れー!」
生徒たちが涼宮先生を応援している。先生が日頃からどれだけ慕われているかがわかる。
「ジョ……千早君はとても凛々しい顔をしていて、背も高くてスタイルも良いです。みなさんも、そんな千早君の容姿の良さに目を惹かれていると思います」
涼宮先生の演説に最前列の女子がこくこくと頷いている。そんな子たちに笑顔を向けながら、先生は演説を続けた。
「でも、私は彼の素晴らしさはそこだけではないと思います。実は私はとても困っていて辛い時期がありました。ほら、私って気弱なところがあるでしょう? だから、なかなか人には相談できなかった……。そんなときに、気軽に声をかけてくれたのは千早君でした。彼は言ってくれたんです、私には笑顔が似合うって。私は誓いました。もう一度みんなの前で本当に笑えるようになろうって。今日も、千早君はいつも通り、笑顔で先生と呼んでくれます。だから、今日も私は先生として、みんなと笑顔で触れ合うことができる。私は彼の心の美しさは容姿に勝るものだと思っています。コンテストとは関係ないことかもしれませんが、皆さんにそれだけは伝えておきたいと思い、応援演説をさせていただきました。ありがとうございました」
一瞬、周囲は静寂に包まれた。その後、ぽつぽつと拍手が起こり、会場全体に広がっていった。男子の中には泣いている人もいる。そういう俺も涼宮先生がこれほど俺のことを考えてくれていたことに感動した。MCも少し真面目な顔をしていたが、俺のそばに寄ってきて、にっこりとマイクを向けてきた。
「千早君! 君はすみれ先生と、もうアレかい? 付き合っちゃってるのかい?」
会場の拍手が一気に止んだ。代わりに鬼気迫る雰囲気が会場を支配した。
「僕の情報によると、千早君は千早さん、つまり柚葉ちゃんといい仲だって聞いたんだけども、二股ってやつかな! よっ、スケコマシ!」
男子からの壮絶なブーイングが鳴る中、俺は血の気が引いて混乱してしまったのか、用意していた演説は頭からさっぱり消えてしまった。何を言おうか迷っていると、舞台のそでに長親の顔が見えた。
「ご、午後から2年A組の演劇があります! 是非見にきてください!」
なぜか、出し物の宣伝をしてしまった。しかし、これがさらなる混乱を呼んでしまった。
「そうよ! 千早君には長親君がいるじゃない。柚葉ちゃんやすみれ先生には悪いけど、二人がベストカップルだもの」
――腐女子どもが。
MCも予想外の展開に笑いがとまらないようで、さらに煽ろうとしてきたが、さすがに涼宮先生にも悪いので、頭を下げて、舞台を後にした。
舞台を下りるとチアガールの女装をした長親と楓さんがいた。楓さんは余裕の表情をしている。
「これはダントツのトップだね。キスはまぬがれないよ」
楓さんはびしっと親指をたてて笑顔を向けた。
「まったく容赦ないですね。まだ結果は出ていません。それより、長親のほうがトップ間違いなしなんじゃないですか。もう最前列に女子たちが陣取っていましたが……」
「当たり前さ! 私はもう、女装の加賀君を見られただけで大満足なんだがね。出場するには一位を目指そうじゃないか。ね、加賀くん」
「一位じゃなくてもいいですから、さっさと終わりにしましょうよ」
長親の顔色が真っ青だ。よほど、女装が嫌とみえる。
「ミス・ミスターコンテストのスタートです! 今回は大物も出場しますよ。楽しみですね!」
イケメンコンテストの終わりと、ミス・ミスターコンテストの始まりをMCが告げた。大物とは長親のことで間違いない。本当に女子に見えるのだから。
「さ、長親。さっさと行って終わらせてこい」
「わ、わかったよ。丞、ありがとう」
そう言って長親と楓さんは舞台に上がっていった。
「きゃー!」
黄色い歓声が聞こえる。
「うぉー!」
野太い声も聞こえる。
そんな中、楓さんは飄々と応援演説を始めた。
「みんな、見
そう言って、長親のスカートをめくった。観客は絶叫していたが、当の長親はさらに青くなり、ついには倒れ込んでしまった。
俺はすぐに舞台に上がり、長親をお姫様抱っこで舞台からおろした。
それについても歓声が起こっていたが、それどころではない。すぐに保健室に運び込んで、涼宮先生に様子を見てもらった。
「大事はないみたいだけど、少し熱があるわ。安静にしていないと悪化するかもしれない」
とりあえず、安心はしたが、悪の権化である楓さんを睨んだ。
「おっと、怒らせてしまったかな。男子だから、あれぐらいのサービスは大丈夫だと思ったんだけどね。
「長親はこの後、劇のヒロインとして舞台にあがる予定です。なんとかしないと……」
俺が困った顔をしていると、楓さんはさすがにすまなそうに言った。
「それについては、私が責任をとって何とかしよう。安心してくれ給え」
外ではミス・コンテストが開かれている。俺が看病するので涼宮先生には出場するように促した。
しばらく経って、コンテストはすべて終わり、結果発表のときがきた。校内にMCの声が響き渡る。
「まずは、イケメンコンテストの一位は……千早丞君です! なんと九割の票を集めました。涼宮先生の応援演説も素晴らしかったですね。続いて、ミス・ミスターコンテストの結果は、これまた九割の票を集めた、加賀長親君です! 最後に倒れてしまったのもプラスポイントになったようです。そして、ミス・コンテストの結果は接戦でした! 三位は涼宮すみれ先生! 去年の二位から1ランク落ちてしまいました。そして二位に食い込んだのは……千早柚葉さん! 初出場ながら、学生として、この順位に食い込んできました。素晴らしい結果です。そうなると一位は当然……
俺は呆然としていた。担任の先生とキスをすることになったのである。六条先生はどう思っているのだろう。運営に促されて、コンテストを行った舞台に登らされた。六条先生の顔を見ると意外なことに笑っていた。
「キスぐらい構わないわ。それより、あなたこそファーストキスなんじゃないかしら。それを貰うのも気が引けるわね」
俺は真っ赤になった。
「さっさと済ませましょう」
そう言って、六条先生は俺の顔に手を当てた。顔が近づいてくるとともに緊張が増していく。もう唇と唇が触れるかというとき、目の前に見たことのない映像が広がった。
ベッドの上で苦しんでいる少女がいる。俺は窓辺に座って、少し幼さが残る彼女を見ていた。汗だくになってナースコールを押そうとしている彼女に、なんとなく声をかけた。
「ねえ、あなた。助かりたいのかしら」
勝手に口が開いたことに驚いた。それに、俺の喉から出た声は女の子のような声だった。
観察するように少女の目を見た。きっと答えなど決まっている。しかし、懇願したところで何が変わるものかと彼女は思っているだろう。それでも、彼女は言った。
「助けて……」
その声を聞いた俺は少し迷いながら彼女に言った。
「わかったわ。でもあなた人を辞めることになるわよ」
――ドンッ!
六条先生が俺を突き飛ばした。そして、俺を睨んでいる。
「丞……あなた、いったい何をしたの。あなたは何者なの」
何が起こったかわからないのは俺の方だった。六条先生は何か考え事をしているようだったが、しばらくすると、俺を一瞥して舞台を降りていった。見ていた人には六条先生が照れているようにも見えたかもしれない。何にしても、公衆の面前でキスをしたように見えただけあって、観客の盛り上がりは絶頂を迎えていた。さきほどの映像の疑問はこの騒ぎの中でも薄れることはなかった。
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